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序章婚約破棄編
3侮辱
しおりを挟む初めからそのつもりだったのだ。
橘家は許嫁の入れ替えをもくろんでいた。
しかし相手が断りづらい相手だった。
「お相手は冷徹の鬼と呼ばれる片倉景綱様です」
「有名な方よ。鬼そのものだと言われているけど。付喪神を使役する妖姫の貴女ならお似合いだと思うの。私よりもね」
「私の娘を身代わりに差し出すと…そんな勝手な真似が!」
「拒否権はない!出来損ないの娘を生んだ女房を恨むんだな。生きていても価値がないだろう」
今言葉だけは許せなかった。
例えお家が潰されようと罪人にされてもいい。
(もう黙っておれぬ!)
大事な娘をここまで侮辱し、侮られたのだ。
父親としても男としても人としても許せないと思った。
(こやつらには心がないのか!)
どんなに権力があろうとも心を失くした彼らの方が鬼以上だと思った。
人の姿をした化け物に見えたのだ。
「お父様!」
「千春、こんな縁談受ける必要ない。そもそも花嫁に入れ替えなど無礼千万だ」
相手方にも無礼だった。
しかし、文彦の母親冴子は告げた。
「既に先方には了承を得ています。縁談は矢内家も受け入れています」
「そんなバカな!」
親族と縁は切っているが、このタイミングで連絡を取り暴挙に出るとは思わなかった。
「何を嫌がる必要があるのです?私は親切でしてあげたのに…何所にも嫁げないのだから良かったでしょう」
「そうだ。無能な巫女には鬼がお似合いだ…まぁ形だけだ」
「千春、この人のことは私が一生愛するわ」
蘭の言葉はあまりにも惨い言葉だった。
己の幸福の為に友人を差し出して当然のような言い草だ。
ショックを受けている千春に蘭は更に言葉をつづける。
「貴女にはぴったりよ。代わりに私が幸せになるから」
「蘭の役に立てるんだ幸福だろう?誰の役にも立たない出来損ないの女なんだからな!」
当然だと言わんばかりに言い放つ。
「それに蘭のお腹にはややがいるのだから」
二人は絶句する。
既に二人は肉体関係を繰り返し子供まで作っていた。
「正直、貴女の母君は子を産んで死んだようなものだしね」
――どうしてここまで憎まれるのか。
こんな酷い事を言われるのか解らない。
「蘭は我が家の天女だ」
(天女?)
他者が傷つくのを見てニコニコ笑う女性が果たして天女だろうか。
人は幸福を与えてくれる神を天女というが、千春から見れば天女ではない。
鬼畜外道だった。
「承知しました。お気遣いありがとうございます」
「そう、解ってくれたの」
「はい、どうかお幸せに」
こうなったら意地だった。
ここで泣くなんて惨めだし、絶対に泣くものか。
「蘭、どうか末永くお幸せに。お父様参りましょう」
ぎゅっと鈴を握る。
歯を食いしばりながら最後まで泣くこともなかった。
「つくづく可愛い下のない女だ」
泣こうともしない、すがろうともしない千春に対して悪態をつきながら蘭を抱きしめていた。
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