上 下
2 / 11

side マルティナ② あり得たかもしれない風景

しおりを挟む
 「はー、いい天気だなぁ……」
 マルティナは紅茶を飲んで一息ついた。天気も良くて、自然の広がるこの土地はとても気持ちがいい。空の青と木々や芝生の緑の色彩の対比が美しい。家族でピクニックに来たという状況だったら、もっとこの開放感ある景色を素直に楽しめたかもしれない。アイリーンの夫の生家のレッドフォード公爵家の辺境にある村の一つらしい。アイリーンとクリストファーが暮らしているというこじんまりとした屋敷のテラスで優雅にお茶をしているところだ。大きくて素朴なテーブルに、マルティナ夫婦とリリアン夫婦が並んで座り、対面する位置にアイリーン夫婦が座っている。

 「アイリーンは紅茶は止めておいたほうがいいんじゃないか?」
 「たまにはいいでしょう? 私の分だけハーブティーを淹れるもの手間じゃない」
 「私もアイリーンと同じものを飲むから大丈夫だ。用意してもらおう」
 「相変わらず、過保護だなぁ。二人目だし、体調もいいし大丈夫なんじゃないの?」
 「マシュー、出産は命掛けなんだぞ! 気を付けても気を付けても足りないくらいだ。マシューは本当にのん気だな……そんなんで伯爵家の当主が務まるのか?」
 「公爵家を投げ出した人に言われたくないね。物事を継続するコツは、適当にやることだぞ!」
 「なるほど、それも一理あるか……」
 「クリストファー、マシューの言うことを真に受けちゃだめよ」
 「でも、マシュー様も時々、ほんの時々ですが物事の核心をつきますよね。奥様、ハーブティーが入ったようですよ。その紅茶は口もつけていないようですし、僕がいただきますよ」
  アイリーン夫婦の隣に座ってマシューは楽し気に会話している。その親し気な様子から、マシューと姉夫婦の距離が近いのが伝わってきた。マシューの横には、クリストファーによく似た神父服に身を包んだ青年が座っていて、なにくれとなくアイリーンの世話をしている。この国にいた頃は、いつもマルティナの味方をしてくれていたマシューが姉と親し気にしているのを見て、胸がざわざわする。

 「マルティナ、リリアン、詳しい説明もせずに連れてきちゃってごめんね。アイリーンがクリストファーと結婚した後、次期公爵夫人失格の烙印を押されて、公爵家の辺境に幽閉されて、その五年後に病で亡くなったって話は聞いているよね。クリストファーも事故で亡くなったことになっている。簡単に言うと二人は亡くなった事になっていて、二人レッドフォード公爵家の籍には入っていない。ただの村人として暮らしているんだ。夫婦として」
 マルティナがじっと見ている視線に気づいたマシューが簡単に姉の身に十年間にあったことを簡単に説明してくれた。クリストファーは婚約者であった時代も、アイリーンを溺愛していると噂になっていたが、こんなにも自分の気持ちを態度や言葉で表す人ではなかった。子どもを宿しているのであろうアイリーンの身を気遣い、アイリーンに愛おしそうに触れる、その様子から姉を大事にしているのが伝わってくる。テーブルで給仕してくれる侍従や侍女達も微笑ましくアイリーン夫婦を見守っている。アイリーンは自分を大切に思ってくれる人に囲まれて幸せに暮らしているのであろう。マルティナは無意識に自分のお腹をなでた。

 「ふーん……。アイリーン姉様の子ども、名前なんていうの?」
 リリアンはマシューの話に興味なさそうに相槌を打った。リリアンは母の墓参りでも、アイリーンに対面してもまるで他人事のように淡々としている。
 「デイジーよ」
 マルティナははっとして、アイリーンの顔を見る。マルティナ達の亡き母親の名前はマーガレット。デイジーはマーガレットにとてもよく似た花だ。たまたまなのか、わざとなのか……。柔らかく微笑むアイリーンの顔を見ても答えはわからない。マルティナ達のいるテラスから少し離れた場所で、仲良く遊ぶ子ども達を見る。綺麗な花が咲き乱れる傍らの青々とした芝生の上で座り込んで熱心に花冠を作っている。アイリーンの娘のデイジーは、娘のローレンと同じくらいの年頃に見える。デイジーはアイリーンの小さな頃にそっくりな美少女だ。膝には少し年の離れたリリアンの娘のエルシーを乗せている。二人は先ほど会ったばかりとは思えないくらい打ち解けて、たまに笑ったりしながら、手を動かしている。今回の旅になぜか同行しているエリックの母のナディーンに時折作り方を教えてもらったり、アドバイスをもらっているようだ。自分達三姉妹の生んだ子どもは、くしくも三人とも女の子で、まるで仲の良い姉妹のように見えた。もしかしたら、自分達もああだったのかもしれないと思わせる風景だった。マルティナの胸の奥がツキンと痛んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

(完結)嫌われ妻は前世を思い出す(全5話)

青空一夏
恋愛
私は、愛馬から落馬して、前世を思いだしてしまう。前世の私は、日本という国で高校生になったばかりだった。そして、ここは、明らかに日本ではない。目覚めた部屋は豪華すぎて、西洋の中世の時代の侍女の服装の女性が入って来て私を「王女様」と呼んだ。 さらに、綺麗な男性は、私の夫だという。しかも、私とその夫とは、どうやら嫌いあっていたようだ。 些細な誤解がきっかけで、素直になれない夫婦が仲良しになっていくだけのお話。 嫌われ妻が、前世の記憶を取り戻して、冷え切った夫婦仲が改善していく様子を描くよくある設定の物語です。※ざまぁ、残酷シーンはありません。ほのぼの系。 ※フリー画像を使用しています。

婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む

柴野
恋愛
 おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。  周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。  しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。 「実験成功、ですわねぇ」  イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

お城で愛玩動物を飼う方法

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約を解消してほしい、ですか? まあ! まあ! ああ、いえ、驚いただけですわ。申し訳ありません。理由をお伺いしても宜しいでしょうか? まあ! 愛する方が? いえいえ、とても素晴らしいことだと思いますわ。 それで、わたくしへ婚約解消ですのね。 ええ。宜しいですわ。わたくしは。 ですが……少しだけ、わたくしの雑談に付き合ってくださると嬉しく思いますわ。 いいえ? 説得などするつもりはなど、ございませんわ。……もう、無駄なことですので。 では、そうですね。殿下は、『ペット』を飼ったことがお有りでしょうか? 『生き物を飼う』のですから。『命を預かる』のですよ? 適当なことは、赦されません。 設定はふわっと。 ※読む人に拠っては胸くそ。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】はいはい、魅了持ちが通りますよ。面倒ごとに巻き込まれないようにサングラスとマスクで自衛しているのに不審者好き王子に粘着されて困ってる

堀 和三盆
恋愛
「はいはい、魅了持ちが通りますよー」  休憩時間、トイレからの帰り道。教室の入り口にたむろしている男子生徒に一声かけてから前を通る。手の平をぴんと伸ばし上下に揺らしながら周囲に警戒を促すのも忘れない。 「あはは、押すなよー。あ、うわっ!」  トン☆  それでも。ここまで注意しても事故は起こる。話に夢中になっていたクラスメイトの一人がよろけて私にぶつかってしまった。 「悪ぃ、悪ぃ……げっ! アイリーンじゃん! 気を付けろよなー、俺、まだ婚約すらしてないのに」 「あれれ? 惚れちゃった? んじゃ、特別サービス『魅了ウイ~ンク☆』! ……どう? 魅了されちゃった??」 「されるかっ! サングラスで瞬きすら見えねえっつうの! サングラスにマスクの不審者令嬢なんかに魅了なんてされねーよ!!」  ド……っとクラスに笑いが起きる。  よし! 私の防御は今日も完璧のようだ。  私は強度の魅了持ち。面倒ごとに巻き込まれないようにとサングラスにマスクで魅了スキルを打ち消して自衛しているのに、不審者好きの王子が熱烈に告白してくるようになった。いや、どうすんだこれ……。

処刑される未来をなんとか回避したい公爵令嬢と、その公爵令嬢を絶対に処刑したい男爵令嬢のお話

真理亜
恋愛
公爵令嬢のイライザには夢という形で未来を予知する能力があった。その夢の中でイライザは冤罪を着せられ処刑されてしまう。そんな未来を絶対に回避したいイライザは、予知能力を使って未来を変えようと奮闘する。それに対して、男爵令嬢であるエミリアは絶対にイライザを処刑しようと画策する。実は彼女にも譲れない理由があって...

皇太女の暇つぶし

Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。 「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」 *よくある婚約破棄ものです *初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

処理中です...