17 / 55
第一章
15.サン・マルシェ
しおりを挟むその夜、久しぶりに家族そろって外食をすることになった。
長らく邸を空けていたが、しばらくは王都にいると聞かされフレデリカははしゃいでいた。
「家族そろって食事なんて久しぶりね!」
「姉さん、はしゃぎすぎだよ」
馬車の中で、嬉しそうにするフレデリカを見て苦笑しながらもセシルは嬉しそうだった。
今日行くレストランは貴族御用達の、サン・マルシェという店だった。
元は宮廷料理人を取り仕切っていた料理長が王宮を出た後に店を構えたと言われている。
料理の味は勿論のこと、見た目も美しく芸術的な事から、美食家としても有名な王妃陛下のお気に入りだった。
値段も高額なので、貴族でも頻繁に通うのは難しいはずなのだが…
疑問を抱きながら馬車が到着すると、店の前には二人の男性が出迎えてくれた。
「ようこそ、お待ちしておりました」
「サン・マルシェにようこそ」
馬車から出てすぐに、エスコートをしてくれた年若い男性二人に案内されるとシェフが現れる。
「お待ちしておりました。ルメルシェ様」
サン・マルシェのオーナー自ら出迎えられる。
彼女の名は、マーシャル・キャンティー。
元宮廷料理長を務め、平民でありながらも王妃陛下からも料理の腕を絶賛された程の持ち主だった。
「本日はどうぞぐゆるりとおくつろぎくださいませ」
マーシャルが席に案内し、深々と頭を下げながらその場を去る。
「噂通り素敵なお店、美術品も素敵ね」
「姉さんったら」
仕事抜きで食事に来ているが、常に商売の事を考えているフレデリカは職業病だった。
「だって、こんな素敵なお店をいずれ商会でも作れたら素敵だわ」
外装も美しいが、内装も完璧だった。
広くくつろげるスペースに、カーテンの色は白で統一されながらも、飾られている美術品を引き立てさせるように計算されている。
そして何より料理が素晴らしかった。
色鮮やかな芸術品で客を喜ばせながらも、さることながら味も完璧だった。
「この赤貝と野菜のコントラストがすごく綺麗だね」
「味も変わらずだな」
前菜サラダから豪華で味も申し分なかったのだが、一口食べて違和感を感じた。
「舌平目のムニエルでございます」
「わぁ、香ばしい香り」
「これも美味いな」
二人は美味しそうに食べるも、フレデリカは食べながら考え込んでいた。
勿論味は期待していた通り完璧だったが、食べる速度が二人に比べてゆっくりだった。
「ご満足いただけたでしょうか?」
「ああ、相変わらずだね」
「ありがとうございます」
マーシャル本人が挨拶に来ていたが、表情が少しばかり暗く感じた。
「味はどうでしたか?」
「ああ、言うことないよ。なのに、どうしたんだい?客が以前より少ないね」
この店に入ってすぐに違和感を感じたのは客が以前より少なくなっていた事に違和感を感じていた。
「実は、その事で皆さんをお招きしたのです。最近新しく似たような店ができまして」
「似たような店?」
「はい、しかも料理も真似られてしまいまして…その所為で客を取られるようになったんです」
量よりも質を考えているサン・マルシェなのだが、一部の貴族からは反感も買っていた事から営業妨害を受けていた。
「私は長年、王妃陛下にお仕えしていました。あの方の元で鍋を振るい続けた実績もあり、自身もありましたが、似たような店を幾つも建てられ、ソースの味を盗まれてしまったのです」
「何?」
高級レストランにとってソースの味を盗まれることは死活問題だった。
料理自体を真似することはできても、ソースを真似することは難しいのだから。
「それでも、当店を贔屓にしてくださる貴族の方がはいらっしゃるのですが…悪い噂を流す連中の所為で」
困った表情をするマーシャルは沈黙を守っていたフレデリカは遠慮がちに告げた。
「味はどの店にも負けませんし、店内の雰囲気も素晴らしいものでした。たが気になったのが、魚介の鮮度でしょうか」
「鮮度?」
「ここは王都で、海から離れています。運んでいる間に鮮度は悪くなり…最近では貝の出荷率が落ちていると聞いています。その状況下では上手く行かないでしょう」
「あっ…」
魚介をふんだんに使った料理が売りのサン・マルシェだが、昨年度から魚介があまり取れなくなった。
「しかし、この店では質のいい魚介を使かっているね」
「はい、お客様にはできるだけ体の良い物を食べていただきたくて」
どんなに魚介の値段が高騰しても、お得意様には体に良い物を食べて欲しいと言うのがマーシャルの信念だったが、客足が途絶え、今では王室御用達の看板を返却すべきだと言う声が上がってしまってる。
「今度の試食会で勝負することになっているんです。もし負ければ王妃陛下の顔に泥を塗ることになります。王太子妃時代より、私を引き立ててくださったというのに」
「マーシャル…」
「お願いでございます。フレデリカ様…どうかお助けください」
マーシャルは深々と頭を下げる。
フレデリカもなんとかしてあげたいが、安請け合いしていいものではないのだが…
「解りました、お任せください」
「ちょっと姉さん!」
フレデリカは引き受けてしまった。
セシルは思わず声を上げてし合ったが、商人魂に火がついてしまっては、誰にも止められなかった。
25
お気に入りに追加
2,837
あなたにおすすめの小説
すれちがい、かんちがい、のち、両思い
やなぎ怜
恋愛
占術に支配された国で、ローザが恋する相手であり幼馴染でもあるガーネットは、学生ながら凄腕の占術師として名を馳せている。あるとき、占術の結果によって、ローザは優秀なガーネットの子供を産むのに最適の女性とされる。幼馴染ゆえに、ガーネットの初恋の相手までもを知っているローザは、彼の心は自分にはないと思い込む。一方ガーネットは、ローザとの幸せな未来のために馬車馬のごとく働くが、その多忙ぶりがまたふたりをすれ違わせて――。
※やや後ろ向き主人公。
※18歳未満の登場人物の性交渉をにおわせる表現があります。
婚約者が最凶すぎて困っています
白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。
そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。
最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。
*幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。
*不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。
*作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。
*カクヨム。小説家になろうにも投稿。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
虐待され続けた公爵令嬢は身代わり花嫁にされました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
カチュアは返事しなかった。
いや、返事することができなかった。
下手に返事すれば、歯や鼻の骨が折れるほどなぐられるのだ。
その表現も正しくはない。
返事をしなくて殴られる。
何をどうしようと、何もしなくても、殴る蹴るの暴行を受けるのだ。
マクリンナット公爵家の長女カチュアは、両親から激しい虐待を受けて育った。
とは言っても、母親は血のつながった実の母親ではない。
今の母親は後妻で、公爵ルイスを誑かし、カチュアの実母ミレーナを毒殺して、公爵夫人の座を手に入れていた。
そんな極悪非道なネーラが後妻に入って、カチュアが殺されずにすんでいるのは、ネーラの加虐心を満たすためだけだった。
食事を与えずに餓えで苛み、使用人以下の乞食のような服しか与えずに使用人と共に嘲笑い、躾という言い訳の元に死ぬ直前まで暴行を繰り返していた。
王宮などに連れて行かなければいけない場合だけ、治癒魔法で体裁を整え、屋敷に戻ればまた死の直前まで暴行を加えていた。
無限地獄のような生活が、ネーラが後妻に入ってから続いていた。
何度か自殺を図ったが、死ぬことも許されなかった。
そんな虐待を、実の父親であるマクリンナット公爵ルイスは、酒を飲みながらニタニタと笑いながら見ていた。
だがそんあ生き地獄も終わるときがやってきた。
マクリンナット公爵家どころか、リングストン王国全体を圧迫する獣人の強国ウィントン大公国が、リングストン王国一の美女マクリンナット公爵令嬢アメリアを嫁によこせと言ってきたのだ。
だが極悪非道なネーラが、そのような条件を受け入れるはずがなかった。
カチュアとは真逆に、舐めるように可愛がり、好き勝手我儘放題に育てた、ネーラそっくりの極悪非道に育った実の娘、アメリアを手放すはずがなかったのだ。
ネーラはカチュアを身代わりに送り込むことにした。
絶対にカチュアであることを明かせないように、いや、何のしゃべれないように、舌を切り取ってしまったのだ。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
【完結】愛すればこそ奪う
つくも茄子
恋愛
侯爵家の次男アーサーが結婚寸前で駆け落ちした。
相手は、侯爵家の上級メイドであり、男爵令嬢であるアンヌだった。二人は幼馴染の初恋同士であり、秘密の恋人でもあった。家のために、成り上がりの平凡な令嬢との結婚を余儀なくされたアーサーであったが、愛する気持ちに嘘はつかない!と全てを捨てての愛の逃避行。
たどり着いた先は辺境の田舎町。
そこで平民として穏やかに愛する人と夫婦として暮らしていた。
数年前に娘のエミリーも生まれ、幸せに満ちていた。
そんなある日、王都の大学から連絡がくる。
アーサーの論文が認められ、講師として大学に招かれることになった。
数年ぶりに王都に戻るアーサー達一行。
王都の暮らしに落ち着いてきた頃に、アーサーに襲いかかった暴行事件!
通り魔の無差別事件として処理された。
だが、アーサーには何かかが引っかかる。
後日、犯人の名前を聞いたアーサーは、驚愕した! 自分を襲ったのが妻の妹!
そこから明らかになる、駆け落ち後の悲劇の数々。
愛し合う夫婦に、捨てたはずの過去が襲いかかってきた。
彼らは一体どのような決断をするのか!!!
一方、『傷物令嬢』となった子爵令嬢のヴィクトリアは美しく優しい夫の間に二人の子供にも恵まれ、幸せの絶頂にいた。
「小説家になろう」「カクヨム」にも公開中。
これでも全属性持ちのチートですが、兄弟からお前など不要だと言われたので冒険者になります。
りまり
恋愛
私の名前はエルムと言います。
伯爵家の長女なのですが……家はかなり落ちぶれています。
それを私が持ち直すのに頑張り、贅沢できるまでになったのに私はいらないから出て行けと言われたので出ていきます。
でも知りませんよ。
私がいるからこの贅沢ができるんですからね!!!!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる