上 下
8 / 33
1 私が私を見つけるまでの日々

8 浮き立つような日常の終わり

しおりを挟む
 そうか! 自分から会いにいけばいいのか!

 それから、お母さまやアイリーン姉さまの目を盗んで、ブラッドリー様の商会に通った。家令や馬車を出してくれる御者や付き添ってくれる侍従から、お母さまに話が漏れていることはないようで、ほっとした。それからもせっせとエリック様のいる商会へと通った。

 エリック様は自分がいつも商会にいるわけではないからと、自分の予定をまとめた紙をくれた。リリアンはそれを家令に渡して予定を調整してもらった。家令は相変わらず表情は変わらない。マルティナ姉様のドレスを直した時も、憔悴したマルティナ姉さまにブラッドリー様が会いにきた時も、お母さまやお父さまに告げ口することはなかった。リリアンがお母さまにぶたれたりしている時にかばったりしてくれるわけではないので、リリアンの味方ではないのかもしれないが、お母さまの味方でもないようだ。ただ、お願いをすると可能な限り聞いてくれる。それにリリアンは甘えることにした。

 エリック様のお仕事について話を聞くだけでは、よくわからなかったけど、ブラッドリー様の商会でエリック様にデザイン画を見せてもらったり、ドレスを作る工程を見学させてもらって、はじめて見る世界に胸がわくわくした。

 これだ!ってお腹の底から思ったの。

 私もドレスや服のデザインがしたい! エリック様のようにそれを仕事にして生きていたいって思ったの。

 昔から、ドレスや服の色の組み合わせとかを考えるのが好きだった。文字や数字より色や形の方に興味があった。エリック様に会って、仕事風景を見せてもらって、エリック様がスケッチブックやペンをプレゼントしてくれてから、自分の中からどんどんどんどん、アイディアが浮かんできて、ひたすらに描き続けた。

 描きためたデザインともいえない、拙い絵をエリック様は褒めてくれて、よくできたものをお人形さんサイズで再現して作ってプレゼントしてくれたりした。

 リリアンがデザインに夢中になっている間に、マルティナ姉さまは一人、勉強に生徒会にと学園でがんばっていたようだ。

◇◇

 「リリアン、あなた学園の入学試験だめだったわ。学園に通えないくらい程度が低いみたいよ。わかる? 貴族ならみんな通う学園にあなた通えないのよ!」
 入学試験を受けた結果、学園から入学を断られた。そのことを久々に話しかけられたお母さまから金切声で伝えられる。なんとなく、ずっとブラッドリー様の商会でエリック様にデザインのことを教わる日々が続くと思っていたから、目の前が真っ暗になった。

 貴族が通う学園に通えなかったら、リリアンはどうなるのだろう?

 「あなたって子は、そこまで出来が悪かったの! 貴族の通う学園に通えないなんて、そんな話聞いたことないわ! これがどんなに恥ずかしい事かわかる! あなたの頭は空っぽなの? リリアン!!」
 お母さまはすごい形相でリリアンに詰め寄って、リリアンの肩を両手でつかんで揺さぶる。その力があまりに強くて、リリアンは呼吸ができなくなった。

 「せっかくアイリーン並みに可愛い顔に育てたのに……。この出来損ないが! 伯爵家の恥だわ! こんなことだと婚約も難しいわね……」
 肩から顔に両手を移動させたお母さまはすごい力でリリアンの顔をつかんでくる。

 「痛い……痛いです、お母さま……」
 「うるさいっ! 口答えするな!」
 突然解放されたかと思ったら、頬に平手打ちが飛んでくる。そうだった。お母さまに怒られるときは言葉を発してはいけないんだった。久々のことに忘れていた。

 「……こうなったら、周りにバレる前にリリアンを家から出すしかないわね……」
 荒い呼吸を繰り返しながら、お母さまの手の中で綺麗な扇がギリギリと引き絞られ変形していくのを見ていた。

 嫌な予感がする……お母さまの暗い表情を見て、リリアンも憂鬱な気持ちになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

【本編完結】私たち2人で幸せになりますので、どうかお気になさらずお幸せに。

綺咲 潔
恋愛
10歳で政略結婚させられたレオニーは、2歳年上の夫であるカシアスを愛していた。 しかし、結婚して7年後のある日、カシアスがレオニーの元に自身の子どもを妊娠しているという令嬢を連れてきたことによって、彼への愛情と恋心は木っ端みじんに砕け散る。 皮肉にも、それは結婚時に決められた初夜の前日。 レオニーはすぐに離婚を決心し、父から離婚承認を得るため実家に戻った。 だが、父親は離婚に反対して離婚承認のサインをしてくれない。すると、日が経つにつれ最初は味方だった母や兄まで反対派に。 いよいよ困ったと追い詰められるレオニー。そんな時、彼女の元にある1通の手紙が届く。 その手紙の主は、なんとカシアスの不倫相手の婚約者。氷の公爵の通り名を持つ、シャルリー・クローディアだった。 果たして、彼がレオニーに手紙を送った目的とは……?

この朝に辿り着く

豆狸
恋愛
「あはははは」 「どうしたんだい?」 いきなり笑い出した私に、殿下は戸惑っているようです。 だけど笑うしかありません。 だって私はわかったのです。わかってしまったのです。 「……これは夢なのですね」 「な、なにを言ってるんだい、カロリーヌ」 「殿下が私を愛しているなどとおっしゃるはずがありません」 なろう様でも公開中です。 ※1/11タイトルから『。』を外しました。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

国王の情婦

豆狸
恋愛
この王国の王太子の婚約者は、国王の情婦と呼ばれている。

もう彼女の夢は見ない。

豆狸
恋愛
私が彼女のように眠りに就くことはないでしょう。 彼女の夢を見ることも、もうないのです。

愛は見えないものだから

豆狸
恋愛
愛は見えないものです。本当のことはだれにもわかりません。 わかりませんが……私が殿下に愛されていないのは確かだと思うのです。

その瞳は囚われて

豆狸
恋愛
やめて。 あの子を見ないで、私を見て! そう叫びたいけれど、言えなかった。気づかなかった振りをすれば、ローレン様はこのまま私と結婚してくださるのだもの。

処理中です...