【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青

文字の大きさ
上 下
31 / 40
4 三姉妹のハズレだった私の再生

2 軽くなっていく心

しおりを挟む
 マーカス家に来て、一番驚いたのは、食事かもしれない。朝食と昼食は各々のタイミングで摂るが、夕食はよほどの用事がない限り、全員揃って食べる。

 一番大きな部屋に丸くて低いテーブルが置かれている。床には大きなラグが敷かれていて、椅子はなく、履物を脱いでラグにあがり、ラグに座って食べる。大人数で、日によって人の数が変動するので、椅子がないほうが効率的なのかもしれない。

 スープ以外のものは、基本的に大皿に盛られていて、各自食べたいものを自分の皿に取って食べている。今日のメニューはスパイシーなトマトのスープと魚のフライ、サラダとパンだ。伯爵家の時と違って品数は少ないが、一つ一つのメニューについて、皿に盛られている量が多いので、食卓は賑やかだ。

 いつも広い部屋の四角いテーブルで、ひりつくような空気の中でコース料理を食べていたマルティナにはすべてが反対で作法がわからなくて戸惑ったけど、慣れると気楽で楽しい時間となった。

 「ほら、マルティナぼーっとしてると食いそこねるぞ。魚のフライは絶品だからな。争奪戦だ。ほら、ちゃんと取っとかないと」
 右からイーサンがマルティナの取り皿に魚のフライを二つ乗せてくれる。
 「マルティナ、香辛料苦手だろ。今日のスープ食べられそう?」
 左からブラッドリーが尋ねる。

 「イーサン、ありがとう。ありがたくいただくね。ブラッドリーこのスープ前にも食べたし、食べられるよ。香辛料苦手なんだけど、この国の料理はけっこう大丈夫なの」
 左右から世話を焼かれて、まるでブラッドリーが二人いるみたいだ。みんながわいわいと雑談をする中で食べる。厳格なマナーもルールもない。そんな食卓だけど、食事がおいしいと思う。

 食べなれない異国の料理だけど、この雰囲気のおかげなのか、この国の料理がマルティナの舌にあうのか、食が進むようになった。

 
 この国に来て、マルティナは自分がこれまで当たり前だと思っていた事が次々に塗り替えられていくのを感じた。
 だって、家族と一緒に食べる食事がこんなにおいしいだなんて知らなかった。一緒に食べる人や雰囲気が違うだけで、食事がこんなに味わい深くなるなんて知らなかった。


◇◇

 マルティナは食事だけではなくて、自分の考え方や行動もかなり偏りがあることも日々、実感している。
 

 「もーどんくさいな、マルティナは! それはいいから、こっち持てよ。なー無理するなよ。人にはできることとできないことあるんだから。無理ならちゃんと無理って言えよ。言わなきゃわかんないだろ」

 「そうね。ありがとう、イーサン。これからはよく考えてからやるようにするわ」
 なんとなく大人に言われたら、咎められた気になるような内容でも、年下のイーサンに言われると素直に聞き入れることができた。

 「まぁ、素直な所はマルティナのいいところかもな」
 照れたときに、顔色は変わらないけど、耳のあたりが赤く染まるのもブラッドリーと同じだ。
 
 マルティナはイーサンと一緒に作業していて、自分が自分のできる範囲を越えて仕事を抱えてしまう癖があることを知った。そして、できない事はできないと言っていいということを、人を頼っていいことを知った。
 
 「マルティナ、大丈夫? きりがよかったら休憩しない?」
 マルティナが倒れてベッドにいる間はつきっきりだったブラッドリーも、マルティナが普通の生活を送るようになると、フレドリックに耳を引っ張られて引きずられるように仕事に連れて行かれていた。祖国にいる時は大人っぽくて、余裕があって、自信に溢れているように見えたブラッドリーの色々な面が垣間見えるようになった。

 仕事で忙しそうにしているけど、その合間合間にまめにマルティナの様子を見に来てくれる。

 「ブラッドリー、仕事はいいのかよ? また、父さんに怒られるぞ。マルティナは自分で頑張るって決めてやってるんだから、いちいち邪魔するなよ。甘やかしてばっかじゃよくないって父さんも言ってたぞ」

 「いいんだよ。マルティナはまだ体調も完全じゃないし、目を離すとすぐ無理するから。ほら、イーサンに任せて行こう」
 苦言を呈す甥っ子と説教をされるブラッドリーは完全に立場が逆転している。マルティナからくすくすと笑いが零れる。マーカス家の家族はブラッドリーの母を筆頭にみんなマルティナに優しい。それでも、変わらずにブラッドリーが気にかけてくれることが嬉しかった。

◇◇

 家のことを切り盛りするブラッドリーの母をイーサンやお手伝いさん達と共にしばらく手伝っていたけど、不器用なりに料理や掃除、洗濯などを一通りこなせるようになると、仕事をしたいとブラッドリーに頼んだ。

 渋い顔をするブラッドリーを説得して、ブラッドリーが居る時だけという条件つきで、商会で事務や雑事を手伝うようになった。そちらの仕事は、家事よりは比較的すぐに馴染んで、スムーズにできるようになった。

 家事にしろ、仕事にしろ、ある程度の時間が来ると休憩をしたり切り上げるようにブラッドリーの母やブラッドリーから声がかかる。

 ただ、マルティナは今まで休憩をとる習慣がなかったので何をしたらいいのかわからない。
 好きなことをするといいと言われたので、開放的な造りの家や商会の建物の至るところに置いてあるベンチに座って、ぼーっと窓の外の景色を見て過ごした。
 
 この国は南国らしくいつも太陽が照り付けているけど、建物の中にいるとカラッとしていて、海風が通り意外と涼しい。大きく開いた窓から見える空の青も濃く、植物の緑も瑞々しい。場所にもよるけど、南国ならではの鮮やかな花が見えたり、マーカス家からは海が見えたりと、まるで絵画のような風景はいつまで見ていても見飽きることがない。

 「お疲れさま。マルティナ、体調は大丈夫? 気分転換にどこか出掛けたい時は言ってね」

 「うん、大丈夫。今は出かける気力がなくて。それにこうして見ているだけでも十分楽しいの」

 ブラッドリーが持ってきてくれた冷えた果物のジュースで喉を潤す。
 ブラッドリーは少し距離を置いて、座って、マルティナが話したいときは、マルティナがぽつぽつ話すのを聞いてくれて、黙っている時は、何も言わず、隣にいてくれた。

 マルティナは、静かにブラッドリーとこの国の景色を見る時間に自分が癒されていくのを感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

21時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。驚くべき姿で。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 ※世界観は非常×2にゆるいです。   文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

処理中です...