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プロローグ
しおりを挟む軽やかな音楽が流れる中。
社交界の華とよばれる侯爵令嬢と、白薔薇の貴公子と呼ばれる伯爵家の令息が見事なダンスを踊る。
周りは二人の息ぴったりのダンスに見惚れる。
まるで二人が恋人同士のように見える一方で囁かれる言葉。
「見て、今日もお一人様ですわ」
「ええ、お気の毒に」
同情しながらもにやにや笑う声が煩わしい。
社交界は表向き華やかであるが、蓋を開ければ家同士の競い合い。
血筋、財産の自慢。
特に女性同士の競い合いは恐ろしい物だった。
身分差別が酷く、未だに宮廷貴族は財産をどれだけ持つか、家柄がどれだけ素晴らしいか。
特に女性は美貌を重視されるのだった。
だからこそ彼女は思ったのだろう。
「あの容姿ではね?」
「ええ、アグネス様には到底及ばないわ。政略結婚だとしてもね」
美男美女カップル。
幼少のころから常に一緒で騎士のように侯爵令嬢を守ってきた私の婚約者。
周りは思っただろう。
お似合いだと思ったのだろう。
今更なので何かを言うつもりはない。
「飲み物を」
「はっ…はい」
そろそろダンスが終わる時間を見計らい私は飲み物を二人に持っていく。
「二人とも見事でしたよ」
「ありがとう…あら?シャンパンじゃないの」
「気が利かないな」
差し出した飲み物がシャンパンじゃないことを指摘されるも、今日の飲み物はシャンパンじゃない。
「今日の舞踏会はシャンパンはないわ」
「私はシャンパンが飲みたかったわ…仕方ないわね」
「まったく気が利かないな。アグネスが優しいことに感謝しろ」
「ごめんなさい」
仕方ないと言わんばかりに飲み物を受け取る二人に苦笑する。
今日の舞踏会はノンアルコールだと事前に伝えていたけど、私の連絡不足だったのかもしれない。
「もう一曲踊りましょう。リゼ」
「気にすることはない。問題ないだろ…」
「でもずっと壁の華だし」
「君が言うんだ当然だ。アグネスの憂いを晴らすんだから当然だ。なんだったら演奏をしろ」
今日はアグネスの心を慰めるためだと解っている。
けれど、周りの目が煩わしいと感じる。
「主催者側にお伺いを立てなくては」
「そんなこともできないのか」
できるできないの問題ではない。
礼儀の問題だけど、今言っても仕方ないかもしれない。
「主催者側にお願いしてみます」
「曲は愛のワルツにしてね」
「ええ…」
私はちゃんと笑えていただろうか。
作り笑顔でごまかすことはできただろうかと思いながら主催者側に頼み込む。
「それは…」
「無理を言って申し訳ありません」
「いえ、そうではなく。リーゼロッテ様はよろしいのですか」
ああ、なんてお優しいのかしら。
私がこのホールでなんて言われているか解っていて配慮してくださっているのね。
「私の事はお気になさらないでください」
「私としては、深海の人魚姫と歌われるリーゼロッテ様に演奏してもらえるのは喜ばしいのですが」
ここで私が演奏者に加われば目立つ。
だから迷ってらっしゃるのでしょうけど私は――。
「こんな素敵なホールで演奏できるなんて光栄です」
この言葉は嘘ではない。
「奥様の大切な曲を演奏することができて光栄です」
「ありがとうございます…では」
愛のワルツは伯爵様の奥様が作曲した愛の曲。
だからせめて…
「我儘を許されるならお二人に中央で踊っていただきたいですわ」
「私と妻にですか」
「はい、この曲をお二人に捧げさせてくださいませ」
これが私の我儘だけど、伯爵様は照れくさそうに笑われて了承してくださった。
そののち、愛のワルツを完璧に演奏した私は、皆の中心でダンスを踊る二人こそが理想のカップルに見えたのだった。
「まったく、主催者が踊るなど聞いていない」
「ええ、本当に…」
だけど主役を奪われた二人は不満を抱いていたのは言うまでもない。
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