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閑話エドワードの狂詩曲
6.春の女神と音楽の天使
しおりを挟む秘密の庭園に向かうと、エステルは二人に気づくことなくバイオリンを奏でていた。
「エステル嬢」
「殿下?」
振り返るエステルは驚き目を見開く。
「ごきげんよう!」
「おっ…妃殿下!」
「堅苦しくなさらないで。私の事はアントワネットとお呼びになって!」
手を握り無邪気な笑顔を向けるアントワネットに驚く。
「貴方の演奏を聞いてからずっとお会いしたいと思ってましたのよ。でも、あれ以来貴方はサロンはおろか広間にもいらっしゃらなくて」
「申し訳ありません…私は宮廷楽団の末席に過ぎず」
王族主催の音楽会や、サロンで演奏することはできない。
先日は、欠員が出てやむなく演奏する機会があったが、一番端っこで目立たない席で演奏していた。
ソロパートも与えられないと聞かされ、アントワネットは怒りだす。
「なんですって?あんなに素晴らしい演奏をするのに」
「そっ…そんな。私などが」
「私、演奏は得意ではないけど歌と耳は自信あるのよ」
自慢気に言い放つアントワネットにキョトンとする。
雲の上の存在であるアントワネットはとても人懐っこくで無邪気だった。
まるで妹のようだった。
すこしばかり苦手意識を感じるが、すぐに杞憂に終わる。
「貴方の演奏は本当に素晴らしいわ。貴方は音楽の女神様に愛された天使よ」
「えっ…」
「音楽を愛するのは簡単よ。でも音楽に愛されるのは選ばれた人間だけ…貴方は選ばれのよ」
手を強く握りながらアントワネットはこうも告げる。
「貴方の指は努力の証ね…」
「申し訳ありません!」
綺麗とは言い難いゴツゴツした指を隠そうとするもアントワネットは許さなかった。
「きっと相当な努力をしたのでしょうね」
「アントワネット様…」
じんわりと涙が流れそうだった。
ずっと頑張っていたのに誰も認めてくれなかった。
それどころか努力する姿がみっともないと罵倒を浴びせられ続けてきたのだから。
「私の祖国ではバイオリンの音色を奏でるには時間と努力と強い忍耐力を必要とされているのよ」
「強い忍耐力…」
エステルはずっと弱い自分を恥じていた。
思っていることを口に出すこともできず、ただ操り人形であることを受け入れるしか生きる道はなかった。
「私にはバイオリンを奏でる忍耐力も才能もなかったのだけど…お兄様は優れた奏者だったの」
「アントワネット様のお兄様…ですか」
「ええ。とっても素敵な演奏をするの…でも腕前は貴方の方が上よ!ねぇ、貴方の演奏を聞かせてくださらない?」
「私でよければ喜んで」
誰かに望まれ演奏するのは初めてだった。
いつも哀しい思いで奏でていた演奏は、この日初めて喜びの演奏となる。
アントワネットの為に演奏した曲は文字通り、喜びの歌となった。
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