【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青

文字の大きさ
上 下
20 / 40
2 少しずつ感じられる成長

9 卒業パーティー

しおりを挟む
 「もともと凛々しくて格好いいと思っていたけど、本当に素敵ね……」
 もう、今日が最後。今日は素直に全て思ったことをして、思ったことを言おうと決めていたマルティナはうっとりとブラッドリーに見惚れる。

 「背も高くて、体格もいいし、制服もとっても似合っていたし、商会にいるときの普段の格好もよかったけど、タキシードが本当に似合うわね。想像以上だわ。堂々としていて、撫でつけている前髪も似合っているわ。男前ってこういうことを言うのね……」
 
 「ふふふ、ブラッドリーったら照れちゃって、耳が真っ赤じゃなーい。マルティナちゃん、今日はどうしたの? まさかもうお酒飲んでいるなんてことないわよね?」

 「あっ! ブラッドリーもエリックもご卒業おめでとうございます! 今日は、最後の日だから、思ったこと全部言おうと思って……ブラッドリー迷惑かな?」

 「や……大丈夫、うん……。うれしい……。んん、大丈夫、落ち着いた」
 ブラッドリーの耳が赤くなっているのを見て、なんだかうれしくなる。ブラッドリーから腕を差し出される。夢にまで見たブラッドリーのエスコートに胸が高鳴る。主役でもないのに、涙が出そうだ。

 「マルティナも、今日の格好似合ってる。かわいい」
 耳元でささやかれる言葉に胸がときめく。ブラッドリーと二人で選んだのは、深い赤色のシンプルなマーメイドラインのドレスで、我ながらよく似会っていると思う。

 「本当は装飾品を送りたかったけど、形に残るものだと困るかなと思って、用意したんだけど、髪にかざってもいい?」
 そう言ってブラッドリーが差し出してくれたのは、赤い生花で、きちんと髪に刺せるよう処理されていた。マルティナがこくりと頷くと、耳の後ろのあたりにそっとつけてくれた。

 「やだーマルティナちゃん、やっぱりかわいいー。その花のアイディア、私なのよーすごくなーい? 花を選んだのはブラッドリーだけど、髪の毛にさせるように、処理したのは、ア・タ・シ☆ 感謝してくれていいわよー」

 「ふふふ、エリックもブラッドリーもありがとう。いつも色々考えてくれて……いつも私ばっかり嬉しい気持ちにさせてくれて、本当に感謝してるよ!」

 いつものテンションのエリックの横で、ブラッドリーは静かにマルティナを見ていた。その目に熱がこもっていると思うのは、うぬぼれすぎなのかな?

 今日くらいいいかな? 好きな人と歩ける最後の日くらい、浮かれてもいいかな?

 ブラッドリーにエスコートされて歩いていると、今まで参加したパーティーの時とは違って景色が色づいてみえる。煌めくシャンデリアや豪華な装飾、色とりどりのドレスとそれに寄り添う黒いタキシード。全ての景色が輝いてみえる。

 今年の卒業生に王族はいないので、注目の中心は、姉と公爵家嫡男の婚約者だ。相変わらず煌びやかな二人とまわりを幾重にも囲う人々を他人事のように見て、マルティナはブラッドリーとの時間を楽しんだ。

 卒業したら国に帰ってしまう留学生のブラッドリーと伯爵家のハズレであるマルティナは、誰に注目されることもなかった。

 姉はマルティナを様々な方法で屈服させて、無事に本懐を遂げた。次期公爵夫人として、何一つ傷のない華々しい淑女として卒業していく。そのことに、虚しさや怒りは今はない。

 むしろ、マルティナの力を上手く使って、自分は楽をして、学業の結果を残し、生徒会長として華々しく卒業する。それで、本当に満足なのだろうか?と思う。

 考え方は人それぞれだけど、マルティナはこの一年間、ブラッドリーやエリックに支えられて、試行錯誤して、そのたびに母や姉に叩き潰されたけど、その経験はなにものにも代えがたい思い出だ。

 泥にまみれるような苦しい日々を一緒にいてくれたブラッドリーとの絆はマルティナの宝物だ。姉はいつも優雅な仮面を婚約者にすらかぶって、本当の自分を見せれなくて苦しくはないのだろうか?

 「エリックはエスコートはどうしたの?」

 「卒業パーティーは学生だけの参加だし、エスコートなしでもOKらしい。あいつはそつなく輪に混じれるから、心配いらないよ」
 
 「あの社交性はうらやましいわね」
 実際に、おしゃれな女の子達の群れの中で楽しそうに会話して盛り上がっている。

 「いくら卒業生を引き立てる日だからって、その生地は安っぽいんじゃなくて?」
 いつの間にか、姉がブラッドリーとマルティナの背後に立っていた。

 「お姉様! ご卒業おめでとうございます」
 形ばかりの祝福の言葉とカーテシーを贈る。ブラッドリーも隣で静かに頭を下げる。

 「卒業生を祝福する日だというのに浮かれて、姉への祝福も忘れているなんて、妹失格ね。まぁ、でも浮かれていられるのも今日までかしらね……またマルティナは一人ぼっちになるんだものね、ふふふ。わたくしもそこの留学生もいなくなって」
 姉は自分が華々しく主役になっている日でもマルティナを貶めないと気が済まないのだろうか?

 姉の言葉に、影響されたくない。せっかくのブラッドリーとの最後の日なのに。それでも、心は落とされる。考えたくない。明日からのことなんて。ブラッドリーがいなくなることなんて。

 「テラスに出よう」
 誰かに声をかけられたのか、姉の姿はいつの間にか消えていた。優しく手をひくブラッドリーにそのままついていく。テラスは開放感があって広かった。広間で卒業する仲間との別れを惜しんでいるのか、交流を深めているのか、テラスには人の気配はなかった。

 「マルティナ、踊ろう」
 大柄なブラッドリーは意外と器用で、広間から流れるダンス曲に合わせて、スムーズにマルティナをリードしてくれる。マルティナは全てをブラッドリーに預けて、踊った。
 
 いつもより近い距離で、感じるブラッドリーの体温とまとっている新緑の香り。幸せな気持ちと切ない気持ちが混じる。

 「ふふふ、私、はじめ本当にブラッドリーのこと、なんて人なのって思ったの。唐突で失礼で、ちっとも人の話を聞かないし、強引だし……」

 「はぁー。確かにその通りだよな。最低だよなー」

 「でもね、そのおかげで、壁が壊されたというか……ちゃんと生きてるって思えるようになったっていうか……自分を生きれるようになったと思うの。感謝しているわ」

 「ははっショック療法みたいな? 俺だって、こんなに興味を惹かれて、突撃しちゃう人はマルティナが初めてだよ」

 「まるで珍獣みたいね」

 「うん、それは否定しない。マルティナは俺達になんの得があるのか気にしてたけど、一年間一緒にいられて、本当に楽しかったし、充実してたよ。ありがとう」

 「ブラッドリー、こちらこそ一年間ありがとう。私のお願いを聞いて、話を聞いて、支えてくれて。あなたとエリックがいなかったら、きっと、問題が山積みなこの一年間でつぶれていたわ。本当に感謝しているの」
 
 「マルティナ……」

 「私、ブラッドリーに恥じないように生きるから。今まで助けてもらった分、ちゃんとがんばるから。私もやればできるって証明して、胸をはって生きていくわ」

 涙がこぼれそうになって、一気にまくしたてるように言いたいことを言う。
 全部、全部言わなくては。忘れていることはない?
 感謝とこれからの意気込み。

 だって、隣国に行くか?って誘ってくれたブラッドリーの手をとらなかったのは私なのよ。

 もちろん、そんなことをして、ブラッドリーが罰せられるのが一番怖い。
 それでも、貴族令嬢としての義務に縛られて、未知のことに飛び込む勇気がないのも事実。

 学園を卒業して、家族と縁を切って、隣国に行きたい、そんな夢はある。でも、父に命令されれば、貴族令嬢としてどこかへ嫁ぐだろうし、うまく事が進むとは限らない。

 そんな飛沫のようなマルティナの夢にブラッドリーを巻き込むわけにはいかない。
 
 踊り終わって、名残惜しくて手はつないだまま、テラスの手すりに身を寄せて、二人で宵闇に散る星を眺める。

 「マルティナ、俺、まだあと一年はこの国にいるから。いつでもリリアンみたいに商会に遊びに来てよ。いつでも話聞くから」

 国に帰ってしまうと思っていたマルティナははっと顔を上げる。だめだ、そんな優しい言葉をかけられたら、期待してしまう。甘えてしまう。だめだ。涙がこらえられなくなる。

 マルティナは静かに首を横に振った。
 きちんと断ち切らないと。自分で決めたのだから、中途半端はだめだ。泣いては駄目だ。

 「大丈夫。もう私の足場になってくれなくても大丈夫。姉からは本当に嘘みたいに解放されたの。母も最近はだいぶマシになったし。

 大丈夫なの、私。まだ頼りないかな? 一人でもがんばれるから、大丈夫。ブラッドリーも元気でお仕事がんばって……」

 せっかく最後は心配させないように、明るく終わろうと思ったのに、涙声になって震えてしまう。
 だめだ、シャンとしなくちゃ。これから、私は一人で立って行かなくちゃいけないから。

 「マルティナ、がんばらなくてもいい。ただ、自分が幸せになることだけ考えて。どうしても辛くなったら、いつでも会いにきて」

 どこまでもやさしいブラッドリーの言葉に、マルティナの涙腺は決壊した。

 いつの間にブラッドリーはマルティナにとって、こんなに大切な存在になっていたんだろう。

 離れがたい。そんな思いを抱えて、マルティナはブラッドリーと手を固く固くつないだまま、涙を流した。

 私はいつの間にこんなに泣き虫になったんだろう。

 このまま二人でどこかに行きたい。でも、それはできない。
 どうにもならない別れのひと時はひどく苦かった。

 「マルティナの幸せを祈ってる」
 ブラッドリーの言葉が星のきらめく夜空に吸い込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました

ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

冷遇された政略妻ですが、不正の罪を着せられたので華麗に逆襲します!

ゆる
恋愛
「政略結婚? 構いませんわ。でも、不正の罪を着せて私を追い出そうだなんて、許しません!」 公爵令嬢エレノア・スタンフォードは、王太子アレクシスとの政略結婚を命じられた。 王家と公爵家の政略的な均衡のためだけの結婚――そこに愛などない。 しかも、王太子にはすでに寵愛する愛人・アメリア侯爵令嬢がいた。 「形だけの妃として生きればいい。私にはアメリアがいる」 そう冷たく突き放されながらも、エレノアは妃としての役目を果たし、王宮の経理や外交で次第にその才覚を発揮していく。 しかし、それがアメリアの逆鱗に触れる。 「エレノア様が財務書類を改ざんしたと密告がありました!」 突如持ち上がる“財務不正”の疑惑。王太子はすぐにエレノアを疑い、彼女は王宮に幽閉されてしまう。 全てはアメリアの罠。偽の証人、捏造された証拠、次々と仕掛けられる罠に、エレノアは絶体絶命の危機に陥る。 ――けれど、私は負けない。こんな茶番に屈するつもりはありません! 彼女は徹底的に戦い抜き、ついにはアメリアと黒幕貴族たちを一網打尽にする。 そのとき、エレノアを“ただの政略の道具”としか思っていなかった王太子は気づくのだった。 「私は……エレノアを失いたくない……!」

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

処理中です...