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9侍女の怒り

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「今すぐ殺しに行きます!」


鬼の形相のアンナが今にも侯爵家に殴り込みに行く勢いだった。


「私のお嬢様を傷物にするなんて!もう許しません。絶対に許しません!」

何所から取り出したのか剣を持っていた。
アンナは男爵令嬢であるけど、剣術の心得がある。

…というか我が家に使える使用人のほとんどは武闘派だった。


今回の一件は私が眠っている間に学園だけならず社交界で瞬く間に広がったようだ。


「社交界では悪意のある噂の流れ方です。お嬢様が嫉妬心であのひも…サリオン様とアグネス様に暴言を吐き危害を加えたと」

「まぁ、ある程度想像できたわ」

「お嬢様がそんな馬鹿な真似をするはずありません。嫉妬?ありえません」


まるでゴミを見るような目だった。

「社交界の方々は言葉の使い方も解らないほどアホなんでしょうか?嫉妬とは優れた者へに抱く妬みでございましょう?何故妬みなのですか?」

「アンナ…」

「地位と、胸が大きいだけではなりませんか」


酷い…酷すぎるわ。
相手は侯爵令嬢なのに言いたい放題ね。


「アンナ、もしかして」

「私、あの女が好きませんでした」

「嫌いじゃなくて?」

「そこまでの感情ありません」


既に嫌いという程の認識はないなんて…


「お嬢様に対して酷すぎました」

「小さい頃は少し我儘な程度だったのだけど」

「お嬢様がお優しいのをいいことに言いたい放題、やりたい放題だったのではありませんか」


他人の悪口を言わないアンナがここまで言うなんて。


「一番許せないのはあの男です。形だけの婚約者だとしても酷すぎます」

今形だけって言った?
まるで期間限定の婚約者だと言っているようだわ。


「旦那様は婚約解消を考えておいででした。アルステッド様が時折暗殺を企てていましたので」

「そんな真似をしていたの!」


「お嬢様が陰湿な嫌がらせを受けているのを知っていらしのです。あの性悪女が好きならお嬢様が婚約しなくてもよろしいかと」

「やはりそうなのかしら?」


「はい」


きっぱり言い放つアンナの言葉に私は安堵した。
思った以上になんともない。


婚約者として相応しくありたいと思ったのは義務感だけ。
今では婚約が無くなって欲しいとさえ思う。


「ねぇアンナ」

「はい」

「こうなって安堵している。彼に好かれなくて良かったと思ったら私は酷い女かしら」


「いいえ」


きっと私の心を見透かされていたのも知れない。
だから私に対して何時も怖い顔をしていたのかと思うと納得できる。


サリオンはアグネスを愛していても、アグネスの婚約者は王太子殿下。
到底叶うわけがないし、我が国では従兄妹同士の婚姻は禁じられていないけど外聞が悪い。


叶わない恋に苦しみ、婚約者は自分を愛していないとなればたまったものじゃないわね。


「お嬢様は優しすぎです」

「え?」

「怒っていいんです。恨んでいいんです!」



失望と落胆はあるけど憎しみはない。
私の代わりにアンナが怒ってくれたからなのかもしれない。


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