【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青

文字の大きさ
上 下
33 / 40
4 三姉妹のハズレだった私の再生

4 海辺での散歩 

しおりを挟む
 足をさらう波が心地いい。

 鮮やかな青空がどこまでも広がり、もくもくとした白い雲が浮かんでいる。背の高い木が海からの風に揺れている。照り付ける太陽だって、気持ちいい。

 自分がこんなに自由や心地よさを感じる日が来るなんて思ってもいなかった。今まで、あまりにも自分の世界が狭かったと、視野も狭かったと改めて思う。

 こんなに色々な人がいて、色々な世界があるなんて。あの国であの家であの家族の中にいる時には想像もできなかった。国が変わるとこんなに変わるのかと思う。人々は陽気で開放的で。時間もゆったりと流れている気がする。

 浜辺に立って、引いては寄せてくる波が足を洗う感覚が心地いい。
 寄せては返す波の音を聞きながら、マルティナは満足感に包まれていた。

 私は空っぽだった。でも、自由になった。
 そして、この国に来て半年以上経った。空っぽだった自分が少しずつ埋まってきた。楽しい物や好きな物で。

 はじめは、自分が何を好きなのかすらよく分からなかったのに。
 
 海をぼんやり眺めるのも好きだし、こうして足だけ海に浸して、波の感覚を味わうのも好き。

 好きな色は、昔と変わらず黒。空や海の青色も好き。この国でよく見かける花の鮮やかな赤も好き。服なら柔らかい可愛い色よりも暗めの原色が好き。

 食べ物の好みは相変わらずシンプルで素材を生かした物が好き。でも、スパイスが大嫌いだったのに、この国に来て南国ならではの香辛料が効いた料理や飲み物が少し好きになった。あと、果物が好きになった。この国の果物はカラフルでジューシーで甘かったり酸っぱかったりする。

 花は薔薇や百合などの香りや存在感が強い物は相変わらず苦手で、かわいいものが好き。この国に咲いている花はどれも好き。

 好きな男の人のタイプは獅子みたいに大きくて存在感があって、自分に自信があって、時に押しが強くて、すごく優しく寄り添ってくれる人。できれば黒髪で黒目で褐色の肌をしていて彫りが深くて凛々しくて……

 視線に気づいてブラッドリーがマルティナに身を寄せる。
 「ん?」
 「なんかもったいない事してたなぁって……」
 「なにが?」
 「だって、この国に来て、海がこんなに近くにあるのに、最近まで遠くから眺めているだけで、浜辺まで来ることも、海に入ることもしなかったなんて勿体ないじゃない?」
 「んーーでも、必要な時間だったんじゃないかな? マルティナにとって」
 「そうかな?」
 「うん。なんでも、タイミングってあるんだよ、きっと。それにこれからいつでも来れるから、いいんじゃない?」
 「そっかぁ……」
 「いつでもお供するよ」
 
 あまりクヨクヨと過去の事を考える事はなくなったが、最近、後悔していることがある。
 半年前、せっかくブラッドリーが迎えに来てくれたのに、喜ぶでもなくぼんやりとして連れられてきてしまって、その後も自分の事に必死で、碌にブラッドリーにお礼も言えていない。

 今日だって、浜辺を歩きたいなとつぶやいたマルティナの言を覚えていたブラッドリーが、休日にマルティナを海に連れ出してくれた。

 「ブラッドリー、いつもありがとう」
 マルティナを満たす気持ちがそのまま溢れるように、自然と感謝の言葉が零れた。
 「この国に連れてきてくれて、いつも隣にいてくれて、私に新しい居場所をくれてありがとう」
 「うん。ふふ、うん」
 「どうしたの?」
 「マルティナが元気になって笑ってくれるようになってよかったなって思って」
 ブラッドリーの柔らかい笑みを見て、マルティナの胸が跳ねる。
 マルティナの中で、早くブラッドリーに釣り合う自分になって、ブラッドリーに気持ちを告げたいと焦る気持ちと、このままぬるま湯のように温かい関係でいたいとのんびりする気持ちと両方が共存していた。

◇◇
 
 「ねーエミリーは、今はレジナルドさんと婚約してるけど、ずっと好きだったの? ブラッドリーとかお兄さんのフレドリックさんとか気になったりしたことはないの?」
 マルティナは仕事の休憩中に、エミリーに気になっていたことを聞いてみた。

 「えーフレドリック兄さんは、兄さんて感じだし、ブラッドリーなんて、全然タイプじゃないわ。粘着で強引で自信過剰で。自分と似てて同族嫌悪っていうの? 異性として見れないわ。その点、レジナルドは最高の恋人なのよ。もう幼い頃からずっと好きなの。

 マルティナは自己評価低いし、奥ゆかしいから、ブラッドリーがちょうどいいのかもね。でも、今のマルティナなら選び放題じゃない。この国ならモテるわよー、マルティナ。ゆっくり選べばいいのよ。ブラッドリーだけが男じゃないわよ」

 「えっ、あんなに格好いいのに?」

 「えーなんかゴツくない? 野生動物みが強すぎて、私は苦手かなー。そっかーマルティナはブラッドリーの外見も好きなのね……。まー昔からそこそこモテてはいたけど……」

 「……だよね。もてるよね」

 「……マルティナ、確認がてら聞くけど、二人つきあってるのよね?」

 「えっ?」

 「えぇーーーっ!! もしかして、まだ、つきあってないの?」

 「うん。この国に来る前は、身分差があったし、この国に連れてきてもらう時も、私なんか抜け殻みたいになっていて、そのまま。

 ねーエミリー、どうなったら自立してるって言えるのかな? この国に連れてきてもらった時の私があまりに情けなさすぎて。ちゃんとブラッドリーに釣り合えるようになったら、告白しようと思ってたんだけど……仕事は軌道に乗ったから、そろそろマーカス家を出て、一人で暮らすべきかな?」

 「わー真面目。そして、ブラッドリーは慎重になりすぎて、様子見しすぎて、機会を逃しちゃってるのね……うーん、ならさーマルティナ、私と一緒に部屋を借りて暮らそうよ!」

 「えっ、いいの? それはすごく心強いんだけど、レジナルドさんとそろそろ結婚するんじゃないの?」

 「んーレジナルドのことは大好きなんだけど、今、仕事も面白いし、このまま事実婚状態でもいっかな?って思ったりもするんだよねー」

 「お母さんに時期とか場所とか、まずは相談してみるね。エミリーに相談してよかった。ありがとう」
 なんとなくブラッドリーに告白するための道筋が見えてきて、マルティナの表情も明るくなる。

 仕事が終わった後に、過保護に店舗まで迎えに来たブラッドリーに付き添われてマルティナが帰った店内でエミリーがつぶやきがこぼれた。

 「ふふふ、きっと実現しないでしょうねー。アイツがマルティナが家を出ていくのを許可するわけないじゃーん。背中押したんだから、がんばりなさいよ、ブラッドリー」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。驚くべき姿で。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 ※世界観は非常×2にゆるいです。   文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

振られたから諦めるつもりだったのに…

しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。 自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。 その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。 一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…   婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。

処理中です...