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2 私が私の気持ちに気づくまでの日々

6 害虫駆除の開始

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 リリアンがエイダにぶたれそうになった翌日にエイダの両親がプレスコット家に呼び出された。

 プレスコット家の客間には人がひしめいていた。マーカス家とプレスコット家の家族が勢ぞろいしていた。せっかくマルティナやブラッドリーをはじめとしたマーカス家の人々が一堂に会しているのに、再会を喜ぶ雰囲気ではなく、重たい空気が支配していた。

 上座のソファには、プレスコット家の当主である父上と夫人であるナディーンが座り、その横のソファにはマーカス家の当主夫婦であるブラッドリーの父と母が座っている。

 対面のソファに、エイダの両親である男爵夫婦とエイダがふんぞり返って腰掛けている。現在の男爵夫人はブラッドリーの父親の従妹である前妻が亡くなった後に嫁入りした後妻だ。エイダとの血のつながりはない。

 今回の関係者、つまり今回エイダの被害を被ったマーカス三兄弟のフレドリック、レジナルド、ブラッドリー、マルティナとプレスコット四兄妹のカリスタ、チェルシー、エリック、リリアンも上座のソファの背後に、ダイニングの椅子などを持ち寄って好きな場所にばらばらと座っている。

 長男のフレドリックの妻のジョアンナや次男のレジナルドの妻のエミリーと子ども達は、客間の扉を開け放した隣の部屋で、話を聞きつつ待機している。表向きは子どもが大人の話の最中に騒がないようにということだが、実際は興奮したエイダや男爵に子ども達が害されないようにという配慮のようだ。その話をナディーンから聞いて、リリアンは今日の集まりでナディーンが本気を出すのだと知った。ナディーンは普段は人当たりがいいが、許せない人には容赦ない。

 現れたエイダの両親は、悪い意味で貴族ですと一目でわかるタイプだった。過剰に着飾って、宝飾品をジャラジャラつけて、ふんぞり返っている。話をしなくとも、エイダがこのように育つと納得してしまうような両親だ。

 「我々は忙しいのですが、わざわざ呼び出すとは、よほど重要な要件なのでしょうな。なんですか、うちのエイダを見初めたのはどちらの殿方ですか?」

 エイダの父親は舌なめずりするように、マーカス三兄弟やエリックに目線を這わす。リリアンはなんとなく祖国で幼い頃に会うたびに抱っこして、髪や手をベタベタ触ってきた実の母親の友達のおじさまを思い出した。ふいに、太い指で項をなでられた感触を思い出す。首筋がヒヤリとして、思わず手をやる。今日はツインテールにしてきたけど、髪を下ろしてくればよかった。

 「今日は宣告するために呼び出したのよ。こんな躾のなっていない小娘をマーカス家やプレスコット家の男達が見初めるっていうの? 本来なら、お宅の娘さんの不愉快な態度で精神的な苦痛を被った可愛い娘達の慰謝料を請求したいくらいだわ! それは一応、マーカス家の血縁ということで免除してあげるわ。ただ、今後、マーカス家もプレスコット家もお宅の男爵家と仕事でもプライベートでおつきあいすることはありません。さ、こちらの絶縁状に署名して、お帰り下さいな」

 ナディーンは一気に捲し立てると、一枚の紙をエイダの父親の前に滑らせた。

 「な、な、な、どういうことだ? エイダほど魅力的な娘はなかなかいないだろう? 多少、商売は上手くいっているかもしれないが、平民であるお前達の家に嫁がせてもいいと思っていたんだぞ? それを断るだと? 男爵家と縁を切るだと? そんなことをして、今後、商売がしていけると思っているのか!!」

 エイダの父親は紙を手に持ち、贅肉のたくさんついた体をぶるぶる奮わせて、顔を真っ赤にして叫ぶ。その容姿と怒りを露わにする姿に、リリアンはなぜか幼い頃に実の母親の友達のおじさまに抱きしめられた感触を思い出してしまい、吐き気がしてきた。真剣な話し合いの場なので、場の空気を乱さないよう静かに深呼吸をする。それでも、呼吸が早くなってしまうし、頭には実の母親の友達のおじさまとのことがぐるぐる巡って止まらない。

 そんなリリアンの異変に気づいてくれたのか、カリスタとチェルシーが自分の椅子をそっと動かし、リリアンの前に移動して座って壁を作り、エイダの父親がリリアンの視界に入らないようにしてくれた。

 「リリアン、大丈夫? 顔色が悪いわ。一旦、退室する?」
 エリックも椅子ごと、リリアンの隣に移動してきて、小声で訊ねてくれる。プレスコット家の姉弟の気づかいにリリアンは涙ぐんだ。気持ちが少し軽くなる。荒かった呼吸も落ち着いて来たので、首を横に振る。エイダとの決着をこの目で見届けたい。それに、エイダの父親が過去に嫌なことをしてきた実の母親の友達のおじさまに似ているからって逃げたくない。エリックの手がリリアンの手に重なる。

 「無理だと思ったら、言ってね。隣にいるから大丈夫よ」
 エリックの気づかいに、リリアンはうなずいた。

 「やっぱり、社会見学だとか、血縁だから親族として交流を深めたいというのは建前の理由だったんですね。どうせ、マーカス家の男をひっかけてこいとでも言ったんでしょう?」

 「そうだとしたらどうだと言うんだ? 別にマーカス家にとっても悪い話ではないだろう? 商売をしていくのに貴族と紐づいているのに得こそあれ、損などないだろう! それに、エイダは血筋の確かな最高級の女だぞ。どこぞの出自によくわからない女が妻であるよりよっぽど価値があるだろう?」

 エイダの父親は今度は、ブラッドリーにくっついているマルティナに侮蔑の目線を投げる。隣のブラッドリーから怒気が放たれるのがわかった。フレドリックやレジナルドは笑顔だが、怒りが溜まっているようだ。ナディーンに事前に、話が終わるまで口を挟まないようにと言われていなかったら、みんな黙ってはいなかっただろう。

 「あらぁ、男爵家とマーカス家やプレスコット家が繋がるメリットってなにかしら? 私達色々と商売しているけど、貴族と繋がらなくっても困らないくらいの伝手も実力もあるのよ。それが貧乏男爵家と繋がるデメリットこそあれ、メリットなんて、なーんにもないわ。だって、アナタ達、マーカス家やプレスコット家が経営している商会や店で、『血縁だから優遇しろ、融通しろ』とかいばりくさって、我儘言ったあげく、ツケ払いを繰り返しているでしょう? 返済期間をきっちり決めて、支払ってもらうから覚悟なさい。そして、今日、縁を切るから今後、そういったことはうちの関連の商会や店では通用しなくなるわよ」

 「「えっ?」」

 男爵だけでなく、夫人やエイダも商会や店でそういった行為をしていたのか、驚きの声があがる。

 「パパ、どういうこと? これから好きにお洋服やアクセサリー買えなくなるってこと? 今まで、『マーカスの血縁だから』って言えばなんでも手に入ったのに?」

 エイダやその両親はマーカス家やその親戚のプレスコット家にそんな横暴までしていたのかと、リリアンは驚いた。エイダだけではなく両親もコテンパンにしたいと言っていたナディーンの言葉の意味がようやく理解できた。

 「あと、十五歳にして、愛人志望の人なんて、マーカス家にもプレスコット家にも必要ありません。みんな、老若男女問わず、額に汗して働くことを良しとする人しかいりません」

 ナディーンの言葉に、こちらサイドの人はみな頷いている。

 「それにねぇ、あんたのとこの性根の腐った娘と比べたら、マーカス家のお嫁さんに来てくれた子も、うちの娘達も何倍も何百倍も可愛いし、心根も清いいい子達なんだから! バカにしないでちょうだい!!」

 今日一番のナディーンの怒鳴り声が響く。リリアンはようやく少しスッキリしたような気持ちになった。
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