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58戻らない時間
しおりを挟む幼い頃から頑張って来た。
アグネスを支えられるように努力してきたつもりだった。
でも今は――。
「アグネス、私は貴女にとってなんだったの?使用人?それともそれ以下?」
「は?何を言っているの!」
「私は幼少期、親元から引き離され、孤独の中貴女を支えるために十年を奪われたわ。十年よ」
「だから何よ」
それが何だという表情だった。
私がついやした時間を返せなんて言わないけど、でも彼女にとってはそんなことはどうでもよかった。
「王都に無理やり連れていかれて、待っていたのは陰湿な嫌がらせ。辺境貴族だからというだけで偏見の目で見られながらも泣くことも許されなかった」
「何が言いたい…」
「なのに侯爵夫人は更に追い打ちをかけお母様の事を悪く言われたわ。私が未熟だからと…だから頑張ったわ」
王都の習慣を何も知らない私に侯爵夫人は私を馬鹿にして母親がいないせいで教育が行き届いていないと言った。
「母がいないことが悪いかのように、後妻を持たないことをおかしいと父を侮辱し、里帰りも許されなかった。すべては貴女の為に…私も貴女が好きだった。友達と思っていた」
心細い私に優しく声をかけてくれた。
少し横柄な言い方だったけど私に手を差し伸べてくれた記憶はある。
「でも、貴女はいつからか変わったわ。私を侍女…いいえ、それ以下の扱いをするようになった」
「そんな昔の事を」
「サリオンと婚約してからは、私は貴女の侍女以下。なんでも言うことを聞く都合のいい人間だった…それでも私は貴女が王太子殿下の婚約者というプレッシャーで苦しんでいると思ったから我慢した…誕生日も、他の行事も」
ずっとずっと我慢して来た。
今は仕方ない。
アグネスは大変なのだからと。
「だけど貴女は我が家まで馬鹿にして愚弄し続けた。私が貴女に従うのは当然。言うことを何でも聞く都合のいい人形でしかなかった。歯向かうことなんてありえない…私は人形じゃないわ」
友達と思ったのは私だけだった。
大切に思ったのも私だけで、アグネスもサリオンも私を消耗品としてしか思っていなかった。
「私は貴女の玩具じゃないわ。何より辺境貴族は国の守りであり、王家の剣よ。その剣を貴女は侮辱したのよ!」
辺境貴族とは戦争になった時最前線で戦うことを義務付けられている。
過去に特攻隊としてその身を犠牲にして王家を守ったのも辺境貴族だったのに、アグネスはその辺境貴族を馬鹿にした。
「王家の名を汚し、罪のないキャンベルさんを傷つけた…」
「リゼ!」
「貴女はもう私の知る友人じゃない。もういないのよ」
私が好きになったアグネス・ヴィッセルは消えた。
権力に溺れ、他者を利用し自分の為に傷つけることを厭わない人間になった。
私利私欲の為に権力を使う貴族。
私が一番毛嫌いをする人だわ。
「だから本当に他人に戻りましょう?所詮は他人なんでしょ?」
本当の赤の他人に戻り、生きていく。
私は隣国で、アグネスはこの国で生きていくだけなのだから。
「貴女に私は必要ないし、私の人生に貴女は必要ない」
もう戻ることはできないのだから。
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