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1 私が私を見つけるまでの日々
11 失ったものと新しい家族
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お母さまやあの家から解放されたら、自由になれると幸せになれると思っていたの。もう苦手な勉強をしなくてもいいし、好きなドレスを作って暮らせる。尊敬できて、優しくて面白いエリック様の家族になれる。
小さい頃にマルティナ姉さまに読んでもらった絵本のお姫様みたいに。不幸だったお姫様が王子様に救い出されて、幸せになったみたいに。
でも、家から出てはじめて知ったの。私はマルティナお姉さまを失ったことを。
私にとって、マルティナ姉さまは安心できる唯一の場所で、マルティナ姉さまがいるから、安心してエリック様とデザインに没頭できていたの。そんな当たり前のことに家を出てから気づいた。
でも、悲壮な表情でブラッドリー様からもらったクマのぬいぐるみを託すマルティナ姉さまの思いを無駄にはできない。だから、もうあの家に、マルティナ姉さまの元へ戻ることはできない。
ブラッドリー様の商会で、事の経緯をエリック様から説明され、マルティナ姉さまから託されたクマのぬいぐるみを見るブラッドリー様の絶望の表情を見て、もうマルティナ姉さまに会うことはできないんだと知った。
エリック様と隣国へと移動する道中の宿で、夜になると、ぎゅっとクマのぬいぐるみを抱きしめて泣きながら眠った。マルティナ姉さまをあの地獄のような伯爵家へ置いてきてしまった罪悪感と、あの優しいぬくもりと笑顔に会えないさみしさに涙が止まらない。
リリアンに合わせてゆっくりした道程で、二週間後にはエリック様の実家であるプレスコット家についた。
エリック様は平民だって言っていたけど、プレスコット家の屋敷は鮮やかな青い屋根に白い壁が映える、造りはシンプルだけど、スコールズ伯爵家と同じくらい大きな建物だった。
早朝にもかかわらずエリック様の両親が揃ってリリアンを迎えてくれた。
エリック様のお父様は、エリック様がそのまま年を重ねたような素敵なおじさまだった。エリック様のお母様は、きつめの美人で、どこかリリアンの母親の面影があって、リリアンに緊張が走る。リリアン手をそっと取ると、自分の座っていたソファに座らせる。そのまま、リリアンのぴったり隣に座る。
「あらー、さすがエリックが見初めただけあるわねー、かわいいわー」
リリアンのほっぺをぷにぷにと指先でつついている。予想外の反応になにも言えずに固まる。
「母上、手紙でも説明したけど、リリアンちゃんは人にベタベタされるのが苦手なの。気軽にベタベタ触らないでちょうだい。キープディスタンスよ。それに可愛いから養子にしてもらったわけでも、連れて来たわけでもないのよ」
「可愛さ上等じゃない。人は見た目が十五割っていうでしょ。ねー。リリアンちゃんは私がこうしてるの嫌なのかしら」
リリアンはふるふると首を横に振る。部屋に入ったときは、母親と同じようにきつそうな美人であるエリック様のお母様に委縮した。でも、その目はリリアンをじろじろと見定めるような目ではない。むしろ甘くてやさしい香りがして、マルティナ姉さまを彷彿とさせた。
そこへまたタイプの違う美女が二人乗り込んできた。
「エリックー、遅いじゃなーい。そりゃ色々吸収してから帰ってこいとは言ったけど、卒業してどれだけ経ったと思ってんのよ!」
「チェルシー姉さん、ごめんなさい。これには色々と事情があるのよ……。それに、ホラちゃんと目的のレース編みの工房と契約もしてきたし。サンプル見る?」
エリック様と同じく銀に煌めくストレートの髪を靡かせ、切れ長で綺麗な紫の瞳の下に隈のできた女性にエリック様が詰め寄られている。エリック様はまるで手品のように、リリアンの国の特産品であるレースを取り出して見せている。
「エリックゥーお帰りぃ! なんか私におみやげないの?」
「カリスタ姉さんには、金細工と銀細工が得意な工房との契約かしらね? まだ仮契約だし、物を見て考えてみて。すごく繊細な細工で、きっと姉さんのお眼鏡にかなうと思うわよ。宝石の加工の得意な工房と契約しているから、けっこうデザインに融通きくわよ」
「さっすが、エリック! サンプルとかあるんでしょ。見せて見せて」
同じく銀髪で、髪先だけ大きくクルンとカールさせて、紫の大きな瞳を瞬かせた女性がエリックにハグした。エリックはその抱擁からもがいて抜け出すと、アクセサリーケースを渡した。
「ほらほら、エリックの帰国が遅いから、仕事が山積みよ。キリキリ働きなさい。安心して。リリアンちゃんのお世話は私が責任を持ってするから」
相変わらずリリアンにぴったりくっついて座って、のほほんとエリック様のお母様が告げる。
「あら、可愛い。なになに、母上、どこで拾って来たの? モデルさん? 子供服のライン作ってもいいわね。ふーん。いいわね。またアイディアが湧いてきそうだわ」
エリック様しか目に入っていなかったのか、リリアンに気づくと、チェルシーがお母様の隣に座るリリアンの周りをくるくる回って観察する。
「ハイハイ、お前達、一旦落ち着いて座りなさい。こちら、我がプレスコット家の養子に入ったリリアンちゃんだ。よろしく」
賑やかなプレスコット家の面々に戸惑うリリアンを察して、エリック様のお父様はひとつ大きく手を打つと、リリアンを家族に紹介してくれた。
「リリアン・スコールズ……じゃなくて……」
「もうリリアン・プレスコットよ。手続きは終わっているわ」
リリアンがどう名乗っていいのか悩んでいると、エリック様が横から助けてくれる。
「今日からリリアン・プレスコットです。よろしくお願いします」
挨拶をして、ぺこりと頭を下げる。
「長女のカリスタでーす。よろしくね。アクセサリーを扱うお店を経営してるのよ。あら、可愛い。ふーん、子ども向けの髪飾りとかブローチとか似合いそうね……。うーん、宝石じゃなくて、イミテーションやガラス玉入れて値段抑えて子供向けのもの作る? わー滾るわぁ」
チェルシーの横からずいとリリアンの前に顔を突き出し、チェルシー同様、リリアンをまじまじと観察しはじめた。
「次女のチェルシーです。よろしくね。エリックとドレスメーカーを立ち上げているのよ。私の担当は主にデザインよ。エリックはデザインと仕入れと事務仕事と人の管理と……要するに全部の仕事をしてるの」
「チェルシー姉さんはデザイン特化型だからね」
個性的なエリック様が霞むくらい個性と才能あふれる家族のようだ。
「リリアンちゃん、騒がしい家族だけど、プレスコット家一同、リリアンちゃんを歓迎しているよ。ゆっくりこの国にもこの家族にも慣れていけばいい。では、私は仕事に行くね。また、夕食の時にね」
エリック様のお父様もリリアンの頭を一撫ですると退出していった。
「リリアンちゃん、アタシも仕事に行くけど、本当に母上と二人で大丈夫? もし、嫌ならアタシに付いて来ても大丈夫よ」
エリック様と、エリック様のお母様の顔を見比べて、リリアンは首を横に振った。
「大丈夫です。エリック様のお母様のお邪魔でないのなら、お母様と二人で大丈夫です」
チェルシーの顔の隈を見てしまったら、これ以上二人の仕事の邪魔はできない。それに、エリック様のお母様は信頼できる、なぜかそんな確信があった。
「えーと、あとそのエリック“様”っていうの、止めてもらっていい? 今まではリリアンちゃん、貴族令嬢だったから、いいかなって思ってたんだけど。なんだか背中がむず痒くなっちゃうのよね。もう、アタシ達家族だし、お兄さんってかんじでもないから呼び捨てでいいわよ」
「そうそう、私もお母様って柄でもないし、ナディーンって呼び捨てでいいわよ」
「えーと、エリック……と、やはり名前では呼びづらいので、エリックが呼んでいるように母上と呼んでいいですか?」
「ふふふ、なんでもOKよ。さ、そうと決まったら、エリックもさっさと行きなさい」
チェルシーとカリスタはほほ笑んで、三人のやり取りを見守ってくれていた。母上の言葉を合図に三姉弟は、あっという間にみな仕事に散っていく。
「そんな寂しそうな顔しなくても大丈夫。夕飯は一緒にとる掟があるから、よっぽどのことがない限り夕方にまた会えるわよ」
母上は、ぷにっとリリアンのほっぺをつつく。
「さー私達も行きますか。準備するわよー」
こうして、リリアンには賑やかで個性的な家族ができて、隣国での新しい生活がはじまったのだった。
小さい頃にマルティナ姉さまに読んでもらった絵本のお姫様みたいに。不幸だったお姫様が王子様に救い出されて、幸せになったみたいに。
でも、家から出てはじめて知ったの。私はマルティナお姉さまを失ったことを。
私にとって、マルティナ姉さまは安心できる唯一の場所で、マルティナ姉さまがいるから、安心してエリック様とデザインに没頭できていたの。そんな当たり前のことに家を出てから気づいた。
でも、悲壮な表情でブラッドリー様からもらったクマのぬいぐるみを託すマルティナ姉さまの思いを無駄にはできない。だから、もうあの家に、マルティナ姉さまの元へ戻ることはできない。
ブラッドリー様の商会で、事の経緯をエリック様から説明され、マルティナ姉さまから託されたクマのぬいぐるみを見るブラッドリー様の絶望の表情を見て、もうマルティナ姉さまに会うことはできないんだと知った。
エリック様と隣国へと移動する道中の宿で、夜になると、ぎゅっとクマのぬいぐるみを抱きしめて泣きながら眠った。マルティナ姉さまをあの地獄のような伯爵家へ置いてきてしまった罪悪感と、あの優しいぬくもりと笑顔に会えないさみしさに涙が止まらない。
リリアンに合わせてゆっくりした道程で、二週間後にはエリック様の実家であるプレスコット家についた。
エリック様は平民だって言っていたけど、プレスコット家の屋敷は鮮やかな青い屋根に白い壁が映える、造りはシンプルだけど、スコールズ伯爵家と同じくらい大きな建物だった。
早朝にもかかわらずエリック様の両親が揃ってリリアンを迎えてくれた。
エリック様のお父様は、エリック様がそのまま年を重ねたような素敵なおじさまだった。エリック様のお母様は、きつめの美人で、どこかリリアンの母親の面影があって、リリアンに緊張が走る。リリアン手をそっと取ると、自分の座っていたソファに座らせる。そのまま、リリアンのぴったり隣に座る。
「あらー、さすがエリックが見初めただけあるわねー、かわいいわー」
リリアンのほっぺをぷにぷにと指先でつついている。予想外の反応になにも言えずに固まる。
「母上、手紙でも説明したけど、リリアンちゃんは人にベタベタされるのが苦手なの。気軽にベタベタ触らないでちょうだい。キープディスタンスよ。それに可愛いから養子にしてもらったわけでも、連れて来たわけでもないのよ」
「可愛さ上等じゃない。人は見た目が十五割っていうでしょ。ねー。リリアンちゃんは私がこうしてるの嫌なのかしら」
リリアンはふるふると首を横に振る。部屋に入ったときは、母親と同じようにきつそうな美人であるエリック様のお母様に委縮した。でも、その目はリリアンをじろじろと見定めるような目ではない。むしろ甘くてやさしい香りがして、マルティナ姉さまを彷彿とさせた。
そこへまたタイプの違う美女が二人乗り込んできた。
「エリックー、遅いじゃなーい。そりゃ色々吸収してから帰ってこいとは言ったけど、卒業してどれだけ経ったと思ってんのよ!」
「チェルシー姉さん、ごめんなさい。これには色々と事情があるのよ……。それに、ホラちゃんと目的のレース編みの工房と契約もしてきたし。サンプル見る?」
エリック様と同じく銀に煌めくストレートの髪を靡かせ、切れ長で綺麗な紫の瞳の下に隈のできた女性にエリック様が詰め寄られている。エリック様はまるで手品のように、リリアンの国の特産品であるレースを取り出して見せている。
「エリックゥーお帰りぃ! なんか私におみやげないの?」
「カリスタ姉さんには、金細工と銀細工が得意な工房との契約かしらね? まだ仮契約だし、物を見て考えてみて。すごく繊細な細工で、きっと姉さんのお眼鏡にかなうと思うわよ。宝石の加工の得意な工房と契約しているから、けっこうデザインに融通きくわよ」
「さっすが、エリック! サンプルとかあるんでしょ。見せて見せて」
同じく銀髪で、髪先だけ大きくクルンとカールさせて、紫の大きな瞳を瞬かせた女性がエリックにハグした。エリックはその抱擁からもがいて抜け出すと、アクセサリーケースを渡した。
「ほらほら、エリックの帰国が遅いから、仕事が山積みよ。キリキリ働きなさい。安心して。リリアンちゃんのお世話は私が責任を持ってするから」
相変わらずリリアンにぴったりくっついて座って、のほほんとエリック様のお母様が告げる。
「あら、可愛い。なになに、母上、どこで拾って来たの? モデルさん? 子供服のライン作ってもいいわね。ふーん。いいわね。またアイディアが湧いてきそうだわ」
エリック様しか目に入っていなかったのか、リリアンに気づくと、チェルシーがお母様の隣に座るリリアンの周りをくるくる回って観察する。
「ハイハイ、お前達、一旦落ち着いて座りなさい。こちら、我がプレスコット家の養子に入ったリリアンちゃんだ。よろしく」
賑やかなプレスコット家の面々に戸惑うリリアンを察して、エリック様のお父様はひとつ大きく手を打つと、リリアンを家族に紹介してくれた。
「リリアン・スコールズ……じゃなくて……」
「もうリリアン・プレスコットよ。手続きは終わっているわ」
リリアンがどう名乗っていいのか悩んでいると、エリック様が横から助けてくれる。
「今日からリリアン・プレスコットです。よろしくお願いします」
挨拶をして、ぺこりと頭を下げる。
「長女のカリスタでーす。よろしくね。アクセサリーを扱うお店を経営してるのよ。あら、可愛い。ふーん、子ども向けの髪飾りとかブローチとか似合いそうね……。うーん、宝石じゃなくて、イミテーションやガラス玉入れて値段抑えて子供向けのもの作る? わー滾るわぁ」
チェルシーの横からずいとリリアンの前に顔を突き出し、チェルシー同様、リリアンをまじまじと観察しはじめた。
「次女のチェルシーです。よろしくね。エリックとドレスメーカーを立ち上げているのよ。私の担当は主にデザインよ。エリックはデザインと仕入れと事務仕事と人の管理と……要するに全部の仕事をしてるの」
「チェルシー姉さんはデザイン特化型だからね」
個性的なエリック様が霞むくらい個性と才能あふれる家族のようだ。
「リリアンちゃん、騒がしい家族だけど、プレスコット家一同、リリアンちゃんを歓迎しているよ。ゆっくりこの国にもこの家族にも慣れていけばいい。では、私は仕事に行くね。また、夕食の時にね」
エリック様のお父様もリリアンの頭を一撫ですると退出していった。
「リリアンちゃん、アタシも仕事に行くけど、本当に母上と二人で大丈夫? もし、嫌ならアタシに付いて来ても大丈夫よ」
エリック様と、エリック様のお母様の顔を見比べて、リリアンは首を横に振った。
「大丈夫です。エリック様のお母様のお邪魔でないのなら、お母様と二人で大丈夫です」
チェルシーの顔の隈を見てしまったら、これ以上二人の仕事の邪魔はできない。それに、エリック様のお母様は信頼できる、なぜかそんな確信があった。
「えーと、あとそのエリック“様”っていうの、止めてもらっていい? 今まではリリアンちゃん、貴族令嬢だったから、いいかなって思ってたんだけど。なんだか背中がむず痒くなっちゃうのよね。もう、アタシ達家族だし、お兄さんってかんじでもないから呼び捨てでいいわよ」
「そうそう、私もお母様って柄でもないし、ナディーンって呼び捨てでいいわよ」
「えーと、エリック……と、やはり名前では呼びづらいので、エリックが呼んでいるように母上と呼んでいいですか?」
「ふふふ、なんでもOKよ。さ、そうと決まったら、エリックもさっさと行きなさい」
チェルシーとカリスタはほほ笑んで、三人のやり取りを見守ってくれていた。母上の言葉を合図に三姉弟は、あっという間にみな仕事に散っていく。
「そんな寂しそうな顔しなくても大丈夫。夕飯は一緒にとる掟があるから、よっぽどのことがない限り夕方にまた会えるわよ」
母上は、ぷにっとリリアンのほっぺをつつく。
「さー私達も行きますか。準備するわよー」
こうして、リリアンには賑やかで個性的な家族ができて、隣国での新しい生活がはじまったのだった。
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