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第一章
7.月夜の逢瀬
しおりを挟む互いに多くを語ることはなかった。
ただ、月を見上げながら静かに息をしながら互いを見つめていた。
「申し遅れました。フレデリカ・ルメルシエと申します」
「私はヴァルトラーナ・アレンゼルと申します」
お互いに名乗りあう中、ヴァルトアーナはハンカチを取り出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ヴァルトアーナはベンチにハンカチを置き、座るように促す。
こんな風に接してもらったのは初めてで、少しだけ嬉しくなるフレデリカは自然と笑みを浮かべるも、ハンカチを見て驚く。
「まぁ、なんて美しいカサブランカ」
「えっ…解るのですか?」
一目見ただけでカサブランカと解るフレデリカに驚く。
ぱっと見ただけで百合の品種を理解できる貴族令嬢はちゃんとした教育を受けてなければ不可能だった。
成人しているならばまだしも、成人前の貴族令嬢は百合の品種を見分けられない者も少なくない。
「私、聖天使伝説が大好きですの」
「聖書にお詳しいのですね」
ヴァルトラーナは少しだけ驚いた。
貴族の中にも聖書に親しみを持つ者はいるが、稀だった。
特に聖天使伝説とは、聖書にも書かれている古い神話の一つで、古語で書かれている。
古語を訳して書かれおり、理解をできるのは専門家ぐらいだった。
「聖天使が聖女にさずけた伝令と百合の花…何度も読み返しましたわ」
「天使が百合の花と描かれるようになった始まりですから。逸話の中では聖女はカサブランカの紋章を刻んだランスを掲げていたと」
「ええ、純白の乙女の象徴で…あっ、申し訳りません」
つい、調子に乗って興奮してしまった。
「何故謝るのです」
「その…、社交場とサロンを間違えました」
社交場では必死に己を律して来たとのに、サロンと同じような振る舞いをしたことを恥じる。
「ここには、私以外いません。何を気にするというのです」
「誰が聞いているか解りません」
例え、ここに二人だけとはいえ、安心はできなかった。
「この国の保守的な考えでは、国はいずれ傾くでしょう。これからは聖書に親しみを持つべきです。聖書は万国共通で唯一、国境がないのですから」
「紳士様…私もそう思います」
ヴァルトラーナの言葉に顔を上げ、笑みを浮かべる。
今の貴族に哲学を満足に語れる者はどれだけいるだろうか。
政治を理解できて、聖書を読める者は?
教会の人間ですら、特権を振りかざし、本当に救いを求める者に手を差し伸べることはできない。
それだけの技量を持っていないからだ。
「聖書を深く理解し、ノブレス・オブリージュを行使すべきだと思っております」
貴族は平民よりもずっと優遇されすぎているが、貴族の義務を果たしてこそ優遇されるこちが許される。
「ノブレス・オブリージュを理解してくださる方がいてくださり嬉しいですよ」
言葉は偽ることができる。
笑顔だって偽り。相手を騙すことだってできることを理解しているフレデリカだったが、願ってしまった。
月夜に見た、この笑顔は真実であると。
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