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3 最愛の人や家族との別離
2 妹の進路問題
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姉の結婚式から、しばらく経った。穏やかだが、どこか気の抜けたような日々を送っていた。卒業後の進路について、本腰を入れて考えなければいけないが、今はなにも考えたくなかった。
そして、マルティナには自分の進路より考えなければならない問題が発生した。
「ねーさま、どうしよう、リリアン、たぶん学園へ行けない……」
自分のことに手一杯で、ずっとリリアンのことを放置していた。リリアンはリリアンで、『クマのぬいぐるみの腕が千切られた事件』でブラッドリーの商会に突撃して以来、母の目を盗んで商会へ入り浸っていたらしい。
「どういうこと? この間、入学試験を受けたはずじゃなかった?」
この国の貴族や優秀な平民の通う学園には一応、入学試験がある。ただ、貴族にとっては形式的なものであり、余程のことがなければ入学を断られることはない。
「入学試験、全然わからなくて……たぶん、全然だめだったと思うの。お母さまに学園に入学できないって言われたの。もし、お母さまがなんとかしてくれて、入学したとしても、マルティナ姉さまもいないし、きっとリリアン勉強できないと思う」
リリアンの勉強やマナーをずっと見てきたマルティナには、それを気のせいだと心配しすぎだと、流すことができなかった。ぞわりと背筋に嫌なものが走る。学園に入学できなかった場合の貴族令嬢としてのリリアンの行く末は暗い。プライドの高い母がどんな行動に出るかわからない。
考えなければ。自分の持てる全ての伝手を使ってでも、なんとかリリアンの将来の道筋をつけなければ。リリアンの柔らかい金髪をなでながら、マルティナは久々に思考を巡らせた。
◇◇
「ハーイ、久しぶり、マルティナちゃん。んー見た目だけはいい感じね。目が死んでるけど。で、御用件は何かしら? 内密に恋の相談ってかんじでもないし?」
考えに考えても、マルティナに使える手は限られている。リリアンがブラッドリーの商会に行く時に、エリックへの手紙を託した。返事が来るかはわからないがまずは動いてみるしかない。用件を書くわけにはいかないので、内密に商会以外の場所で相談に乗ってもらえないかと打診をした。すぐに快い返事をくれたので、以前、ブラッドリーと利用したカフェの個室でエリックと向き合っている。
「お久しぶりです。お仕事で忙しいところ、時間をとってくれてありがとう。用件はリリアンのことなの。リリアンはマナーや勉強が苦手で、学園に入学できないかもしれないの。もし、入学できたとしても、卒業できないかもしれない……」
「それで?」
マルティナは相談する人を間違えたかもしれない、と思った。いつもはにこにこしていて、人当たりがよく軽妙な口調のエリックだが、マルティナが用件を切り出すと、冷えた表情に変わった。いつもブラッドリーやエリックが無償でマルティナの問題を解決してくれていたから、どこか甘えがあったのかもしれない。それでも、マルティナにはリリアンのことで縋る先はエリックしかなかった。
「リリアンを伯爵家から除籍してもらえるように動くので、隣国へ連れて行ってもらえませんか? リリアンはこの国で、貴族令嬢として学園に通ったり、貴族夫人として勤まるとは思えないんです。おしゃれやドレスに興味があるみたいだし、きっと除籍して、平民として、そういったことに関わって働く方が幸せになれると思うんです」
「簡単に除籍なんて言ってるけど、そうできる保証があるの? そうすることでアタシになんのメリットがあるの? 未成年の貴族令嬢をウチの国に連れて行くことのデメリットの方が大きいわよね? リリアンちゃんが貴族令嬢、夫人としてやっていけないって、幸せを決めつけていいの?」
エリックの整った容貌は、表情が動かないと冷たく感じられる。エリックの正当な返事は、マルティナが隣国へ出奔したいと思ったときに、ぶち当たった壁だ。よくわかる。
「除籍ができるかはわかりませんが、父に掛け合ってみます。リリアンのことは誰よりわかっているつもりです。本人ともよく話し合いました。エリックもリリアンと接していてわかっているかもしれませんが、本人のやる気ではなくて生れつきの資質として、学習というものが苦手というか、できないのです。エリックと会って、商会に入り浸って、デザイナーのお仕事を見て、それが自分のやりたいことで、自分の道だと言っていました。上手くいくかはわからないけど、それを私は応援したいんです」
あとはエリックの言うデメリットを上回るメリットの提案だ。ごくりとマルティナは唾をのみ込む。いいじゃないか。自分の将来は抜け殻のように貴族夫人として生きるしか道はないんだ。なら、妹のためにこの身を捧げてもいいんじゃないだろうか?
「メリットはお金ではだめですか? 私が用意するので。どのくらいの期間でエリックの納得のいく金額が稼げるかはわからないけど」
エリックの冷えた目線に怯まないように、見つめ返す。
「ストップストップ。わかったから。マルティナちゃんの本気はわかったから。お願いだから、早まらないで………もーこの子は自分のためには動けないのに」
急に表情や言動を緩ませるエリックに、マルティナは首をかしげる。
「ごめんなさい。アタシが冷たい態度を取ったせいよね。呼び出された用件が思ってたのと違ったから。マルティナちゃんが自分の事でアタシ達を頼ってくれないことが、悔しくて……。大丈夫、元々リリアンちゃんも見捨てるつもりはなかったから。任せてちょうだい」
マルティナの話のどこがエリックの琴線に触れたのかわからないけど、エリックは力になってくれると約束してくれた。
「いいこと。くれぐれも勝手に動かないでちょうだい! なにか行動を起こすときは必ずアタシに連絡するのよ! ………マルティナちゃんになにかあったらアタシが殺されちゃうんだから……」
別れ際まで、まるでブラッドリーのようにエリックは過保護な発言を繰り返した。
そして、マルティナには自分の進路より考えなければならない問題が発生した。
「ねーさま、どうしよう、リリアン、たぶん学園へ行けない……」
自分のことに手一杯で、ずっとリリアンのことを放置していた。リリアンはリリアンで、『クマのぬいぐるみの腕が千切られた事件』でブラッドリーの商会に突撃して以来、母の目を盗んで商会へ入り浸っていたらしい。
「どういうこと? この間、入学試験を受けたはずじゃなかった?」
この国の貴族や優秀な平民の通う学園には一応、入学試験がある。ただ、貴族にとっては形式的なものであり、余程のことがなければ入学を断られることはない。
「入学試験、全然わからなくて……たぶん、全然だめだったと思うの。お母さまに学園に入学できないって言われたの。もし、お母さまがなんとかしてくれて、入学したとしても、マルティナ姉さまもいないし、きっとリリアン勉強できないと思う」
リリアンの勉強やマナーをずっと見てきたマルティナには、それを気のせいだと心配しすぎだと、流すことができなかった。ぞわりと背筋に嫌なものが走る。学園に入学できなかった場合の貴族令嬢としてのリリアンの行く末は暗い。プライドの高い母がどんな行動に出るかわからない。
考えなければ。自分の持てる全ての伝手を使ってでも、なんとかリリアンの将来の道筋をつけなければ。リリアンの柔らかい金髪をなでながら、マルティナは久々に思考を巡らせた。
◇◇
「ハーイ、久しぶり、マルティナちゃん。んー見た目だけはいい感じね。目が死んでるけど。で、御用件は何かしら? 内密に恋の相談ってかんじでもないし?」
考えに考えても、マルティナに使える手は限られている。リリアンがブラッドリーの商会に行く時に、エリックへの手紙を託した。返事が来るかはわからないがまずは動いてみるしかない。用件を書くわけにはいかないので、内密に商会以外の場所で相談に乗ってもらえないかと打診をした。すぐに快い返事をくれたので、以前、ブラッドリーと利用したカフェの個室でエリックと向き合っている。
「お久しぶりです。お仕事で忙しいところ、時間をとってくれてありがとう。用件はリリアンのことなの。リリアンはマナーや勉強が苦手で、学園に入学できないかもしれないの。もし、入学できたとしても、卒業できないかもしれない……」
「それで?」
マルティナは相談する人を間違えたかもしれない、と思った。いつもはにこにこしていて、人当たりがよく軽妙な口調のエリックだが、マルティナが用件を切り出すと、冷えた表情に変わった。いつもブラッドリーやエリックが無償でマルティナの問題を解決してくれていたから、どこか甘えがあったのかもしれない。それでも、マルティナにはリリアンのことで縋る先はエリックしかなかった。
「リリアンを伯爵家から除籍してもらえるように動くので、隣国へ連れて行ってもらえませんか? リリアンはこの国で、貴族令嬢として学園に通ったり、貴族夫人として勤まるとは思えないんです。おしゃれやドレスに興味があるみたいだし、きっと除籍して、平民として、そういったことに関わって働く方が幸せになれると思うんです」
「簡単に除籍なんて言ってるけど、そうできる保証があるの? そうすることでアタシになんのメリットがあるの? 未成年の貴族令嬢をウチの国に連れて行くことのデメリットの方が大きいわよね? リリアンちゃんが貴族令嬢、夫人としてやっていけないって、幸せを決めつけていいの?」
エリックの整った容貌は、表情が動かないと冷たく感じられる。エリックの正当な返事は、マルティナが隣国へ出奔したいと思ったときに、ぶち当たった壁だ。よくわかる。
「除籍ができるかはわかりませんが、父に掛け合ってみます。リリアンのことは誰よりわかっているつもりです。本人ともよく話し合いました。エリックもリリアンと接していてわかっているかもしれませんが、本人のやる気ではなくて生れつきの資質として、学習というものが苦手というか、できないのです。エリックと会って、商会に入り浸って、デザイナーのお仕事を見て、それが自分のやりたいことで、自分の道だと言っていました。上手くいくかはわからないけど、それを私は応援したいんです」
あとはエリックの言うデメリットを上回るメリットの提案だ。ごくりとマルティナは唾をのみ込む。いいじゃないか。自分の将来は抜け殻のように貴族夫人として生きるしか道はないんだ。なら、妹のためにこの身を捧げてもいいんじゃないだろうか?
「メリットはお金ではだめですか? 私が用意するので。どのくらいの期間でエリックの納得のいく金額が稼げるかはわからないけど」
エリックの冷えた目線に怯まないように、見つめ返す。
「ストップストップ。わかったから。マルティナちゃんの本気はわかったから。お願いだから、早まらないで………もーこの子は自分のためには動けないのに」
急に表情や言動を緩ませるエリックに、マルティナは首をかしげる。
「ごめんなさい。アタシが冷たい態度を取ったせいよね。呼び出された用件が思ってたのと違ったから。マルティナちゃんが自分の事でアタシ達を頼ってくれないことが、悔しくて……。大丈夫、元々リリアンちゃんも見捨てるつもりはなかったから。任せてちょうだい」
マルティナの話のどこがエリックの琴線に触れたのかわからないけど、エリックは力になってくれると約束してくれた。
「いいこと。くれぐれも勝手に動かないでちょうだい! なにか行動を起こすときは必ずアタシに連絡するのよ! ………マルティナちゃんになにかあったらアタシが殺されちゃうんだから……」
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