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1 私が私を見つけるまでの日々

2 私は愛玩動物

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 その日は、ピンクのフリルのたくさんついたドレスを着せられた。確かに似合っているけど、リリアンが今日、着たいのはタンポポみたいにふわふわにスカートが何重にもなっているドレスだった。それに、このドレスを着せられて連れて行かれるのは、リリアンの一番苦手なおじさまの家だ。

 「行きたくない……」
 リリアンの髪の毛をやさしく梳いてくれているマルティナ姉さまと鏡越しに目があう。
 「そっかぁ。リリアンは黄色のタンポポのドレスが着たかったんだよね。それなら、髪型はリリアンのしたい髪型にしよう!」
 「……なら、うさぎさんの髪型がいいな……黄色の髪飾りがいいな……」
 「任せて! うんと可愛くしてあげる」
 マルティナ姉さまのおかげで、沈んでいた気持ちが少し上がる。リリアンのリクエスト通り高い位置のツインテールで、ピンクのドレスにも合う黄色の花の形をした髪飾りがついている。

 「可愛い! マルティナねーさま、ありがとう。マルティナ姉さまも一緒に行けたらいいのに……」
 なぜかお母様はアイリーン姉さまやリリアンはよそのお家やお茶会へ連れていくけど、マルティナ姉さまはいつも留守番だ。そして、その話をするとマルティナ姉さまの顔が曇る。
 「私はいいのよ。今日も楽しんできてね」
 マルティナ姉さまの笑顔に送り出されて、気乗りしないお茶会へと出発した。

 「今日もリリアンちゃんは可愛いねぇ」
 もう六歳になるから、膝の上に乗せるのは止めてほしい。でも、お母さまは相変わらず、対面の席で座ってにこにこしているから、そんな事は言えない。
 おじさまはたくさんお肉がついていて、お腹もぷよぷよしていて、最近は背中にあたるそのぷよぷよした贅肉の感触も気持ち悪い。

 お母さまとおじさまは上機嫌で話しながら、おじさまの手は止まらない。
 髪の毛をベタベタと触られ、手を握られ、頭を撫でられる。おじさまの太い手の指の感触が気持ち悪い。
 いつもおじさまはリリアンの好きなジュースやお菓子を用意してくれているけど、その味は全然わからない。
 
 お母さまが席を外した。おじさまはまだ、リリアンを解放してくれない。
 「ああ、リリアンちゃんは本当に可愛いねぇ。食べちゃいたいくらいだ」
 そう言うと、リリアンの項を指でぞろりとなぞった。
 反射的になぞられたところを手で押さえて、おじさまを睨む。
 「はは、本当にうさぎみたいだね」
 蛇のような目で見られて、背筋に悪寒が走る。膝から下りようともがくけど、腕でがっちり抱きしめられていて下りられない。そこへお母さまが戻ってきた。

 「ねぇ、お宅は三人、娘がいるんだろう? リリアンちゃんをうちの養子にもらえないかい? ほら、お金はいくらあっても困らないだろう?」
 「あらぁ、光栄なお話ですこと。リリアンだって、伯爵家より、立派な男爵様の子どもになったほうが幸せかもしれませんけど……ここだけの話、うちの次女はちょっと難しいところがありましてね、長女のアイリーンが優秀で、立派な婚約者もいるんですけど、リリアンもスペアとして手放せないんですの。ごめんなさいね」
 「そうですか……残念だ。まぁ、また遊びに来てくださいよ。リリアンちゃんもね」
 おじさまは、がっしりとリリアンを抱っこしたまま、頭を撫でている。
 気持ち悪い。リリアンにベタベタしてくるおじさまも、それを許すお母さまも。

 どうやって帰ってきたかもわからないけど、気づいたら自分の部屋にいて、ほっとして力が抜ける。
 髪飾りを乱暴に髪からむしり取って、投げ捨てる。
 「リリアンお嬢様!」
 侍女がリリアンを眇めるように呼ぶのに苛立って、自分のドレスの飾りやフリルをむしり取る。このドレスがあるから! このドレスがあると、またあのおじさまのお屋敷に連れて行かれる! このドレスさえなければ!

 今日の言葉に表せない気持ち悪さとか心の痛みとか憤りを全部、ドレスをむしることにぶつける。

 「リリアン? ……どうしたの? リリアン?」
 侍女が手に負えなくなると呼ばれるマルティナ姉さまが呆然と立っていた。その優しい声に、たまらなくなってリリアンは大声で泣く。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。嫌だ嫌だ嫌だ。
 声に出せない思いを全部、涙に乗せた。

 そういう時にマルティナ姉さまは優しく抱きしめて、リリアンが気の済むまで泣かせてくれる。マルティナ姉さまは石鹸の香りがして、温かくて、唯一抱きしめられてほっとする人だ。

 「もう、うさぎさんの髪型しない」
 「そう」
 「このピンクのドレス、もう着ない」
 「そう」

 マルティナ姉さまには、お母さまが話したり、余分なことすると腕を抓ることも、たまにぶつことも、よそのお家のおじさまやおばさまに撫でられたり、抱っこされたりすることも、言えなかった。

 昼間の出来事を思い出して、思わず首筋を押さえる。
 気持ち悪い。自分が汚れてしまった気がする。今でも指でなぞられた感触が残っている気がする。そんなこと言ったらマルティナ姉さまにリリアンも気持ち悪いって思われちゃうかもしれない。

 「マルティナ姉さまはリリアンのこと好き?」
 「ふふ、どうしたの、リリアン、大好きよ」
 優しくて清らかなマルティナ姉さま。どうかリリアンが汚れていることがバレませんように。リリアンのこと、気持ち悪いって思いませんように。

 「今日は一緒に眠ってほしいの」
 「わかったわ。夕食の後、アイリーン姉さまの用事が済んだら、リリアンのお部屋で一緒に眠りましょう」
 
◇◇

 約束通りマルティナはリリアンのベッドに来てくれた。マルティナ姉さまに添い寝してもらって、やっとリリアンは息がつける。
 この腕の中にいたら、安心できるの。ああ、お母さまじゃなくてマルティナ姉さまがお母さまだったら、よかったのに。

 リリアンだって、マルティナ姉さまが大変なのも、みんなに悪口を言われているのも知っている。
 アイリーン姉さまの勉強のお手伝いをして、お母様に呼び出されて難しい話をされて、そうやって、みんなマルティナ姉さまを頼りにしているのに『地味だ』『愚図だ』『役立たずだ』なんて悪口を言う。

 アイリーン姉さまのお誕生日会で、同じ年頃の女の子達が『次女はちょっと、三姉妹の中でハズレね』って噂しているのも聞いたことがある。

 みんな何にもわかってない。
 スコールズ伯爵家で本当にハズレな存在なのはリリアンだ。

 だって、そうでしょう、愛玩動物ペットって人間より下の存在でしょ?
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