ある公爵令嬢の生涯

ユウ

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第六部貴方に捧げる薔薇

2.荷を分けて

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誰よりも優秀なクロードは脆さもあった。


「俺からすれば支えがあるからあそこまで強いんだよ」

「殿下が…」

「大事なモノを守りたいという思いが、殿下の動力源になっている」


クロードが守るべきものは今も昔も同じではないかと、エステルは思った。


最愛の弟とこの国ではないか?


「お前だよ」

「私?」

「第一王子としての義務はあるが、義務だけで人は動かねぇだろ」


ユランは広い視野で見て思った。
血筋こそは低くても、母親は王の寵妃でそれなりの地位も財もある。

優秀で力もあり王立軍を指揮する立場も与えられている。
母親の血筋が低いなど些細なことで、貴族の令息にも多くいる。


「地位があっても財が合ってもあの男が満たされることはないだろうよ」

「そんなことは!」

「実際五年前までは、俺も冷めた男とだ思っていた」


――五年前。


その言葉にエステルは反応した。


「殿下は見つけたんだよ。一輪の花を」

「一輪の花…」

「その花は誰かなんて聞く野暮はなしだぜ。あの男が大切に愛でるのは白薔薇だ」


その白薔薇は誰かなんて嫌でもわかる。
クロードは事あるごとにエステルを白薔薇と例える言い回しをしていたのだから。

「あの男が情熱的な深紅の薔薇ならお前は染まらない白薔薇だ」

「けど…」

「男ってのは案外単純な生き物だぜ?お前が思うよりも」


どうしてと考えても解らない。


「何故私だったのです」

「あ?」

何故こんな自分をここまで好きになってくれたのだろうか。

その意味さえ解らない。


「クロード様に相応しい令嬢は他にいるのに、どうして私のような傷物なの?どうして!」


どうしても理解ができない。
今の自分を否定することはできないが、前世の自分を思い出す。

全てを諦め、声をだすこともできなかった弱い自分。
今も弱く、背伸びをして強がって、弱みを見せようとしないでいる。


なのにあの日も。


初めて会ったあの日、クロードは手を引いてくれた。

強引であったがサロンでクロードが手を差し伸べてくれた日のことを覚えている。


「お前、卑屈になるのも大概にしろよ」

「悪いですか?卑屈になって…だって周りが凄すぎるんです」


逆切れをするエステルはユランに八つ当たりをするがユランは特に気にすることもなく宥める。

(はぁー…拗らせすぎだろ)

捻くれているのはクロードだけでなくエステルも同じだと思い、さらに眩暈がした。


(どうすんだよ、これ)


追い詰める気はないが、ここまで悩ませているのを放置するわけにも行かず困り果てる。


「私はどうしても守りたいモノがるんです…その為には」

歯を食いしばりながら何かに耐えようとするユランはエステルの背に手を伸ばす。


「俺達を信じろ」


今必要な言葉は多くない。
心を軽くする言葉も持ち合わせていないユランだが、一つだけできるのはこれだけだった。


「何に怯えているか聞かねぇよ…けど俺達を信じろ」

「ユラン?」

「お前には俺達がいるだろ。まとまりはねぇが腕は一流の俺達が」


規格外の能力を持った頼もしい友人は、いずれこの国を背負う立場になる。

万一国が危機的状況に晒されてしまったとしても、エステル一人が背負う必要はない。

「お前一人でできることは限られている。そんなの思い上がりだ」

「だったら…どうしたらいいの」

「簡単だ、その荷を俺達に分けろ」


一人で背負いきれないなら仲間を頼り分ければいい。


「俺達がいる。お前の傍に」

「ユラン…」


じわりと涙が零れる。
弱り切った心にユランの言葉が響きエステルは手を伸ばす。


もっと仲間を信じるべきだった。
言えないことは多くとも、今は助けてくれる人がいる。


違う未来が待っているのだから。


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