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第一章許嫁編
3遅れて登場
しおりを挟む激しい雨に風の音が酷く、外に出るも危なかった。
一向に天候が弱まる気配がなく、身動きが取れない状況下だった。
お膳を平らげた後に、食後のお茶を飲んでいる時だった。
「ようやく戻ってきたようですね」
「あの馬鹿者めが・・・」
冷たい声が響く。
笑顔であるが目は氷のように冷たい喜多に、地を這うような声を出す綱元。
足音が近づき、中に入ってきたのは――。
「お待たせして申し訳ありません」
「この馬鹿者が!」
喜多の怒りが爆発する。
ずっと居心地の悪さを耐えながらも胃が痛かったのだ。
「今日が何の日か解っているであろうに」
「姉上、落ち着きください。景綱、お前は自分が何死したか解っているのか。このような無礼な」
「返す言葉もありません」
深々と頭を下げる景綱は着物のいたるところに泥がついていた。
かなり濡れている。
「あのー…」
「はい」
「景綱様でございますか」
「はい、片倉景綱でございます」
下げていた頭を上げる景綱を見ると千春は驚く。
(すごいイケメンさんだ…)
顔を上げた景綱は強面であるがと整った顔立ちをしていた。
千春の傍にはこう言っては何だが、付喪神や翁等がいるが、歳の近い異性は元許嫁の文彦ぐらいなのだが。
(鬼に見えない…)
冷徹の鬼だとか冷酷な鬼神等とも噂をされていると聞くが。
真逆ではないかと思う。
「体が冷えておられるのではないでしょうか…火鉢の傍に」
「いいえ、この際外で反省させます」
「ですが、風邪を引きます。それに濡れた着物では体が冷えます。お父様は酒を温めた方が…着替えと」
状況をまるで理解していない千春は世話を焼く。
重定も怒りを忘れ、手拭いを用意して景綱の着物を乾かそうとする。
「いえ…私は」
「風邪を引くでしょう…喜多殿湯を沸かしていただけませんか。かなり冷えておりますぞ」
「はっ…はぁ」
喜多は開いた口が塞がらない。
それというの顔合わせの日に大遅刻をしたにもかかわらず世話を焼くなんてありえないのだ。
「景綱殿、この度の縁談がどうしても嫌なのは解りますが、礼儀を欠くのはこれっきりしてください」
「えっ…」
「私でなければただですみません。特に武家は対面を気にしますからな」
まるで幼い子供に言い聞かせるようだった。
景綱は背筋を丸める姿は子犬のようだと千春は思った。
「諏訪家の姫を余程好いていたのですな」
「はい?」
「気持ちを察しします」
景綱は目を見開き驚いた表情をする。
「お待ちください。私は…」
「何をも言わずとも解っています。今回の縁談はお断りいただいて結構ですから」
重定はあくまで咎めることなく優しく接したのだった。
だがそれこそが大いなる誤解だったのだ。
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