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2 私が私の気持ちに気づくまでの日々

1 リリアン、十五歳。色々と考えるお年頃。

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 「いいなー、ケイリーは。ちゃんと自分の足で立っていて……」
 「そうかな? 確かに自分の好きなことを仕事にしてるけど、しがないやとわれ店員だよ」
 「仕事もすごいと思うけど、精神的に自立してるよね……」

 目の前で、テキパキと花の処理をして、すてきなアレンジメントに仕上げていく親友を前にリリアンが心で思っている言葉が思わず零れた。

 リリアンは十五歳になった。この国に来てもう四年が経つ。体は成長したけれど、心はちっとも成長していないような気がする。むしろ、エリックをはじめとするプレスコット家の面々に甘やかされて退化しているかもしれない。

 リリアンの数少ない友人の一人であるケイリーとの出会ったのは二年前だ。

 基本的には母上にくっつくいて色々な人の話を聞くきままな生活を送っていた。時折、チェルシーとエリックの店に顔を出して、お針子仕事を手伝っていた。その仕事の最中にリリアンは大きなミスをした。その時は急ぎのオーダーメイドドレスの注文が立て込んでいて、バタバタしていたがそんなのは言い訳にならない。チェルシーやエリックも他の従業員も誰もリリアンを責めなかった。そのことが余計、リリアンには辛かった。皆に平謝りして、チェルシーやエリックがリリアンのミスを挽回するために矢継ぎ早に指示を出し、リリアンは帰宅するように言われた。そのまま帰りたくなくて、街をぶらぶらしてたどりついたカフェのテラス席から、ぼーっと向かいにある花屋の店先の花を見つめていた。そうしていたら、ケイリーが小さな花束を差し出してくれたのだ。後から聞いたら、『すんごい可愛い子がしょぼくれた顔して、ずーっと店先の花を眺めてるから、ほおっておけなくて』と言われた。ケイリーが男の子だったら、恋に落ちていたかもしれない。

 年齢より幼く見えるリリアンと、クールで大人っぽいケイリーは外見も中身も正反対だけど、なぜか話が合って、それ以来仲良くしている。リリアンがお店の裏口から作業スペースにふらりと現れるのも店長公認だ。

 「仕事も定まらないし……」
 「まだ若いし、これからでしょ。色々試してみたらいいよ」
 ケイリーはクールな見た目に反して情熱的で行動力がある。お店で扱っていない種類の花の仕入れの提案をしたり、週末に花のアレンジメントを教える教室を開いたりしている。能力があるだけでなく試行錯誤しているケイリーを見ているからその言葉には説得力があった。

 でも、果たしてリリアンの仕事は上手くいくのだろうか?

 母上に付いて色々な話を聞いて、興味のあることをやってみるけど、やはり一番心が浮き立つのはデザインや針を持って服を作ることだ。デザインや服を作る仕事をする!と決めたのはいいが、なかなか上手くいかない。リリアンの能力が中途半端なのだ。

 チェルシーとエリックのお店は年々事業を拡大していって、幅広い年代の余所行きのドレスから普段着の服までを作っている。店を立ち上げた頃はオーダーメイド中心だったそうだが、最近はなるべく安くて良いものを多くの人に届けるという方向に舵をきっている。リリアンのデザインは万人受けするものではなく、その人の個性を生かすオーダーメイドのものを得意とするので、あまり需要がない。服を作る作業も好きだけど、細かい指示などを数字や文章で示したり、読むことができない。つまり、チェルシーやエリックのお店にいてもリリアンは役立たずなのだ。オーダーメイドの服を作る店もあるので、そういったお店で働いた方がいいのかもしれない。でも、数字や文字が苦手なリリアンを雇ってくれるお店なんてあるのだろうか?

 それでも、いつまでもプレスコット家に甘えているわけにもいかないし、自分から動いてみたほうがいいのかもしれない。

 「恋愛もできるかわからないし……」
 「恋愛なんて、してもいいし、しなくてもいいし。気づいたら勝手にはじまることもあるし」
 中性的でクールな装いのケイリーには、年上の恋人がいる。ケイリーの淡々としてるけど、肯定も否定もない言葉が気持ちいい。

 リリアンの実の姉のマルティナは三年前に結婚している。マルティナとその夫のブラッドリーを見るといつか自分も恋愛したいなと思う。二人がお互いを見る眼差しは祖国にいたころから変わっていない。むしろ、ブラッドリーの過保護は加速している気がする。マルティナには苦労した分幸せになってほしいと思ってる。でも、仕事も恋愛も上手くいっているマルティナをみるとほんのちょっぴり自分が嫌になる。マルティナに会うと甘えて愚痴ばかり言ってしまいそうで最近は足が遠のいていた。

 ケイリーはリリアンのとりとめのない話につきあいながらも、手元はテキパキと動かしていて、二つ目のアレンジも鮮やかに仕上がっていく。
 「まー、プレスコット家にいたら、そのへんの男なんて虫にしか見えないんじゃない?」
 「ううっ、それもあるし、なんか同世代の男の子も最近気持ち悪くて……」
 この国に来た頃からかまってくるスキナー商会の息子がリリアンは苦手だった。リリアンより三歳年上で、それなりに見た目は整っているが、押しが強くてなぜかリリアンを気に入っている。同世代の女の子たちは彼にきゃーきゃー言っているけど、リリアンにはその気持ちが一つもわからなかった。

 スキナー商会は服飾を中心に事業を展開している。エリックやチェルシーの商売敵だ。スキナー商会は、デザインやオリジナリティに重きを置いておらず、他の商会や店のデザインを真似して、安い素材や雑な縫製で量産して、大量に安く売ることでそれなりに売り上げを上げていた。プレスコット家の美学に反するが商売のやり方は人それぞれなので、文句をつけるつもりはないが、そのやり方も人柄もリリアンは苦手だった。

 最近では、スキナー商会の息子に限らず、同世代の男の子も舐めるようにリリアンを見てくる。その目線が気持ち悪い。幼少期の嫌な思い出から、中年の男性に嫌悪感を持っていたが、最近は同世代の男の子からの値踏みするような視線や絡みも苦手になっていた。たぶん、父上とエリック以外は男の人は無理な気がする。

 「リリアン、目の前のことを一個ずつだよ」
 出来上がったフラワーアレンジメントを手に爽やかに微笑むケイリーに、リリアンはこくりと頷いた。リリアンはまだなにもしていない。仕事も恋もどうなるかわからない。でも、目の前のことに一つずつ取り組んでいくしかない。
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