【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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番外編

side アンジェリカ② 怒りでも憎しみでもいいからこっちを向いてほしかった

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 アンジェリカは、せっかく憧れていて恋焦がれていたクリストファーと寝られたというのに、心に乾きが広がった。私が求めていたのはこんなのじゃない!

 アンジェリカといても相変わらず表情を変えず、距離を取るクリストファーに自分を見てほしくて酷い言葉を投げつける。怒りでもいい、憎しみでもいい、自分になんらかの感情をぶつけてほしかった。アイリーンといた時のようにアンジェリカになにか心揺さぶられて、その表情を変えてほしかった。

 しかし、どれだけ罵ろうとも、酷い言葉をぶつけようとも、クリストファーが表情を変えることはなかった。むしろ、どんどん二人の間の空気は冷えていって、ますます彼は遠くなった。

◇◇

 クリストファーの秘書として、次期公爵夫人としての役割を全うした。公爵家の家政を回し、クリストファーの仕事を手伝い、茶会を手配し、茶会や夜会に出席し、人脈を広げる。クリストファーはきちんとアンジェリカをエスコートし、他の愛人志望の女達には目もくれなかった。でも、それだけだ。仕事もエスコートも閨もすべて義務的で機械的なのは変わらなかった。

 そんな日々を繰り返し一年経った時、義母から、クリストファーには子種がない可能性があるので、叔父と寝てほしいと言われた。お願いではなく、命令だった。

 アンジェリカは、自分の部屋でボロボロと涙を零した。
 振り向いてくれない想い人。侯爵家の駒から公爵家の駒となった自分。

 それでも、彼の役に立つならと叔父と寝ることにした。

 「ごめんね、俺みたいなおじさんが相手で。ひどい家だよね」
 クリストファーの叔父という人物は大柄で大らかな人だった。クリストファーと容姿も性格も似ていないのが、残念なような、ほっとするような複雑な気持ちになった。

 「気が乗らなかったら、今日はおしゃべりするだけでもいいよ」
 初めての夜のクリストファーと同じセリフを言われて、涙がぽろぽろ零れる。

 「大したことないわよ。こんなの。私、クリストファーと寝る前にたくさんの人と寝てたのよ。だから、クリストファーの叔父と寝ることも大したことないのよ」
 八つ当たりぎみに泣き叫ぶアンジェリカを叔父は抱きしめる。

 「そっか……」
 それだけ言うと、泣きじゃくるアンジェリカをただ抱きしめてくれて、そのぬくもりに安心してアンジェリカは朝までぐっすりと眠った。クリストファーの叔父は言葉通り、アンジェリカの気持ちを尊重してくれて、数日涙が止まらないアンジェリカをただ抱きしめて眠った。

 キスから始めていった行為もその粗野な風貌とは裏腹に繊細で優しいもので、今までにない快楽と官能を味わった。クリストファーがこんな人だったら幸せだったのに……。どれだけ、叔父に優しくされてもクリストファーに重ねてしまう。アンジェリカのクリストファーへの恋心が消えることはなかった。

◇◇

 クリストファーとの関係は、子どもを身ごもり、豪華な結婚式を挙げ、アンジェリカが第二夫人となり、クリストファーが公爵家当主となっても変わらなかった。

 クリストファーは自分を追い込むように公爵家の仕事をして、常に疲弊して憔悴していた。表情は相変わらず凍ったまま。アンジェリカとの関係も冷えたままだ。外聞を気にして、寝室で一緒に眠るが、クリストファーがアンジェリカに触れることはない。

 「あの子、あなたの子どもじゃないから。叔父さんとの子どもなの」
 どんどん窶れていくクリストファーが心配でたまらないのに、口をつくのは彼を傷つける言葉だけ。いつもの棘のある言葉の一つのつもりだった。だが、その言葉は確実に彼に刺さった。目を見開くと、一瞬、絶望の表情が浮かぶ。その表情を見て、言葉を間違えたと思った。引き留めたくなって、次の瞬間、クリストファーの手を握る。余りに冷たくて驚いて手を離す。そこにあるのは、アンジェリカを拒絶する目だった。黙って彼はその場を立ち去った。

 それから、クリストファーは寝室に来ることはなくなった。きっと、もう彼が義務でもアンジェリカに触れてくることはないだろう。アンジェリカは叔父との行為に溺れた。

 「アンジェリカは今までがんばったんだから、甘えちゃえばいいんだよ。俺を存分に利用してよ」
 叔父のどこまでも優しい言葉と与えてくれる快楽に身を任せた。

 わざとクリストファーの執務室から見える庭で叔父と一緒に子どもと遊ぶ。意趣返しで、また彼をわざと傷つけてしまう。

 「君らも拗れちゃってるなぁ……」
 叔父は苦笑いしながらも、アンジェリカの茶番につきあってくれた。

 それでも、クリストファーを目で追ってしまう。なにか、なにか彼の壁を壊す言葉はないの?

 「子どもができたの。双子かもしれないんですって。だって、あなたには子種がないし、私を満たしてくれないから仕方ないでしょう?」
 そして、またアンジェリカは間違えた。彼は無言で消えて、もう、アンジェリカが存在すら忘れていたアイリーンの元へ行った。そして、五年振りに会ったアイリーンを蹂躙したらしい。

 なぜ、その気持ちをぶつける先は私じゃなかったの?
 あなたになら、何をされてもいいのに……
 自分のお腹を撫でながら、アンジェリカは涙を流した。

 それから、クリストファーは足しげくアイリーンの元へと通うようになった。

 行かないで……行かないで……

 大きくなるお腹を抱えて祈る日々。それでも、憔悴し、疲れ切っていた彼の顔色が良くなっているのを見て、複雑な気持ちになる。

 なぜ、アイリーンなの? なぜ、私ではだめだったの?
 その激情をぶつける相手は私ではないの?
 癒されて、心許せる相手は私ではないの?

 扉の開いた執務室を覗くと、クリストファーが唸りながら机に向かっている。何枚も書き損じたメッセージカードが部屋に散らばっている。扉付近に落ちていたくしゃくしゃになったメッセージカードを拾う。

 『君が必要だ。 C』

 それを見て、翌日には辺境の村へ向かった。

 クリストファーはアンジェリカをきちんと公爵夫人として、妻として扱ってくれていた。折に触れて、ドレスやアクセサリーを贈ってくれる。センスはないけど、きちんと自分で選んでくれている。だが、それらの贈り物にメッセージカードが着いていたことはない。

 服装や化粧は質素だが、相変わらず凛としていて美しいアイリーンによけいに腸が煮えくり返る。取り乱すアンジェリカと、冷静なアイリーン。どちらが公爵夫人なのかわからない。でも、クリストファーの隣は絶対に譲らない。

 届かないアンジェリカのクリストファーの想い、未だに寵愛を受けるアイリーンへの怒り、全てをアイリーンにぶつけた。それでも、どんなに毒を染み込ませた言葉を浴びせても、アイリーンの顔色は変わらない。しびれを切らして、紅茶を掛けると、ようやくアイリーンの顔がゆがんだ。

 その時、ガラス張りの飾り戸棚が目に入った。クリストファーに関することは侍従に報告させているので全て知っている。気が付くと、綺麗に飾られていたクリストファーからアイリーンへの小さな贈り物を扇で掻きだして、床にぶちまけ、無茶苦茶にしていた。二人の絆がうらやましくて憎らしくて仕方ない。そこまでしても、アンジェリカの気が晴れることはなかった。

 夫にもアイリーンの事で釘を刺すが、そこには軽蔑の表情しかなかった。アンジェリカを切り捨てた人の顔をしていた。
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