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第一章
10.紳士
しおりを挟む紅茶をかけられそうになったフレデリカだったが、熱くなかった。
「えっ…」
「お怪我はありませんか」
紅茶をかけられたのはフレデリカではなかった。
「何だ貴様…ぐっ!」
ローガスは声を上げようとするも、すぐに胸倉を掴まれる。
「ここは、酒場じゃない。サロンだ…低俗な頭しかない馬鹿が来る場所じゃない。今すぐ出て行け」
「なっ…俺を誰だと思って!」
ローガスは身動きが取れない状態だった。
相手の長身で胸倉を掴まれ、足が床から浮い状態だったからだ。
「貴方は!」
「久しいですね、伯爵」
表情が変わらないながらも、表情が険しかった。
「何時からサロンは、女性を辱め、虐げる場になったのか」
「何を…フレデリカ嬢!」
「申し訳ありません」
このサロンの主でもある、ファレスタ伯爵がフレデリカを見て絶句した。
「先ほど、彼女はこの男に暴力を受け、熱湯をかけられようとしていたのだが?」
「なんということを!サロンでなんということを…すぐにつまみ出せ!」
警備隊を急いで呼び、ローガスをサロンから追い出すのだった。
「申し訳ありません、フレデリカ嬢…私が席を外していたばかりに」
「いいえ、伯爵様。粗相をしてしまって申し訳ありません」
アーガイル。ファレスタ。
爵位は伯爵であるが、国王に直接謁見する事が許された名家でもある。
王都に住まう伯爵位を賜る貴族は多くとも、優劣が存在する。
特にファレスタ伯爵は一族から多くの文官を世に送り出した名門だった。
「なんてことを…婚約者である君にこんな無体を働くとは」
ファレスタ伯爵は、社交場でローガスの素行が悪い事は耳にしていた。
例え没落寸前でも伯爵家に物申せば角が立つし、一番被害を被るのはフレデリカだったので強く言えなかった。
「姉さん?どうした…腕が」
「あっ…」
腕を押さえていたフレデリカが気になり袖の方を見ると袖元が破れ痣ができていた。
「突き飛ばす前に手首を掴まれたのか…」
「なんて奴だ」
他の学者や音楽家は眉を顰めた。
サロンに参加する者達は高齢であるが、ちゃんとした教育を受けた者ばかりだった。
どの国でも弱気を虐げることは紳士道に反する愚かか行為とされている。
例え男尊女卑が強い国であっても虐げていいわけではなかった。
「婚約者?」
「ああ、あの馬鹿はフリンの婚約者だ。とは言え、性格は見ての通り最悪で、何を勘違いしたのか事あるごとに彼女を罵倒している」
「多額の借金を背負い、没落寸前だったのをルメルシエ子爵が借金の肩代わりをしてくれた恩を忘れているのだからな」
公の場でローガスは、婚約してやっていると恩着せがましく言うも。
実際は、ローガスの父親がルメルシエ子爵に頭を下げて婚約を頼み込んだのだった。
「伯爵とはいっても、没落寸前で…格式もない伯爵家だろうに」
「一代で財を築き上げたルメルシエ子爵を成金で成り上がりと馬鹿にするとは、言語道断じゃ」
新貴族出身でもあるフレデリカの父親は平民であったが、中級階級出身だった。
自らの手で財を築き上げ、慈善活を活発に行いながら多くの功績を残したことで爵位を与えられた人物だった。
平民から子爵まで上り詰めた実力は本物だが、生まれながらの貴族達は彼を身の程知らずと罵倒し、貶した。
金の亡者と馬鹿にし、金と権力で物を言わせているとも言われていた。
「どうかお気になさらないでください」
笑顔を浮かべながら気丈な振る舞いをするフレデリカが意地らしくも痛々しくも感じられた。
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