上 下
7 / 55
第一章

7.月夜の逢瀬

しおりを挟む


互いに多くを語ることはなかった。
ただ、月を見上げながら静かに息をしながら互いを見つめていた。


「申し遅れました。フレデリカ・ルメルシエと申します」

「私はヴァルトラーナ・アレンゼルと申します」


お互いに名乗りあう中、ヴァルトアーナはハンカチを取り出す。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

ヴァルトアーナはベンチにハンカチを置き、座るように促す。
こんな風に接してもらったのは初めてで、少しだけ嬉しくなるフレデリカは自然と笑みを浮かべるも、ハンカチを見て驚く。

「まぁ、なんて美しいカサブランカ」

「えっ…解るのですか?」

一目見ただけでカサブランカと解るフレデリカに驚く。
ぱっと見ただけで百合の品種を理解できる貴族令嬢はちゃんとした教育を受けてなければ不可能だった。

成人しているならばまだしも、成人前の貴族令嬢は百合の品種を見分けられない者も少なくない。

「私、聖天使伝説が大好きですの」

「聖書にお詳しいのですね」

ヴァルトラーナは少しだけ驚いた。
貴族の中にも聖書に親しみを持つ者はいるが、稀だった。
特に聖天使伝説とは、聖書にも書かれている古い神話の一つで、古語で書かれている。

古語を訳して書かれおり、理解をできるのは専門家ぐらいだった。

「聖天使が聖女にさずけた伝令と百合の花…何度も読み返しましたわ」

「天使が百合の花と描かれるようになった始まりですから。逸話の中では聖女はカサブランカの紋章を刻んだランスを掲げていたと」

「ええ、純白の乙女の象徴で…あっ、申し訳りません」


つい、調子に乗って興奮してしまった。

「何故謝るのです」

「その…、社交場とサロンを間違えました」

社交場では必死に己を律して来たとのに、サロンと同じような振る舞いをしたことを恥じる。


「ここには、私以外いません。何を気にするというのです」

「誰が聞いているか解りません」

例え、ここに二人だけとはいえ、安心はできなかった。


「この国の保守的な考えでは、国はいずれ傾くでしょう。これからは聖書に親しみを持つべきです。聖書は万国共通で唯一、国境がないのですから」


「紳士様…私もそう思います」

ヴァルトラーナの言葉に顔を上げ、笑みを浮かべる。
今の貴族に哲学を満足に語れる者はどれだけいるだろうか。

政治を理解できて、聖書を読める者は?
教会の人間ですら、特権を振りかざし、本当に救いを求める者に手を差し伸べることはできない。

それだけの技量を持っていないからだ。


「聖書を深く理解し、ノブレス・オブリージュを行使すべきだと思っております」


貴族は平民よりもずっと優遇されすぎているが、貴族の義務を果たしてこそ優遇されるこちが許される。

「ノブレス・オブリージュを理解してくださる方がいてくださり嬉しいですよ」

言葉は偽ることができる。
笑顔だって偽り。相手を騙すことだってできることを理解しているフレデリカだったが、願ってしまった。


月夜に見た、この笑顔は真実であると。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

すれちがい、かんちがい、のち、両思い

やなぎ怜
恋愛
占術に支配された国で、ローザが恋する相手であり幼馴染でもあるガーネットは、学生ながら凄腕の占術師として名を馳せている。あるとき、占術の結果によって、ローザは優秀なガーネットの子供を産むのに最適の女性とされる。幼馴染ゆえに、ガーネットの初恋の相手までもを知っているローザは、彼の心は自分にはないと思い込む。一方ガーネットは、ローザとの幸せな未来のために馬車馬のごとく働くが、その多忙ぶりがまたふたりをすれ違わせて――。 ※やや後ろ向き主人公。 ※18歳未満の登場人物の性交渉をにおわせる表現があります。

婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。 そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。 最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。 *幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。 *不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。 *カクヨム。小説家になろうにも投稿。

虐待され続けた公爵令嬢は身代わり花嫁にされました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  カチュアは返事しなかった。  いや、返事することができなかった。  下手に返事すれば、歯や鼻の骨が折れるほどなぐられるのだ。  その表現も正しくはない。  返事をしなくて殴られる。  何をどうしようと、何もしなくても、殴る蹴るの暴行を受けるのだ。  マクリンナット公爵家の長女カチュアは、両親から激しい虐待を受けて育った。  とは言っても、母親は血のつながった実の母親ではない。  今の母親は後妻で、公爵ルイスを誑かし、カチュアの実母ミレーナを毒殺して、公爵夫人の座を手に入れていた。  そんな極悪非道なネーラが後妻に入って、カチュアが殺されずにすんでいるのは、ネーラの加虐心を満たすためだけだった。  食事を与えずに餓えで苛み、使用人以下の乞食のような服しか与えずに使用人と共に嘲笑い、躾という言い訳の元に死ぬ直前まで暴行を繰り返していた。  王宮などに連れて行かなければいけない場合だけ、治癒魔法で体裁を整え、屋敷に戻ればまた死の直前まで暴行を加えていた。  無限地獄のような生活が、ネーラが後妻に入ってから続いていた。  何度か自殺を図ったが、死ぬことも許されなかった。  そんな虐待を、実の父親であるマクリンナット公爵ルイスは、酒を飲みながらニタニタと笑いながら見ていた。  だがそんあ生き地獄も終わるときがやってきた。  マクリンナット公爵家どころか、リングストン王国全体を圧迫する獣人の強国ウィントン大公国が、リングストン王国一の美女マクリンナット公爵令嬢アメリアを嫁によこせと言ってきたのだ。  だが極悪非道なネーラが、そのような条件を受け入れるはずがなかった。  カチュアとは真逆に、舐めるように可愛がり、好き勝手我儘放題に育てた、ネーラそっくりの極悪非道に育った実の娘、アメリアを手放すはずがなかったのだ。  ネーラはカチュアを身代わりに送り込むことにした。  絶対にカチュアであることを明かせないように、いや、何のしゃべれないように、舌を切り取ってしまったのだ。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都 ミナト
恋愛
 マリリン・モントワール伯爵令嬢。  実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。  地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。 「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」 ※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。 ※カクヨム様、なろう様でも公開しています。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

婚約破棄されましたが、お兄様がいるので大丈夫です

榎夜
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 あらまぁ...別に良いんですよ だって、貴方と婚約なんてしたくなかったですし。

婚約破棄されて田舎に飛ばされたのでモフモフと一緒にショコラカフェを開きました

碓氷唯
恋愛
公爵令嬢のシェイラは王太子に婚約破棄され、前世の記憶を思い出す。前世では両親を亡くしていて、モフモフの猫と暮らしながらチョコレートのお菓子を作るのが好きだったが、この世界ではチョコレートはデザートの横に適当に添えられている、ただの「飾りつけ」という扱いだった。しかも板チョコがでーんと置いてあるだけ。え? ひどすぎません? どうしてチョコレートのお菓子が存在しないの? なら、私が作ってやる! モフモフ猫の獣人と共にショコラカフェを開き、不思議な力で人々と獣人を救いつつ、モフモフとチョコレートを堪能する話。この作品は小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...