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1 私が私を見つけるまでの日々
12 母上と服の海
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そして、連れてこられたのは、リリアンにあてがわれた部屋にある衣裳部屋。そこには、一目見てリリアンにぴったりサイズであろう、大量の服。
「わぁーーーー」
「うふふ。エリックからリリアンちゃんのサイズや雰囲気を聞いて、勝手に用意しちゃった。ちょっと多すぎたかしらね? 好きなのを選んでちょうだい」
伯爵令嬢であった頃は、あの国の主流であるクラシカルでかっちりとしたドレスしか着られなかった。しかも、母の趣味でリリアンにあてがわれるのは、はっきりとしたピンクや水色や黄緑の、フリルやリボンの装飾が過剰についたものだった。
今、目の前にある服の海は、さまざまなデザインや色に溢れていて、見ているだけで、胸が高鳴り、ワクワクする。
どれもすてき。しかも自分の好きなものを選んでいいなんて!
異国に、違う環境に来たという不安も忘れて、目をキラキラさせて服を見て行く。その様を母上は急かすこともなく衣裳部屋に置いてある椅子にゆったり腰掛けて見守ってくれた。
リリアンは、白いワンピースを選んだ。胸の下で切替のあるデザインで、胸の下の切替部分から、ベールのような薄くて透ける素材が重ねてあって、そのベールには青色と黄色の水玉模様が散っている。
そのワンピースを着て、くるりとまわると、ベールがふわりと揺れて青と黄色が空中にゆらりと浮かぶ。
「とってもよく似合ってるわ。髪型はどうする? お姫様」
リリアンの部屋の鏡台の前にリリアンを座らせて、母上はやさしく髪を櫛で梳きながら、尋ねる。
リリアンは無意識に自分の項に手をやる。幼少期に母の友人である男爵に首筋を撫でられて以来、項を出す髪型が苦手になって、だいたいハーフアップにしていた。でもこのワンピースに似合うのは。
「母上、一つにまとめて、高い位置で結んでください」
リリアンのくるくるしている髪を上手く一つにまとめて、高い位置で結うと、ベールと同じ布をヘアバンドのようにくるりと巻いて項の上でリボン結びしてくれた。
「アクセサリーなんてなくても完璧ね、さ、行きましょう」
鏡越しにほほ笑む母上の微笑みを見て、気分が高揚する。
全身を映せる鏡で全身を見て、ふいにリリアンの中に決意が宿る。
マルティナ姉さまに会えないと決めつけるのはやめよう。マルティナ姉さまが会いに来れないというのなら、自分が会いに行こう。
自分がここに来られたのは、マルティナのおかげだ。ここに根付いて立派なデザイナーになって、会いに行こう。マルティナ姉さまとブラッドリー様の思いを無駄にはしない。
「あの、どこに行くのですか?」
リリアンと手をつないで、馬車に乗り込んだ母上に尋ねる。
「んー、お仕事みたいな? お友達に会いに行くみたいな?」
「私が付いて行って大丈夫ですか? 邪魔じゃないですか? お留守番できますよ」
「もー、子供がそんなに気をまわさないの。大丈夫大丈夫。仕事っていっても、色々な人とお話するだけだし、この国は子育てに寛容だから。あの子達も小さい頃はよく連れて行ったものよ」
その日は、天文学者、服飾関係の人、心理学の人の話を聞いた。
リリアンは、母上と同じテーブルで、会話をしている横で、スケッチブックとクレヨンを与えられて話を聞いたり、絵を描いたりした。時折聞こえてくる話はとてもおもしろかった。
話し相手の方もリリアンがいることを気にする様子はなかった。
てっきり、エリックについて一から服のデザインの勉強をするか、お針子からはじめると思っていたリリアンだったが、母上について色々な人の話を聞くのが日常となった。
はじめに聞いていた通り、夕食は出張やはずせない仕事がある時を別として、家族の皆が揃っていた。母上によくしてもらっているが、やはりエリックの顔を見るとほっとした。
夕食後には、時間のあるときはエリックや姉達と聞いた話をつらつら話したり、思いついたデザインについて意見をもらったりした。
「母上はねー仕事に関係なく人脈広いし、好奇心の塊で、聞き上手だから、ああして毎日色々な話を聞いているのよ。私達も子供の頃はよく連れられて行ったわ。今でも母上の話からインスピレーションをもらったりしているのよ」
エリックの語る母上の話になんとなく納得してしまう。
「私……本が読めなくて、字は読めるけど、文章を読んでいると、内容が頭に吸収される前に、空中でふわりとどこかに散っていってしまって。あの国で学園にも入学できないくらい勉強ができなくて。小さい頃から自分のこと、馬鹿だと思っていたんです。
でも、母上と一緒に色々な人のお話を聞いているとそれがイメージになってちゃんと頭に入って、頭の引き出しにきちんと入ってくれるから人にも話せるし、思い出せて。知識って本からしか得られないと思っていたけど、そうじゃないんだなって思って……」
「リリアンちゃんはバカなんかじゃないわ」
リリアン達の会話を聞きながら、ゆったりとお茶を飲んでいた母上からやさしく頭を撫でられて、ぽろりとなみだが零れる。
「あらー、エリックは保護者の地位を母上にとられちゃったわね」
「いいのよ。保護者なんてたくさんいればいるほどいいのよ」
「あっらーおっとなー」
エリックや姉達がわいわい騒いでいるのを聞いて、泣いているのに笑えてくる。
リリアンはこの家族に囲まれて、確実に自分自身が変わり始めてるのを感じた。自分は自分が思っているほどダメな存在ではないのかもしれない、そんな思いが芽生え始めていた。
「わぁーーーー」
「うふふ。エリックからリリアンちゃんのサイズや雰囲気を聞いて、勝手に用意しちゃった。ちょっと多すぎたかしらね? 好きなのを選んでちょうだい」
伯爵令嬢であった頃は、あの国の主流であるクラシカルでかっちりとしたドレスしか着られなかった。しかも、母の趣味でリリアンにあてがわれるのは、はっきりとしたピンクや水色や黄緑の、フリルやリボンの装飾が過剰についたものだった。
今、目の前にある服の海は、さまざまなデザインや色に溢れていて、見ているだけで、胸が高鳴り、ワクワクする。
どれもすてき。しかも自分の好きなものを選んでいいなんて!
異国に、違う環境に来たという不安も忘れて、目をキラキラさせて服を見て行く。その様を母上は急かすこともなく衣裳部屋に置いてある椅子にゆったり腰掛けて見守ってくれた。
リリアンは、白いワンピースを選んだ。胸の下で切替のあるデザインで、胸の下の切替部分から、ベールのような薄くて透ける素材が重ねてあって、そのベールには青色と黄色の水玉模様が散っている。
そのワンピースを着て、くるりとまわると、ベールがふわりと揺れて青と黄色が空中にゆらりと浮かぶ。
「とってもよく似合ってるわ。髪型はどうする? お姫様」
リリアンの部屋の鏡台の前にリリアンを座らせて、母上はやさしく髪を櫛で梳きながら、尋ねる。
リリアンは無意識に自分の項に手をやる。幼少期に母の友人である男爵に首筋を撫でられて以来、項を出す髪型が苦手になって、だいたいハーフアップにしていた。でもこのワンピースに似合うのは。
「母上、一つにまとめて、高い位置で結んでください」
リリアンのくるくるしている髪を上手く一つにまとめて、高い位置で結うと、ベールと同じ布をヘアバンドのようにくるりと巻いて項の上でリボン結びしてくれた。
「アクセサリーなんてなくても完璧ね、さ、行きましょう」
鏡越しにほほ笑む母上の微笑みを見て、気分が高揚する。
全身を映せる鏡で全身を見て、ふいにリリアンの中に決意が宿る。
マルティナ姉さまに会えないと決めつけるのはやめよう。マルティナ姉さまが会いに来れないというのなら、自分が会いに行こう。
自分がここに来られたのは、マルティナのおかげだ。ここに根付いて立派なデザイナーになって、会いに行こう。マルティナ姉さまとブラッドリー様の思いを無駄にはしない。
「あの、どこに行くのですか?」
リリアンと手をつないで、馬車に乗り込んだ母上に尋ねる。
「んー、お仕事みたいな? お友達に会いに行くみたいな?」
「私が付いて行って大丈夫ですか? 邪魔じゃないですか? お留守番できますよ」
「もー、子供がそんなに気をまわさないの。大丈夫大丈夫。仕事っていっても、色々な人とお話するだけだし、この国は子育てに寛容だから。あの子達も小さい頃はよく連れて行ったものよ」
その日は、天文学者、服飾関係の人、心理学の人の話を聞いた。
リリアンは、母上と同じテーブルで、会話をしている横で、スケッチブックとクレヨンを与えられて話を聞いたり、絵を描いたりした。時折聞こえてくる話はとてもおもしろかった。
話し相手の方もリリアンがいることを気にする様子はなかった。
てっきり、エリックについて一から服のデザインの勉強をするか、お針子からはじめると思っていたリリアンだったが、母上について色々な人の話を聞くのが日常となった。
はじめに聞いていた通り、夕食は出張やはずせない仕事がある時を別として、家族の皆が揃っていた。母上によくしてもらっているが、やはりエリックの顔を見るとほっとした。
夕食後には、時間のあるときはエリックや姉達と聞いた話をつらつら話したり、思いついたデザインについて意見をもらったりした。
「母上はねー仕事に関係なく人脈広いし、好奇心の塊で、聞き上手だから、ああして毎日色々な話を聞いているのよ。私達も子供の頃はよく連れられて行ったわ。今でも母上の話からインスピレーションをもらったりしているのよ」
エリックの語る母上の話になんとなく納得してしまう。
「私……本が読めなくて、字は読めるけど、文章を読んでいると、内容が頭に吸収される前に、空中でふわりとどこかに散っていってしまって。あの国で学園にも入学できないくらい勉強ができなくて。小さい頃から自分のこと、馬鹿だと思っていたんです。
でも、母上と一緒に色々な人のお話を聞いているとそれがイメージになってちゃんと頭に入って、頭の引き出しにきちんと入ってくれるから人にも話せるし、思い出せて。知識って本からしか得られないと思っていたけど、そうじゃないんだなって思って……」
「リリアンちゃんはバカなんかじゃないわ」
リリアン達の会話を聞きながら、ゆったりとお茶を飲んでいた母上からやさしく頭を撫でられて、ぽろりとなみだが零れる。
「あらー、エリックは保護者の地位を母上にとられちゃったわね」
「いいのよ。保護者なんてたくさんいればいるほどいいのよ」
「あっらーおっとなー」
エリックや姉達がわいわい騒いでいるのを聞いて、泣いているのに笑えてくる。
リリアンはこの家族に囲まれて、確実に自分自身が変わり始めてるのを感じた。自分は自分が思っているほどダメな存在ではないのかもしれない、そんな思いが芽生え始めていた。
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