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序章
3前世の記憶
しおりを挟む――旦那様。
夜空を見上げながら一人思うのは愛しい人。
月を見上げてはグレーテルは話しかけていたのだ。
月の君。
前世の夫をそう呼んでいた。
敵味方からは恐れられていたが、グレーテルにとっては優しい夫だった。
言葉は少なく硬派で気難しい男だったが、命をというものを大切にしていたのだ。
どの世界も一緒で男は女を従えさせたがる。
前世でも男は戦に明け暮れ、その後に女を囲んでいた。
だが、グレーテルの夫は女遊びをしなかった。
学問を愛し、田畑を耕すことに喜びを感じるような男だった。
「月の君、今はどうしていらっしゃいますか」
誰もない庭に出て話しかける。
例え返ってこなくてもグレーテルは月に話しかける。
それだけで満たされた。
情もない婚約者に傷つけられても生きていけた。
これから先も誰にも心を渡さない。
例え何があっても。
「私の心は私だけのものよ」
ままならないことが多くても、心だけは渡さない。
「カーサ!早く来て」
「待ってくれフリーシア!」
庭園からは広間で二人が仲睦まじくしている姿が見える。
声も大きく何をしているか筒抜けだったが、振り返ることはない。
「あと少しだけ私を隠してくださいねお月様」
パーティーが終わるまで隠れていたグレーテルは一時間後会場に戻るのだったが…
「え?馬車が帰った?」
「はい、先ほどお連れ様と一緒に」
「そんな」
パーティーもお開きとなった時間に招待客は帰りだしたが、最後までカーサはグレーテルの存在に気にかけることもなく声をかけなかっただけではない。
グレーテルが帰りに乗るはずの馬車をフェリス侯爵夫人が用意したのだが、その馬車でカーサとフリーシアが乗って帰ったのだ。
他に馬車は用意していない。
困り果てたグレーテルはどうしたものかと困り果てている最中。
「グレーテルどうしたんだ」
「料理長…」
侯爵家の料理長が声をかける。
行儀見習い時代から懇意にしてくれている料理人だ。
元は宮廷料理人だったが、引退後に侯爵家に雇われたのだ。
かまど番をしているグレーテルとは気心知れた仲でもあるのだが。
「その…」
「まだ帰らないのか」
事情を話すわけにもいかない。
心配をかけたくなかったのだが、傍にいる従者が口を滑られせてしまう。
「それが馬車がなく」
「は?」
「婚約者の方がお連れ様と先に帰ってしまわれて」
(何で言うの!)
穏便に話を進めようとしていたのに口を滑らせる従者に頭を抱える。
まだ若い事もあり、まだまだ教育ができていないのは仕方ないが、ここでいうか?とも思った。
「え?あの方って…伯爵令嬢のお相手ではなかったんですか?馬車の中でキスしてましたが」
「お姫様抱っこで馬車に乗せてましたからてっきり」
行儀見習いの侍女が更に余計ない事を言い始める。
「何だとぉ!」
「料理長!」
見事な上腕二頭筋により白衣は破れてしまう。
彼は元は騎士団の料理長で、腕っぷしなら将軍に勝るとも劣らない武闘派集団の一人だった。
「あのクソガキが!」
完全に烈火の如く怒るゼフにグレーテルは頭を抱えた。
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