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しおりを挟む夜寝静まる時間。
本当は邸に帰るつもりだったラインハルトはフィディオに留め置かれた。
「もう遅いから泊って行きなさい」
「ですが、ご迷惑に」
「迷惑ならば言いませんよ。ここは人が少なく寂しいので」
ここまで言われて断れることはなかった。
まだ病み上がりのシェリラを一人残していくこともできず、このまま邸に帰るのも気まずいと思ったのだ。
「して、困りましたね」
「何がですか」
「彼女の健康状態です」
バルコニーに出て景色を見つめながらフィディオはシェリラを心配する。
「彼女は他の令嬢よりも優秀です。それは幼少期から厳しい淑女教育を受けているからです。ですが、本来子が親から与えらえる絶対必要なものがない」
「母は、妹に厳し過ぎるのです。確かに侯爵家の長女という重圧。後に王太子妃になるべく厳しくするのは解ります。ですが…」
「厳しければ良いわけではありません。彼女の目を見ましたか」
父親を見て恐怖を浮かべる表情。
泣く事すら悪い事だと思い込んでいるなんて。
「悪い事は悪いと叱っても、そこに愛情があれば良いのです。ですが今の彼女は…」
「シェリラは諦めた表情をしています」
ミレーヌを憎いと思うわけではない。
それでも母親の溺愛が酷く、そのわずかな優しさでもシェリラに向けてくれれば良いのに。
「宮廷医師から彼女は偏食が酷いと聞きましたが…」
「いいえ、好き嫌いはないのです」
「それ以上は言わなくても解りました。今日の食事で彼女が偏食家ではないことははっきりしました」
聖職者として優れ、まだ13歳にも拘わらず聡明すぎるフィディオは大人顔負けで人生を達観し過ぎているとも言われているが、ラインハルトはシェリラの事に関しては違うのだと思った。
「猊下は妹をどう思っておりますか」
「どうしました?いきなり」
「いきなりではありません。ずっと考えていたのです」
ここでこんな事を尋ねるのは無礼だと解っていても聞かずにいれなかった。
「妹は猊下を知っております。その思いは好意ですが、恋か尊敬かは解りません」
「唐突な事を…」
「ですから、期待だけ持たせるのは酷かと」
誰にもでも優しい王弟殿下であり教皇猊下。
聖職者の長であり聖人の鑑とも慕われるこの人が、シェリラを傷つけないか不安になる。
愛情に飢えている妹にとってフィディオの優しさは救いでもあり、時として災いにもなるのだ。
「猊下、妹をどう思っておりますか」
ただ一言でいい。
その一言だけ聞ければと思ったのだ。
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