上 下
72 / 96

58戻らない時間

しおりを挟む



幼い頃から頑張って来た。
アグネスを支えられるように努力してきたつもりだった。


でも今は――。


「アグネス、私は貴女にとってなんだったの?使用人?それともそれ以下?」

「は?何を言っているの!」


「私は幼少期、親元から引き離され、孤独の中貴女を支えるために十年を奪われたわ。十年よ」

「だから何よ」


それが何だという表情だった。
私がついやした時間を返せなんて言わないけど、でも彼女にとってはそんなことはどうでもよかった。


「王都に無理やり連れていかれて、待っていたのは陰湿な嫌がらせ。辺境貴族だからというだけで偏見の目で見られながらも泣くことも許されなかった」


「何が言いたい…」

「なのに侯爵夫人は更に追い打ちをかけお母様の事を悪く言われたわ。私が未熟だからと…だから頑張ったわ」



王都の習慣を何も知らない私に侯爵夫人は私を馬鹿にして母親がいないせいで教育が行き届いていないと言った。


「母がいないことが悪いかのように、後妻を持たないことをおかしいと父を侮辱し、里帰りも許されなかった。すべては貴女の為に…私も貴女が好きだった。友達と思っていた」


心細い私に優しく声をかけてくれた。
少し横柄な言い方だったけど私に手を差し伸べてくれた記憶はある。


「でも、貴女はいつからか変わったわ。私を侍女…いいえ、それ以下の扱いをするようになった」


「そんな昔の事を」


「サリオンと婚約してからは、私は貴女の侍女以下。なんでも言うことを聞く都合のいい人間だった…それでも私は貴女が王太子殿下の婚約者というプレッシャーで苦しんでいると思ったから我慢した…誕生日も、他の行事も」


ずっとずっと我慢して来た。



今は仕方ない。
アグネスは大変なのだからと。


「だけど貴女は我が家まで馬鹿にして愚弄し続けた。私が貴女に従うのは当然。言うことを何でも聞く都合のいい人形でしかなかった。歯向かうことなんてありえない…私は人形じゃないわ」



友達と思ったのは私だけだった。
大切に思ったのも私だけで、アグネスもサリオンも私を消耗品としてしか思っていなかった。


「私は貴女の玩具じゃないわ。何より辺境貴族は国の守りであり、王家の剣よ。その剣を貴女は侮辱したのよ!」


辺境貴族とは戦争になった時最前線で戦うことを義務付けられている。
過去に特攻隊としてその身を犠牲にして王家を守ったのも辺境貴族だったのに、アグネスはその辺境貴族を馬鹿にした。



「王家の名を汚し、罪のないキャンベルさんを傷つけた…」


「リゼ!」

「貴女はもう私の知る友人じゃない。もういないのよ」


私が好きになったアグネス・ヴィッセルは消えた。
権力に溺れ、他者を利用し自分の為に傷つけることを厭わない人間になった。



私利私欲の為に権力を使う貴族。


私が一番毛嫌いをする人だわ。



「だから本当に他人に戻りましょう?所詮は他人なんでしょ?」


本当の赤の他人に戻り、生きていく。
私は隣国で、アグネスはこの国で生きていくだけなのだから。



「貴女に私は必要ないし、私の人生に貴女は必要ない」



もう戻ることはできないのだから。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「だから結婚は君としただろう?」

イチイ アキラ
恋愛
ホンス伯爵家にはプリシラとリリアラという二人の娘がいた。 黒髪に茶色の瞳の地味なプリシラと、金髪で明るい色彩なリリアラ。両親は妹のリリアラを贔屓していた。 救いは、祖父母伯爵は孫をどちらも愛していたこと。大事にしていた…のに。 プリシラは幼い頃より互いに慕い合うアンドリューと結婚し、ホンス伯爵家を継ぐことになっていた。 それを。 あと一ヶ月後には結婚式を行うことになっていたある夜。 アンドリューの寝台に一糸まとわぬリリアラの姿があった。リリアラは、彼女も慕っていたアンドリューとプリシラが結婚するのが気に入らなかったのだ。自分は格下の子爵家に嫁がねばならないのに、姉は美しいアンドリューと結婚して伯爵家も手に入れるだなんて。 …そうして。リリアラは見事に伯爵家もアンドリューも手に入れた。 けれどアンドリューは改めての初夜の夜に告げる。 「君を愛することはない」 と。 わがまま妹に寝取られた物語ですが、寝取られた男性がそのまま流されないお話。そんなことしたら幸せになれるはずがないお話。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

もううんざりですので、実家に帰らせていただきます

ルイス
恋愛
「あなたの浮気には耐えられなくなりましたので、婚約中の身ですが実家の屋敷に帰らせていただきます」 伯爵令嬢のシルファ・ウォークライは耐えられなくなって、リーガス・ドルアット侯爵令息の元から姿を消した。リーガスは反省し二度と浮気をしないとばかりに彼女を追いかけて行くが……。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

婚約者の断罪

玉響
恋愛
ミリアリア・ビバーナム伯爵令嬢には、最愛の人がいる。婚約者である、バイロン・ゼフィランサス侯爵令息だ。 見目麗しく、令嬢たちからの人気も高いバイロンはとても優しく、ミリアリアは幸せな日々を送っていた。 しかし、バイロンが別の令嬢と密会しているとの噂を耳にする。 親友のセシリア・モナルダ伯爵夫人に相談すると、気の強いセシリアは浮気現場を抑えて、懲らしめようと画策を始めるが………。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...