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序章
4料理長の怒り
しおりを挟む待ちぼうけの日々はもう十年も続いている。
運がいいのか悪いのか、父親が不在の時なので大事にならなかった。
グレーテルも大好きな父に心配をかけたくないのだが。
「ごめんなさいねグレーテル。うっかりしていたのよ」
「君は優しいから…」
今回も決まってカーサの両親はこう言うのだ。
幼少期も待ちぼうけを食らった時も同じような決まり文句で言う。
「婚約者として自覚がないのですかな」
「えっ…」
「婚約者を無視して他の令嬢に現を抜かすとは…公の場で他の女性にキスをして抱き合っていると聞きますが」
「それは…幼馴染だし」
「そうですぞ。大げさな…それに息子も男ですからな」
だから許せという男爵。
既に謝罪ではなく許して当然といいたげだった。
「いいえ、気にしておりません」
「グレーテルなら解ってくれると思っていたわ。貴女は優しいから」
「ああ!」
胸が痛むことはない。
彼らはどれだけ酷い事を言っているか自覚がない。
「グレーテル」
「大丈夫です」
変わらない笑顔を浮かべるグレーテルにゼフは居た堪れない気持ちになる。
これが一度きりではない。
この十年何度も裏切られてきたのだ。
もうすぐ結婚するのだからせめて嫁ぎ先の両親が窘めてくれればいいのにと思うが、これではあまりにもグレーテルが哀れでならない。
「では私達はこれで」
「そうだな?グレーテルもあまり気にするな」
謝る気はないような言い方だった。
「お待ちください。グレーテルは馬車が…」
「ですが同じ馬車に乗せるのはね?」
「ああ、馬車の手配ぐらいできるだろう?今までもしていただろ」
そろそろ堪忍袋の尾が切れそうになるゼフだったが。
「帰りの馬車がないのなら妾の馬車に乗るがよい」
「えっ…」
ゼフの怒りを抑えていた最中、凛とした声が聞こえる。
「聞けば婚約者は他の女を馬車に乗せ、嫁ぎ先は馬車に乗せるのが余程嫌らしいのぉ?今どき嫁いびりとは」
「「なっ!」」
堂々とその場で言い放つ夫人は帽子をかぶっており顔は見えないが、ドレスの紋章を見て絶句する。
北の辺境伯爵家、ローチェスト家の家紋が刻まれていた。
「宮廷貴族では嫁を歩いて帰れというのかのぉ?もう遅い時間に襲われても良いと…恐ろしいこと」
「そんなことは!」
「私達は…」
顔は見えないがとても冷ややかな声で言い放つ。
「こちらへ」
「えっ…」
「聞こえぬか?それとも妾の言うことが聞けぬと?」
「はっ、はい」
何故か従わざるを得ない気がした。
圧倒的な威圧感を感じる中、ふと地面を見ると少しだけ凍っていた。
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