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序章
2優しい女主
しおりを挟むほどなくして令嬢は去っていった。
真っ青な顔をしてその場から逃げるようにだ。
「まったく暇な人」
「奥様…」
申し訳なさそうな表情をするグレーテルに苦笑するフェリス侯爵夫人。
「グレーテル、早く助けられなくてごめんなさいね」
「そんな…」
「だけど一番悪いのは彼ね」
困ったようにため息をつく。
本来ならグレーテルがしっかりすべきなのだが、グレーテル自身も決して身分が高くない。
元は百姓貴族でほぼ平民と変わらなかった。
しかし荒れ地を農地にして、炊き出しを行ったり戦時中に祖父が商人出身だったことで金銭的な面で王家の助けになったのだ。
その功績で王家は爵位を与えたのだ。
旧貴族派からすればお金で借を得た貴族派は成り上がりだった。
グレーテルの実家、クロレンス家は成り上がり同然だ。
元は百姓だったし父は騎士だった。
王宮騎士団や近衛騎士団のような身分が高いわけではない。
グレーテルの母は針子をしており、グレーテルは侯爵家の厨房係をしていた。
本来貴族ならば侍女となるが、グレーテルは侍女でありながらも身分が一番下。
女中と変わらない仕事を請け負ってた。
宮廷貴族の間では灰かぶり姫とまで呼ばれていた。
一日中かまどで灰だらけになって料理をして、時には洗い場で洗い物や庭師の仕事もしていることからそう呼ばれていた。
そのおかげで一部の宮廷貴族からは馬鹿にされながらも出世欲がない侍女という認識を持たれ、敵対心を仰ぐことはない。
元より平民出身で使用人根性丸出しだったこともある。
出しゃばった行動は身を滅ぼすことを幼少期の行儀見習いで理解していた…というよりも。
女の園を理解していた。
何故ならグレーテルは前世の記憶がある。
前世でも女の戦いは恐ろしい事を知っていたからだ。
「グレーテル、貴女の立場は知っているわ。でも…」
「どうかそのような顔をなさらないでください」
「グレーテル」
優しい女主人に仕えられて幸福だった。
婚約者に関しては思うところがあるが、所詮は政略結婚。
相手に情はあれど男性として愛しいと思うことはないのだ。
「私は、貴女には騎士が似合うと思っていてよ」
「そんな…」
「白銀のような殿方…そうね主に忠実で生真面目な方」
「奥様…」
社交界の貴族ではより身分の高い男性に嫁ぐのがステータスだった。
権力に執着する貴族としてはらしくない発言であるが、フェリス侯爵家は異なっていた。
政略結婚でありながらフェリス侯爵夫人は夫を深く愛していたのだ。
グレーテルの両親も貴族でありながら夫婦仲がとても良かった。
母親は早く亡くなったが、今も母の面影を大切にしている父をグレーテルは尊敬していた。
だからこそ言えなかった。
婚約者を愛していないということも、仲もあまりよくないことも。
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