上 下
32 / 136
第一章

閑話2悲しみの世界で②

しおりを挟む


悲しむ資格はない。
泣く資格もない事は承知している。


だけど許せなかった。


「何故皆、彼女を責めたのだ!」

「殿下…」

「責められるべきは彼女を優しさに甘え胡坐をかいた連中だろう」


幼少期からキャサリンに頼り続けていたオレリア。
彼女は決して完璧な令嬢ではなかった、むしろその逆だった。


幼少期から優秀だったキャサリンが傍で支え、フォローして来たからこそ社交界でも優秀な令嬢だと評価された。

しかしその裏でどれだけの負担をキャサリンが負っていたか。
聡明で知性溢れる令嬢だと評価されるキャサリンは幼少期は華やかなドレスを着ていたが、オレリアを立てる為に地味なドレスを着るようになった。


まるで女主とメイドのような関係になっていた。
侍女ですらないという者もいて、中立的な立場の貴族はキャサリンを不憫に思った。


「侯爵家はなんと…」

「自業自得だ。むしろ当然の報いだ。精々反省するのだと」

「どの口が言うんだ」


自分の娘が社交界で何をしたか。
十年以上も支えてくれた友人を裏切り何もかも捨てて駆け落ちした無責任な娘を責めることなく、被害者を加害者に仕立て上げたのだ。


「他にもセルシア嬢と親しかった生徒は婚約解消となりましたが…その」

「婚約破棄ブームになっているからな。事情が知らない者は婚約破棄になり、彼等はセルシアに誘惑されたとでも思ったのだろう」


全ては誤解だった。
婚約解消になったのはそれぞれ家庭の事情だ。

家が傾いたり、領地内で干ばつが続いたりと事情はそれぞれだった。
何より学園内で騒ぎになった以上婚約を継続するのを考えさせてほしいと相手側に言われた者もいるのだが、そんな事情を知るはずもない第三者は噂を飛躍した。


「婚約破棄の被害者は、クレイン嬢を理由に責任から逃れたのだろう」


自分達は悪くない。
かといって攻撃しやすいのは彼女だ。

立場の弱い方を叩き憂さ晴らしをして、なんて酷いのか。


「一番酷いのは私だな」

「殿下…」

「あの時、もっと上手く立ち回れば良かったんだ。セルシアは学園を出た後は静かに暮らす事を望んでいたというのに」


あくまで学園に通うのは魔力をコントロールする為に学園に通っていた。
国に仕えてくれればいいが、学園生活で傷つき王都に留まる事を拒んだ。

親元に戻り将来は修道女となり貧しい子供達のいる孤児院の教師になりたいと言っていた。


それが、耐え切れず国内でも一番厳しい領地の修道院に入ってしまった。
親元で暮らすのを願っていたのに離れることにしたのだろう。


せめて回復してくれればと願っていた。
だが、精神的な負担で彼女は若くして亡くなった。


「お悔やみの言葉も許されないだろう」


私に手を合わせる事も、花を手向ける事もできない。
そんな資格はないのだから。


「フィルはどうしている」

「泣いております。お一人で…」


公の場では弱さを見せられない。
だから一人で泣いているのかと思うとやりきれない。


在学中ずっと彼女に思いを寄せていた。

身分違いの恋。
一方的な片思いだった。


その思いはこんな形で終わりになるなどと思いもしなかった。


その三日後。
セルシアは彼女の一周忌の後にこの世を去った。


その場には元婚約者が来ることはなく。
一周忌だけではなく、その数年後も一度も詫びを入れる事もなかった。

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...