【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青

文字の大きさ
上 下
10 / 40
1 どうにもならない現状

9 誕生日プレゼント

しおりを挟む
 最悪だった姉の誕生日パーティーから二日が経った。今日はマルティナの誕生日だが、いつもと変わらない。例年と同じく、家族や伯爵家に仕える者から何かを言われることもないし、食事のメニューも普段と変わらないし、もちろんプレゼントなど何も用意されていない。マルティナは静かに十六歳を迎えた。

 「ん、これ誕生日プレゼント……」
 その日の生徒会室での昼休憩のこと。今日はエリックはクラスの友人と昼食をとると言って二人きりだ。ブラッドリーから手の平二つ分くらいの長方形の包みを渡される。

 「私に?」
 「マルティナ以外に誰がいるんだよ……」
 マルティナは逸る気持ちを押さえて、丁寧に包みを開いていく。
 
 「わぁ……」
 かわいいピンクの包み紙から出てきたのはふわふわのクマのぬいぐるみだった。
 マルティナの顔くらいの大きさでふわふわの黒い毛並み、黒い目がくりくりとしたクマのぬいぐるみ。首に鮮やかな赤色のリボンまでついている。

 「かわいい……うれしい……私の……?」
 ぬいぐるみをなでて、ふわふわの毛並みを味わう。色々な方向からぬいぐるみを眺めてみる。

 「ちょ……マルティナ……泣くなよ……」
 ぬいぐるみに夢中になっていたら、ブラッドリーが慌てふためいていた。マルティナは片手で自分の目元を確認する。

 「涙? ……泣いてるの? 私……もう、涙なんて枯れ果てたと思ってたのに……」
 自分で泣いている自覚がないのに、次から次へと涙が両目からこぼれてくる。

 「これは、うれし涙? うれしくても涙って出るのね……
 ブラッドリーありがとう。私、はじめてなの。誕生日プレゼントもらうの」

 「あー誕生日、勝手に調べてごめんな。エリックには、勝手に調べるなんて気持ち悪いって言われたんだけど……」

 「ブラッドリーが勝手に調べるのも、好きに行動するのもいつものことじゃない。私は、はじめてのプレゼントがブラッドリーからで、こんなに可愛いクマさんでうれしい」

 泣き笑いの表情で、ブラッドリーを見ると思いのほか、真剣な表情をしていた。

 「なぁ、マルティナ。あの姉から、あの家から解放される方法がないか真剣に考えてみないか? ずっと、あの家に縛られて、あの姉に使われて、そんな人生、嫌じゃないか?」

 「真剣に考える……?」

 ブラッドリーに言われてみると、マルティナは多少の口答えはするものの、それ以上、考えたり、行動してみたことはない。

 「嫌だけど、そんな人生嫌だけど、どうしようもないじゃない。貴族の令嬢として家に縛られるのは仕方ないし、姉は立ち回りだけは上手いのよ。それに姉が結婚して、自分も結婚したら状況も変わるかもしれないし……」

 「……マルティナがそう思っているなら、今はこれ以上は口出ししない。でも、覚えておいて。生徒会の仕事でも一人でするよりは楽だっただろ? 人に言うことで、助けを求めることで、状況が良くなることもあるんだ。辛いことがあったら、俺に言えばいいし、アドバイスがほしければ、俺に聞いてほしい」

 「なんで、ブラッドリーはそこまでしてくれるの?」
 
 「なんでか俺にもわからない。でも、マルティナが不遇な立場に置かれてるのが、誰もマルティナを大事にしないのが、マルティナ自身も自分を大事にしないのが、なんか納得いかないんだよ。まぁ、俺のマルティナへの不遜な態度への慰謝料だと思ってよ。

 ……ねぇ、マルティナ、諦めないで。人に何を言っても通じないってあきらめないで」

 ぎゅっとクマのぬいぐるみを抱きしめながら、マルティナはやさしく降り積もるようなブラッドリーの言葉に返事を返すことはできなかった。

◇◇

 「マルティナねーさま! 今日は早いお帰りですね!」
 家に帰った後、自室でクマのぬいぐるみを眺めながらぼーっとブラッドリーとの会話を反芻していると、バーンッとノックもなしにリリアンが飛び込んできた。

 「きゃーっ、なにこのクマさん!!! かーわーいー!!」
 軽くつかんでいたクマのぬいぐるみを目ざとくリリアンが見つけ、マルティナの手から奪っていく。

 「えー黒いくまさんー赤いリボン似合ってる~、わーリリアン、これほしい!」
 マルティナは目の前が真っ暗になった気がした。
 リリアンがクマを掲げて、部屋をくるくると回っている。
 
 ああ……いつものことだわ……
 どうせ、私のものは全部、家族に奪われていくんだわ……
 私に割り当てられる予定の予算も、私の時間も……
 そして、はじめてもらった誕生日プレゼントも……

 「返して!!!」
 自分で、思ったよりも強い声が出て、一瞬息が止まる。マルティナに怒られたことのないリリアンも固まっている。リリアンの手から、奪うようにクマのぬいぐるみを取り返した。今度はとられないようにしっかりと抱える。

 「これだけは、リリアンにあげられない。譲れない。初めてもらった誕生日プレゼントなの。大事な人からもらった物なの。だから、あげられない」

 リリアンの大きな青い瞳にみるみるうちに、涙が溜まっていくのが見える。

 大泣きされて、人が来たら、ぬいぐるみを取り上げられてしまうのかも。そんな情景が浮かんで、恐ろしくなりぎゅっと目を瞑って、ぬいぐるみを握りしめる。

 「ごめんね……ねーさまの大事だったんだね……ごめんね……」
 リリアンは、静かに泣きながら、謝ってくれた。

 「うん、……うん。これだけは譲れないの。それにリリアンには、黒よりももっとかわいい色が似合うと思うわ」

 リリアンの涙をハンカチでそっと拭うと、頭を撫でた。

 「そうね。リリアンもそう思う。黄色とかピンクとかのくまさんがいーな。くまさんより、うさぎさんのがいいかな? 黒いくまさんね、きっと、ねーさまが大事にしていたから、すっごくいいものに見えたの」

 「うん。すっごく大事なものなの」

 すぐに泣き顔から、笑顔に表情を変えるリリアンに苦笑しながら、マルティナは、クマのぬいぐるみを抱きしめた。

 姉との関係性は少しも変わらないけど、妹には響いた。
 もしかしたら、ブラッドリーの言う通り、妹以外にもマルティナの言葉が届く人がいるかもしれない。

 その日、ほんの少しだけ、マルティナの心に希望が芽生えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。驚くべき姿で。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 ※世界観は非常×2にゆるいです。   文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

冷遇された政略妻ですが、不正の罪を着せられたので華麗に逆襲します!

ゆる
恋愛
「政略結婚? 構いませんわ。でも、不正の罪を着せて私を追い出そうだなんて、許しません!」 公爵令嬢エレノア・スタンフォードは、王太子アレクシスとの政略結婚を命じられた。 王家と公爵家の政略的な均衡のためだけの結婚――そこに愛などない。 しかも、王太子にはすでに寵愛する愛人・アメリア侯爵令嬢がいた。 「形だけの妃として生きればいい。私にはアメリアがいる」 そう冷たく突き放されながらも、エレノアは妃としての役目を果たし、王宮の経理や外交で次第にその才覚を発揮していく。 しかし、それがアメリアの逆鱗に触れる。 「エレノア様が財務書類を改ざんしたと密告がありました!」 突如持ち上がる“財務不正”の疑惑。王太子はすぐにエレノアを疑い、彼女は王宮に幽閉されてしまう。 全てはアメリアの罠。偽の証人、捏造された証拠、次々と仕掛けられる罠に、エレノアは絶体絶命の危機に陥る。 ――けれど、私は負けない。こんな茶番に屈するつもりはありません! 彼女は徹底的に戦い抜き、ついにはアメリアと黒幕貴族たちを一網打尽にする。 そのとき、エレノアを“ただの政略の道具”としか思っていなかった王太子は気づくのだった。 「私は……エレノアを失いたくない……!」

処理中です...