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第一章
20.逞しく
しおりを挟む罵倒浴びせられ、公衆の面前で恥をかかされながらもフレデリカは冷静だった。
やられたからやり返すなんて真似は幼稚な真似だと思っていた。
何より、大勢の前で大声を出すような真似はできなかったし、したくなかった。
淑女ならば常に笑顔で冷静に対応すべきだという母の教育の賜物で、ブロッサム商会を背負う者として、常にクレームの処理をしていたおかげでもある。
「フレデリカ嬢、大丈夫ですか?」
「はい、問題ありませんわ」
傷ついた様子も見えない、むしろ慣れているようにも見えてしまう。
それが返って不憫に思えてならなかった。
「貴女は平気なのですか」
「最初は不愉快だと思いましたが、お客様のクレームに比べればどうということもありません」
「ですが…」
商会を背負う身として、感情を殺す術を心得ていても傷つかないわけがない。
大勢の前で屈辱的な言葉を浴びせられながらも、耐え抜く姿は痛々しくも感じると同時に美しいと思った。
(守るために戦っているのか…)
フレデリカは既に商会の会頭として振る舞い、ルメルシェ子爵家を守る為に行動している。
あそこで下手に言い返せば社交界で噂になるし、さらに立場が悪くなることは安易に想像がつくので、黙っている方が賢い選択だった。
むしろ、あの状況で暴言を吐いたローガスは社交界でどんな噂を流されるか。
店に来ているのは貴族だけではなく大商会の代表もいるだろうし、新聞記者も来ていたので、自然と悪い噂は流れるだろう。
「でも、収穫はありましたわ」
「え?」
「サン・マルシェを救う方法を思いつきましたの」
偵察に行った甲斐はあった。
噂だけを鵜呑みにしていれば、ちゃんとした調査もできなかったと思いながら笑みを浮かべる。
「お嬢様…」
「逞しい」
二人の心配を他所にフレデリカはやる気に満ち溢れており、手帳を取り出し作戦を考え出す。
さっきまでの茶番劇など忘れてしまっているようで、フレデリカの逞しさに二人は尊敬のまなざしを向けるのだった。
同時に、ヴァルトラーナはロジャーに耳打ちをする。
「後で手紙を送ってくれ」
「はい」
「私は宣言通りに、あの店に立ち入り禁止を命じられた。その旨をしっかりと伝え、今後融資の話は断ると伝えてくれ」
「かしこまりました」
フレデリカが燃えている間に、ヴァルトラーナはロジャーに命じ、アレンゼル家の紋章の入った手紙を送るように告げていた。
送り先は言うまでもなくエスカル家とヴィッツ家にだった。
特にヴィッツ男爵は新事業を始めるべく、融資をしてくれそうな貴族を探しており、アレンゼル侯爵家に近づこうとそれとなく宣伝をしていた。
しかし、ヴィッツ家の事業に心惹かれるものは一切なく。
流行に乗っかった製品はあれど、斬新さはない。
流行りだけ取り入れた製品ばかりだったことで、アレンゼル侯爵家だけでなくアルタイル公爵家も同じだった。
せめて一度でいいから話だけでもと仲介したのが懇意にしている商人でもあったが、今回の出来事を事細かく書き、店から追い出されたことも書くように命じた。
何も知らないローガスとアマンダが後に知ることになる。
アレンゼル侯爵家を敵に回せば商売をすることは勿論。
銀行からも融資を受けるだけでなく商業ギルドや、輸入品も得ることが難しくなることを知らなかった。
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