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2 私が私の気持ちに気づくまでの日々

15 新しい道へ

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 「ほーんと、みんな現金なもんよね。こっちは散々迷惑被ったっていうのに、新しい男前が来たら、もう忘れてるのよ」
 朝礼が終わり、エリックとリリアンがこれまでの感謝を短く述べると店を後にした。今日は街をのんびり散策しようかと、手を繋いで歩く。

 「あのーエリック……」

 「なあに?」

 「ありがとう」

 「ふふっ、惚れ直した?」

 「うん、嬉しかった」
 今日の朝礼に顔を出すように言われていたけど、内容はリリアンも聞かされていなかった。驚いたけれど、毅然とした態度でリリアンをかばってくれて嬉しくて、小さく笑う。

 「でも、エリックがせっかく褒めてくれたけど、最近全然デザインのアイディア浮かばなくなっちゃって……」

 「あら、スランプ? 焦らないことよ。誰にでもあることよ。新しく立ち上げる店は小さい店だから、ちょっとずつリリアンとアタシが働きやすいように工夫していきましょう。なんかきっかけとかあったの?」

 「最近、いいアイディアが浮かばなかったんだけど、エリックが事務のあの女の子と食事に行ったの見かけてからはもう全然ダメで……」

 「ただ、延々と自分は優秀で店に貢献してるだのなんだのっていう話とリリアンの悪口を聞かされるだけだったんだけど。やだー、リリアン、嫉妬しちゃったの?」

 「かなぁ? うん。胸がチクチクした。嫌だった。あの子、私に雰囲気が似ているし、エリックが心変わりしたのかと思った。でも、エリックに告白して、つきあうってなったら、またぶわーっとイメージが湧いて来て……」

 「……」

 「エリックは何もないところから生み出してるって言ってくれたけど、私のデザインのインスピレーションの素って、エリックなのかも。なーんて」

 笑顔で告げるリリアンは、気づくとエリックに壁に囲いこまれていた。

 エリックはリリアンを蕩けるような熱い目で見ると、後頭部に手をかけて食べるかのように唇をつけてくる。甘噛みのような、蕩けるような口づけに、初心者のリリアンは、パニック状態になる。

 目を閉じることもできずに、呼吸もうまくできずに、ドンドンと目の前のエリックの胸を叩く。真っ赤になって、涙目になっているリリアンは、はっとした様子のエリックにやっと解放される。

 「ごめんなさい。我を失ったわ。リリアンが可愛すぎて……」

 「もー、手加減するって、ゆっくりするって言ったのにぃ……」

 「ふふふ、涙目のリリアンも可愛い」
 エリックは、全然反省する様子を見せずに、ご機嫌な顔をしている。

 『あの人絶対、肉食だと思う』と言っていたケイリーがリリアンの脳裏によぎる。肉食とは恋愛に積極的にいく人のことを現す言葉らしい。その時は、エリックがまさか、そんなと否定していたけど、案外当たっているのかもしれない。

◇◇

 その後は、店としては別になったものの、必要な事があればチェルシーとエリックは連携して、うまく仕事を進めていった。

 エリックが立ち上げた新しいお店は、オーダーメイドのこじんまりとしたお店でリリアンのデザインのファンも着実に増えて、順調に軌道に乗っていった。

 スキナー商会は、息子にリリアンが絡まれていた話を全て聞いたエリックの逆鱗に触れて、事業縮小に追い込まれた。ブラッドリーの二番目の兄であるレジナルドの力を借りて、エリックがなにやら画策したらしい。物腰が柔らかに見えるエリックだけど、レジナルドと同様、内面はなかなか激しいのかもしれない。でも、その事実を知っても怖いというよりは嬉しさが勝るリリアンは、もうどっぷりエリックに惚れ込んでいるのかもしれない。

◇◇

 「あれから、一年しか経っていないのですが……」
 つきあうと決めてから一年経った。エリックとリリアンは今日、結婚する。
 ゆっくりでいいと、いくらでも待つと言っていたエリックの猛攻にリリアンが陥落した形だ。

 「リリアン、今日も綺麗で可愛いわね。やっぱり可愛い系のドレスにして正解ね」
 式の前の控室。着着けの終わったリリアンの化粧をしながら、鏡越しに目が合う。花嫁より輝いている新郎を見つめる。白い礼装をぴしりと着こなし、相変わらず化粧をしなくても美しく整った顔をしている。

 化粧を終え、エリックがリリアンの衣装の最終チェックをしていると、プレスコット家の面々が雪崩れ込んできた。

 「あなたが私の娘になってくれてよかった。リリアン、あなたが私の元に来てくれたのは至上の喜びなのよ」
 母上は式が始まる前から号泣している。

 「ははうえ~。私も母上の娘になれて幸せです……」
 リリアンもナディーンとのこれまでの事を思い出して、もらい泣きしてしまう。

 「ハイハイ、二人とも化粧が崩れてるじゃない。ドレスが皺になるから、今は抱きしめないで母上! もー、母上ったら、大事な息子の結婚式でもあるっていうのに」

 「エリックの事ももちろん愛してるわよ」

 「ハイハイ、わかってるわよ。母上の愛を知らなかったら、リリアンに嫉妬して今頃ぐれてるわよ」
 エリックがそんな二人を引きはがして、テキパキと二人の化粧を直し、リリアンのドレスに寄った皺を直す。

 「結婚だけが幸せじゃないけど、いつまでも弟や妹をかまってないで自分の将来の事を考えなさいよ」
 リリアンを囲んで話して、いつまでも愛でている姉二人にエリックが苦言を呈す。

 「えっ、私もう結婚してるけど。契約結婚だけど。エリックと入れ替わりに入った事務の人よ」

 「私も結婚してるけど。別居婚だけど」

 「ええーー!! ん? リリアンは知ってたかんじなの?」

 「はい。お家にお相手の方とあいさつに来た時に会ってて……」

 「アタシだけが知らないとかそういうオチ?」

 「ごめんなさい、エリック……」

 「まったく。いいのよ、リリアン。どうせ姉さん達に口止めされてたんでしょう?」

 「今日はさすがに来てるから、後から紹介するわ」

 「私も。だから結婚してるけど、今まで通り私達もプレスコット家に住むからこれからもよろしくね!」

 「はぁ、リリアンとの仲を邪魔する気満々ね……しかも、契約とか別居とかどうなってんのよ……」

 父上に連れられて母上と姉さん達が出て行った控室で、式が始まる前からエリックはぐったりしている。

 「ふふっ、旦那様がメイクが上手な人でよかった」
 花が咲くように笑うリリアンに、エリックが近づくとリリアンを抱き寄せて、激しいキスをする。

 「ちょっと……エリック、さっき化粧が落ちるって言ったじゃない!」
 エリックの顔を引きはがして、腕の中で涙目で抗議する。
 エリックはもう一度、軽くキスをすると、リリアンを解放して、何度目かわからない化粧直しをする。

 「いいじゃない。何度でも直せるから大丈夫よ。さ、行きましょう」

 化粧が上手で、リリアンを公私ともに支えてくれるエリック。この先もきっと翻弄される事は違いないけど、そんな日々も楽しいに違いない。騒がしくも愛おしいプレスコット家の面々と。

 リリアンは、エリックと腕を組んで新しい道へと歩き出した。

【end】
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