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2 少しずつ感じられる成長

1 決意を固めた日

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 最悪な姉の誕生日パーティーで感じた姉への深い怒り。
 はじめて自分の誕生日プレゼントをもらったうれしさ。
 妹にはじめて、自分の気持ちが通じた喜び。
 それらの気持ちをマルティナは数日間かみしめた。

 「ブラッドリー、話を聞いてほしいの」
 姉の誕生日とマルティナの誕生日が終わって数日後、学園の昼休みにブラッドリーに声をかけた。

 「ん? 珍しいね。それじゃ、明日の授業後、生徒会室じゃなくてカフェでも行こう」

 「え、生徒会室でいいのだけど…」

 「いーからいーから、知り合いの店の個室とっておくから。ね、せっかくマルティナが初めて話聞いてほしいって言った記念日だから」

 「んー……」

 「俺が言い出したら、聞かないの知ってるでしょ? じゃ、明日の授業後、生徒会室で待ち合わせて行こう。大丈夫、伯爵家の迎えの馬車が来るまでに行って、帰ってくればいいよ」

◇◇

 マルティナは街を散策したことも、カフェに行ったこともない。目的も忘れてきょろきょろしてしまう。メニューを見てもさっぱりわからないマルティナの分もブラッドリーが注文してくれた。ちゃんとマルティナの好きなシンプルなストレートティーに、チーズケーキが来た。ブラッドリーはコーヒーとチーズケーキの組み合わせだ。

 「マルティナは、チーズが好きだから、ここのチーズケーキをいつか食べてほしかったんだ。濃厚でシンプルなお茶やコーヒーにぴったりなんだ」

 ブラッドリーは強引だし、自分の意見を通してくるけど、ちゃんとマルティナを知ろうとしてくれて、マルティナのことを考慮してくれる。そんなことをしてくれる人は周りにいなかった。心の奥が少しくすぐったい感じがする。

 「ブラッドリー、どうしたらいいか教えてほしいの。もう、無関心な父や辛辣な母にも、便利な小間使いとしか思っていない姉にもうんざりしているの。でも、どうしたらいいかわからないの……」

 ケーキをきれいに食べ終えると、おもむろに切り出す。
 おいしいケーキのおかげで怒りが少し中和されてしまったけど、思いは消えない。

 マルティナはこれまでのことを、家での自分の状況を恥ずかしい事もくやしい事も悲しい事も全部話した。時系列もぐちゃぐちゃで、支離滅裂なマルティナの話をブラッドリーは時折相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。

 「マルティナは穏便に家から縁を切れる方法はないの? 例えば、味方になってくれる祖父母や親戚はいない?」

 「うーん……父方の祖父は亡くなっていて、祖母は由緒正しい旧家であるという貴族の誇りを持っているから、むしろ出来損ないの私は嫌われているし、父の兄弟は弟だけで、叔父さんと父は家督を争った過去があるらしくて、家族ごと疎遠なの。従弟はやさしいのだけど。

 母方の親戚は、母の方が結婚した時に半分、縁を切っていて……実家が貧乏子爵家なのは恥ずかしいって母が言って。その上、伯爵家から資金援助もしているし、母方の親戚は、父や母に頭が上がらないの。

 だから、親戚に、例えば味方になって養子にしてくれるような家はないわ」

 「なるほど…一番穏便に逃げる方法は使えないのか……
  母親と姉が好き勝手しているように感じるけど、父親はどうなんだ? この状況を知っているのか?」

 「父親は財務省の仕事が忙しくて、家のことや子どものことは母に任せきりだから何も知らないし、家にもあまり帰ってこないの。母や姉は外面がよくて、言葉が達者だから、言いくるめられてしまうわ。

 でも、もしも、真実を知っても父は気にしないし、何も言わないと思うわ…」

 「父親が仕事人間なら、内情を数字にして伝えてみたらどうだ? 

 マルティナの家族に費やしている時間を書きだしてみるとか。姉の勉強のフォローにかかった時間、姉の代わりに生徒会の仕事をした時間、母親の愚痴をきいた時間、妹の家庭教師代わりをした時間なんかを。

 あと、マルティナに割かれるはずだった予算についても書きだせたらいいな。もしできるなら家政の財政で、マルティナの服飾費、家庭教師の費用が割り当てられていない事。マルティナに侍女がついてないのも職務怠慢だろう」

 「父が私の話を聞いてくれるとは思えないけど、自分でも自分の状況を客観的に見てみたいから、家族にさいた時間と、私にさかれなかった金額についての数字は書きだしてみるわ。

 母や姉と話していると、母や姉がおかしいと思っているのに、話しているうちに自分がだめだからいけないんだ、とか姉の言う通りにしなくては、という気持ちになってしまうの」

 「論点のすり替えが上手いんだろうな……長年その方法で上手くいっていて、罪悪感すら感じずに、自然とマルティナを貶めて、自分の思うように動かせるように話すのが自然にできるようになってるんだろう。それに抗うのはなかなか難しいよ」

 「私、嫌だと思って一言目はなんとか遠回しに言えるのだけど、そのあと姉や母に畳みかけられると、何も言えなくなってしまうの。情けないわね」

 「ただ言い返すっていうのは悪手かもしれない。マルティナの姉を見ていても、ばれないようにマルティナを貶める言い方をして、周りを味方につけるのが異常に上手い。口では勝てないし、むしろ状況が悪くなるかもしれない。

 気づかれないように、距離を置いていくしかないな……」

 「距離を置く……長期休暇は領地に帰るのやめようかしら……」

 「それは、問題はないのか? 少しの間でも、物理的に距離を置けたら、いいとは思うけど」

 「姉は、毎年、長期休暇は婚約者の領地へ行くの。いつもは、母と妹と領地へ行っていたんだけど、今年は王都に残って、勉強を進めたり、ブラッドリーが言っていたように、自分がどれだけ母や姉に搾取されていたか数字を書きだしてみようかしら?」

 「もし、王都に残れるなら、学園の図書館へ一緒に行かないか? 学園の一部は学生に開放されてるんだ。平民とか寮暮らしで、帰省しない連中のためにな。そうしたら、話も聞けるし、勉強も見られるし」

 「そこまで、甘えてしまっていいの?」

 「何回も言ってるけど、何か手を貸せることがあったら貸すから。商会の手伝いもあるから、毎日というわけにはいかないんだけど」

 「それなら、私は毎日通って、ブラッドリーが来られる日だけ一緒に勉強したり、話を聞いてもらえたら、助かるわ」

 「じゃ、決まりだな」

 マルティナとブラッドリーはコーヒーや紅茶が冷めてしまっても、真剣に言葉を重ねた。自分一人では達せられない結論が出て、マルティナはブラッドリーを頼った自分は間違っていないと思えた。

 ふいに見せたブラッドリーの満面の笑顔に胸がはねる。この人は本当に心臓に悪い。

 姉の誕生日パーティーは最悪だったし、これから生徒会主催のガーデンパーティーの準備もある。長期休暇前には試験もある。それでも、長期休暇中もブラッドリーに会えると思うと、全部がんばれそうな気がした。
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