【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青

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1 どうにもならない現状

5 違和感のある伯爵令嬢 side エリック

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 ブラッドリーの従弟で親友のエリック視点です。

ーーーー

 ブラッドリーがマルティナちゃんに突撃して、倒れた翌日。初対面から違和感のあったマルティナちゃんは知れば知るほど、不自然な所が出ててきた。

 倒れた日の授業後は結局、マルティナちゃんは生徒会室に現れることはなかった。心配したけど、今日は、約束通り昼休憩の時間に生徒会室に現れた。相変わらず顔色は悪い。

 「なぁ、なんで伯爵家の令嬢の昼ごはんがそれだけなの?」

 「もう、ブラッドリー失礼よ。年頃の乙女なんだから、ダイエットかもしれないじゃない。きっと体調が悪くてあんまり食欲ないのよ」
 マルティナちゃんに会ってから、ブラッドリーは不躾にまっすぐにマルティナちゃんに切り込んでいく。好奇心旺盛なタイプだけど、ここまで、無遠慮で空気読まない人だったかしらね?

 「マルティナはダイエットなんて必要ないくらい痩せているじゃないか。
 だって、姉は婚約者と食堂で高位貴族専用個室で食ってるんだろう? マルティナは食堂で食べないのか? 食堂にはランチボックスの持ち出しもあるだろ?」

 「……母に、食堂は使うなって言われていて……ほら、学園の食堂ってあとからまとめて家に請求来るでしょう? 姉が食堂を使うのは公爵家の婚約者として必要だから、経費として認めるけど、私には婚約者もいないし、家から持って行けばいいって。はじめは料理人が用意してくれたんだけど、面倒くさそうにしてるから、自分で作るようになって……でも、大したもの作れなくて……」

 相変わらず不躾で無礼なブラッドリーだけど、マルティナちゃんも慣れてきたのか開き直ったのか、しどろもどろだが、正直に事情を打ち明けてくれる。

 その話の端々から、姉は優遇され、マルティナちゃんが冷遇されていることが浮き彫りにされて、いたたまれなくなる。

 エリックも隣国の平民だ。両親はさまざまな分野で商売をしていて、衣食住には割と恵まれていたと思う。なにより両親はお互いを信頼しあっていて、愛情深く三人の子どもを分け隔てなく育ててくれている。

 エリックが二人の姉に影響されて話し方が女っぽくても、ドレスや宝石などの綺麗でキラキラしたものを愛していても、それは変わらない。むしろ、デザイナーとしての才能を見い出し伸ばしてくれて、エリックは若くして姉と共同で、ドレスメーカーを立ち上げている。

 今回、この国でブラッドリーの実家の商会が試験的に支店を立ち上げることとなり、それに興味を示した従弟で親友のブラッドリーが留学することになり、自分も、この国で主流なクラシカルなデザインに惹かれて留学に来ただけだ。もちろん、少し仕事も兼ねていて、後見人でありお得意様でもある侯爵家の夫人のドレスを作ったり、ブラッドリーの商家のレンタルドレスのデザインにもかかわっている。

 立ち上げたドレスメーカーは姉との共同経営なので、隣国の仕事は姉に任せっきりだ。姉は店の事は忘れて新しい物をたくさん吸収してこいと快く送り出してくれた。

 「ふーん。なるほど…」
 渋い顔で相槌を打つブラッドリーの横顔を眺めながら、珍しいことだ、と思う。
 
 ブラッドリーは、商人らしい人だ。鋭い洞察力、優れた調査能力があり、人懐こく、相手の懐に入るのが上手い、人情味があるかと思いきや、ちゃんと計算もしている。

 ブラッドリーは、ずっとマルティナちゃんを観察しているし、興味を惹かれている。マルティナちゃんと初めて会って、今日までの短い時間でも感じ取れるくらい。

 今まで、ブラッドリーの黒檀のような深い黒色の瞳が映すのは、いつもモノだった。その対象が人であるのは、幼い頃からのつきあいのエリックの知る限り初めてだ。今までつきあっていた女の人もいた。でも人、ましてや女性に興味を示すことはなかったと思う。

 ブラッドリーがあんな熱量で人に食ってかかっていくのを初めて見た。いつもは警戒させないように相手の性格を鑑みて攻めていくのに、初回の邂逅では怯えられる、逃げられるという失策をおかしている。

 昨日の、詰め寄り方も明らかに悪手だった。確かにブラッドリーには調査する能力も伝手もあるけど、それをあんな風に下手くそに開示するところを初めて見た。

 非力な少女に、まるで悪徳商人のように、自分の持つ情報で詰め寄った。商売相手に仕掛けるみたいな畳みかけ方をして、ほんと情けないったらないわね。

 「改めて言っておくけど、生徒会役員ではないマルティナが、生徒会の仕事をしているとか生徒会室に出入りしていることを責めているわけではないんだ。

 マルティナも知っての通り、この学園の生徒会は形骸化している、形だけのものだ。昔は取り仕切るという経験をさせるとか箔がつくとかメリットもあったみたいだけど。

 だから、会長、副会長あたりは、高位貴族を立てるし、一応、試験で学年十位以内っていう線引きはあるけど、他の役員は子爵家以下だ。俺みたいな他国の平民の留学生まで駆り出されてるくらだ。

 ただ、細々した雑用はけっこうあるから、顧問の先生に許可をとって、生徒会以外の生徒にも手伝ってもらって運営しているんだよ。だから、マルティナが手伝ってくれるなら、すごく助かるんだ。

 マルティナに声かけたのはごめん、純粋になんでそうしてるのか気になっただけなんだ。違和感を突き詰めたかったっていうか……責めるつもりはなくて……」

 「今更なんだけど、あの名前呼び?……」

 「あー名前呼び嫌い? 婚約者とか恋人が気にする?」

 「婚約者も恋人もいないですし……大丈夫です。諸々、了解しました」

 わー今度は名前呼びをごり押しした!
 恋愛感情……? では、なさそうな……
 でも、興味はあるし、距離は近い。

 マルティナちゃんって、華やかなお姉さんの陰に隠れているけど、いい素材なんだけどなー、とブラッドリーとのやりとりを眺めながら、しみじみ思う。

 髪やお肌のお手入れが伯爵令嬢とは思えないくらいされていないし、隈もあって、顔色も悪い。
 でも、切れ長の瞳も綺麗な形をしているし、小顔で、顔の造形は整っている。惜しむらくはその黒い瞳に光が宿っていないこと。その瞳もいつも伏し目がちで、表情もあまり動かないせいで、控えめだけど、凛とした美しさがあるのに、地味であまり印象に残らない。

 そして、ブラッドリーも私も少し生徒会長の仕事の話をしただけで、マルティナちゃんの優秀さに気づいた。

 生徒会長の仕事の話になると人が変わったようにてきぱきと話しだし、仕事の洗い出しをし、優先順位をつけると、ブラッドリーやエリックから各役員の特徴や得意なことを聞き、ルーティンとなる仕事の進め方なども決めていく。

 「姉は傀儡か……姉の方も違和感あったんだよな……」
 マルティナちゃんの帰宅後に、ブラッドリーのつぶやきが零れた。

 確かにマルティナちゃんは優秀で磨けば光る原石のような子だし、境遇には同情するけど、厄介事の匂いがぷんぷんする。お願いだから、深入りしないでね……

 ブラッドリーの実家は、大きな商会をしているといっても、隣国の平民で、可哀そうな伯爵令嬢を救い出す力なんてないんだからね!

 そこのところ、わかってるわよね? ブラッドリー。

 熱心に資料に目を通す幼馴染を見ながら、心の中でつぶやいた。
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