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番外編

side エリック④ 黒子から主役へ

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 つきあい始めた頃にさりげなくウェディングドレスの希望を聞いてみた。デザインの好きなリリアンの事なので、自分のウェディングドレスは自分で作りたいのかと思ったのだ。

 「できたら、できたらなんだけど……エリックがデザインしてくれたものがいいなぁ……あっ、お仕事忙しかったら、いいんだけど……そんなに自分のはこだわりないんだけど。あ、エリックの正装は見てみたいなぁ」
 遠慮しながら、リクエストするリリアンに、エリックは心の中でゴーサインを出した。それから、チェルシーと協力して、ウェディングドレスの制作を進め、それに合うアクセサリーの制作はカリスタにお願いした。

 「ねぇ、エリック。これからは私にも弱音を吐いたり、格好悪い所も見せてね」

 つきあって、半年後にプロポーズをして、イエスの返事をもらった後にリリアンに告げられた。リリアンがエリックの目の下の隈をなぞりながら言う。無意識に七歳年上だからとか、格好悪い所を見せたくないと思っていた心を見透かされていた。

 「私にできることは少ないかもしれないけど、私もエリックを支えたいし、手伝いたいの。一人で無理してほしくないの。ずっとエリックの隣にいたいから。出会ってから、ずっとエリックは私のために色々動いてくれたよね。スコールズ伯爵家から除籍して、プレスコット家に養子にしたり。お店の仕事のフォローしてくれたり。新しいお店を立ち上げてくれたり。レジナルドさんやブラッドリー様と、あの国でも色々確認したり、動いてくれたんでしょう? あの気持ち悪いおじさん、やっつけてくれたんでしょう? 私の知らないところで。嫌な事言ってきた事務の子も、いつも絡んできていたスキナー商会の息子も、決着つけてくれたんでしょう? 今まで本当にありがとう。これからは、私にも手伝わせて」
 気が付くと、エリックは泣いていた。目の前のリリアンをぎゅっと抱きしめる。

 「居てくれるだけでいいの。リリアンの目に映れるだけで十分なの。男として格好つけたい気持ちもあるの。でも、リリアンの気持ちがうれしいわ。ありがとう。うん、二人で分け合って支え合って、生きていきましょう、ずっと」
 可哀そうで才能があるとだけ思っていた女の子は、いつのまにこんなに逞しく愛情深く育ったのだろう? リリアンとの出会いに感謝しながら、ただリリアンを抱きしめた。

◇◇

 こんな長い回想しちゃうくらい長くてありがたーい神父様のお話も終わって、神と参列してくれた皆に二人の愛を誓い式を終えた。

 リリアンと二人、祝福の言葉と、花びらを散らすみんなの前を歩く。


 「さすが、元貴族令嬢、ドレスの裾裁きは完璧ね!」
 少し緊張気味のリリアンに声をかける。

 「任せておいて!」
 リリアンの元気な笑顔に、参列者からほうっと見惚れるようなため息が漏れる。打ち合わせにないキスをすると、プレスコット家の参列者のいる方から悲鳴が聞こえた。気にせずに、足を進める。

 「ううう……リリアン……」
 顔をくしゃくしゃにして泣く母とそれに寄り添う父の目にも涙が光っている。

 「母上、せっかくの美人が台無しよ。どうせ、これからも一緒に暮らすんだからいいじゃない……」

 「気持ちの……気持ちの問題なの……」

 「母上、今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
 まだ、ぐずぐず泣いている母上の涙をリリアンがそっとハンカチでぬぐって、抱擁する。

 「リリアンを幸せにしなかったから、ぶっ殺すから!」
 「エリックのバーカ。幸せになりなさいよ!」
 姉二人は相変わらずだ。今日初対面である、二人の姉の契約結婚と別居結婚のお相手は、美しい二人の姉達に負けず劣らず整った外見をしている。一見しただけでも、その夫達は姉達を愛おしそうに見ていて、内情はそれほど悪くないのではないかと胸をなでおろした。

 「おめでとう! エリック、リリアン」
 「おめでとう、家にも気軽に遊びにきなさい」
 ブラッドリーの父であり、マーカス家の当主から背中に活が入る。横でのんびりとブラッドリーの母も微笑んでいる。

 「エリックはそっちの人だったかぁ……。リリアン、おめでとう!」
 「違うわよ! リリアンだから選んだのよ! なんで素直にお祝いが言えないわけ?」
 リリアンにアプローチを掛け始めてから、ブラッドリーの一番上の兄のフレドリックは幼女趣味だとからかってくる。妻のジョアンナがその隣で静かに微笑み、長男のイーサンがガッツポーズをする。下の二人の兄妹はリリアンに花束を渡している。

 「エリック、これだけは言わせてくれ。ざまぁないな。おめでとう! リリアンも幸せにな! エリックに困ったら、気軽に相談に来いよ!」
 「相談に行くことなんてないから! 本当に失礼な兄弟ね!」
 リリアンに恋に落ちてからの良き相談相手で、エリックのだめさ加減も知っているブラッドリーの二番目の兄のレジナルドから言葉が掛かる。横で娘を抱っこして妻のエミリーも幸せそうに笑っている。


 「エリックも幸せになってよかったよ。おめでとう! 幸せにな! リリアン、これからもよろしく!」
 ブラッドリーが赤ちゃんを抱っこして、からっと笑う。恋愛の相談相手としては不足しているけど、これからも親友として家族ぐるみでつきあっていくのだろう。


 「リリアン、よかったね……よかったね……。幸せに、幸せになってね、おめでとう」
 マルティナがリリアンの両手を握りしめ、小さなつぶやきのような祝福の言葉を述べる。その言葉の重みに周りからもすすり泣きが漏れる。

 「マルティナ姉様、これまで本当にありがとう。姉様がいなかったら、ここまで生きてこられなかった。エリックとも出会えなかった。言葉にできないくらい感謝してるの。本当にありがとう。エリックと幸せになるね」

 涙の止まらないマルティナちゃんをブラッドリーがそっと抱きしめる。同じく涙が零れて来たリリアンの涙をエリックは、ハンカチでぬぐう。

 誰がこんな幸福な光景を想像できただろう?

 リリアンの祖国であった苦しい光景が頭をよぎる。頭を一振りして暗い過去を振り払う。今は、マルティナもリリアンも幸せに暮らしている。それで十分だ。

 「リリアン、おめでとう! 今日もすっごく可愛い」
 リリアンの親友の花屋のケイリーに声を掛けられて、リリアンに笑顔が戻った。ケイリーは恋人と一緒に参列してくれている。

 「ケイリー! 来てくれてありがとう! ふふっ、このドレス、エリックがデザインしてくれたんだよ」
 「ハイハイ、ドレスはエリックさんのデザインで、制作もほぼエリックさんのドレスでしょ? もう、その話は百回くらい聞いたよ。花束も似合ってる。本当に綺麗ね」
 「ケイリー、自分の準備もあるのに用意して、朝早くに届けてくれてありがとう。かわいいお花でうれしい」
 「エリックさんもおめでとうございます。釣った魚にもちゃんとエサをあげてくださいね」
 「任せておいて! ケイリーちゃんがリリアンに構う暇がないくらい構い倒す予定だから」
 「ハイハイ、それはなによりで」
 リリアンからケイリーとの出会いのなれそめを聞いて、ケイリーが男の子じゃなくてよかったと思ったわ。男の子だったら、一見爽やかだけど、なにを考えているかわからないケイリーは手ごわいライバルになっていただろう。

 教会には入れないものの、エリックとリリアンの晴れ姿を見に来てくれたのか、工房の面々の姿も少し遠くに見える。エリックの目線を受けて、拍手をしてくれたので、リリアンとともに頭を下げた。

 「自分の身にこんな幸福が降り注ぐなんて、思ってもみなかったわ……」

 自分は恋愛とは無縁だと思っていた。自分の幸せは、自分が服やドレスを作るお客様や家族の幸せを見守ることだとずっと思っていた。自分は仕事に捧げて、黒子のように陰から皆の幸せを支えるのだろうと思っていた。周りを幸せにすることで十分だと思っていたのに。

 なのに、今、自分自身がこんなに幸せを感じて、人前に立てるなんて。

 そして、これからも幸せな気持ちを更新してゆくのだろう、可愛くて愛しい妻とともに。賑やかな家族や友達とともに。

【sideエリック end】
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