229 / 408
第七部可憐な皇女と聖騎士
9.寵妃と母
しおりを挟むモントワール侯爵夫人に聞かされた過去はとても過酷な内容だった。
王宮に単身で乗り込み、ずっと一人で戦い続けることはどれだけ神経をすり減らしていたのだろう。
「モントワール侯爵夫人」
「エステル様、どうかお母様と呼んでくださらない」
「ですが…」
まだ婚約期間中で、しかも正式なものではない。
なのにもう母と呼ぶなんていいのだろうかと迷いが生じる。
「貴方は私の娘になるのだから」
「ですが私はまだ正式にクロード様の婚約者として認められておりません。それに王妃様の次に地位の高い方にそのような…」
モントワール侯爵夫人は苦笑しながらも、嬉しく思っていた。
そんなに地位を気づき上げようとも血筋で見下されるのが当たり前だった。
以前にもクロードに懸想した令嬢はモントワール侯爵夫人の陰口を言っていた。
貴族社会では身分乏しきものは貶されるのが当たり前だった。
王妃のように身分関係なく接してくれるのが珍しいのだから。
(やはり、あの子の目に狂いはなかったわ)
勘が鋭く観察力に洞察力の高いクロードは他人に対して警戒心が強い。
表抜きは見破られないようにするが、エドワードの害となる貴族には容赦なかったし、王族に反旗を翻そうな一派の令嬢に対しても同じだった。
常に仮面をつけ続けなくてはならない母親と同じくクロードも同じ道を歩んでいた。
そんなクロードが自ら望みどんな手を使ってでも欲しい少女。
古式伝統となる求婚の作法を使った時は驚いたが、クロードは本気だった。
今まで何に対しても程々にして本気にあらなかったが、あの婚約騒動以降からクロードは地位を得るべく必死だった。
(エステル嬢を選んだのは間違いではないわ)
高位貴族であるならば障害も大きく、相手は身分に囚われるならば形だけの夫婦になるかもしれないと何度か心配したが、直接言葉を交わし、決定づけたのはあの時。
侍女が王族暗殺を企て、クロードを罵倒した時にエステルが魔力を暴走させるほどに怒りをぶつけたことだった。
普段から大人しく温厚だったエステルを知るモノが見れば驚かずにはいれないが、母としては嬉しかった。
そこまで我が息子を慕ってくれていた。
クロードのアプローチを拒絶し続けていたのでその気は無いのでは?と疑ってた自分を恥じ悔やんだのだ。
エステルはクロードを愛しているが故に拒絶していたのだと。
愛しているからこそ距離を取らなくてはならなかったのだと察することができた。
これほどにまで深く愛し合っている。
ならば親として何が何でも一緒にさせたいと思った程だ。
「エステル様、私は貴方に感謝してますのよ」
「私に…ですか」
「ええ、あの捻くれた息子は本気になることはありませんでした」
妾腹の子供と言うだけで、何もかも取り上げられた少年時代。
勉学も剣術も才能があるのに、母親の血筋が平民と言うだけで地位を得ることが叶わず、未来に希望を描けなかった。
「王宮には愛など無意味であることを幼いうちに知ってしまったから」
「クロード様は、愛情深い方です」
「そうね…今なら解るわ」
クロードが愛を知り、得ることができたのはエステルの存在があったから。
「貴方がいなければあの子は今も変わらないままだったわ」
女宰相と呼ばれようとも、王宮での雑音を消すことはできない。
クロードを蔑む貴族から守ることもできず、歯がゆく思ったことは幾度もあったが…
「どうかクロードをお願いします」
「夫人…」
クロードに優しい薔薇を与えてくれたエステル。
これから先、どんな過酷な試練が待っていたとしてもエステルが支えとなってくれる。
永遠に咲く華となり。
「それから、子供は沢山作ってくださいね」
「へ?」
「私、子供は一人でしたけど。貴方は若いからたくさん産んでくださいな」
「なっ…何をおっしゃいます!」
真っ赤になるエステルにモントワール侯爵夫人は細やか悪戯心が芽生える。
どんなに大人びてもまだまだ純情な乙女。
しばらくはこのネタでからかって楽しもうと考えるが…
「夜のお勤めなら私が指南いたしますわよ」
「ひぃ!」
半分は本気だった。
77
お気に入りに追加
16,476
あなたにおすすめの小説
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。
そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。
秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」
私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。
「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」
愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。
「――あなたは、この家に要らないのよ」
扇子で私の頬を叩くお母様。
……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。
消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
下げ渡された婚約者
相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。
しかしある日、第一王子である兄が言った。
「ルイーザとの婚約を破棄する」
愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。
「あのルイーザが受け入れたのか?」
「代わりの婿を用意するならという条件付きで」
「代わり?」
「お前だ、アルフレッド!」
おさがりの婚約者なんて聞いてない!
しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。
アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。
「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」
「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる