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番外編
side アンジェリカ① それは刷り込みに近い恋だった
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本編の当て馬、アンジェリカ視点。幼少期の話や本編中の心情など。後日談的エピソードはありません。R表現はR18くらい。Rは淡々とあっさり。全三話。
番外編の他視点で語られるその心の内で、本編の出来事の色合いがどんどん変わっていく。かもしれない。
――――――――――――――――
「お前はレッドフォード公爵夫人になるために生まれてきたんだ」
それは刷り込みに近い恋心だったのかもしれない。アンジェリカは物心つく前から、父に繰り返し繰り返し、言い聞かされていた。
クリストファーを一目見て、すぐに恋に落ちた。すらりとしていて、背が高く、まるで王族のように美しい髪と瞳が輝き、顔立ちもすっきりと整っている。美しい容姿に加えて、人を寄せ付けない冷たい態度といつも変わらない無表情な顔がさらに魅力を引き立てていた。その外見に違わず、正義感や責任感が強く、勉学も優秀で、高位貴族の子息にありがちな親の脛をかじってチャラチャラしている者達と一線を画していた。
彼の目に少しでも映りたくて、アンジェリカも一生懸命努力して、外見や所作を磨き上げ、勉学に励んだ。少しでもクリストファーと話せた日は、うれしくて、その内容を何度も反芻した。
クリストファーの伴侶になりそうな高位貴族の令嬢の中で、アンジェリカは容姿も優秀さも飛びぬけていた。クリストファーの婚約者になれることを疑っていなかった。婚約者となり堂々と隣に立てる日を心待ちにしていた。それなのに、婚約者になったのは伯爵令嬢であるアイリーンだった。ずっと自分のものだと思っていた彼の隣は他の女のものになった。
「学園の入学試験で、スコールズの娘に負けたそうだな? それが決め手だったそうだ。新しい風を入れたかったそうだ。……まだ、わからないからな。伯爵家の小娘なんぞ、隙を見つけて追い落とせ、わかったな、アンジェリカ。公爵夫人になるのはお前だ」
父に言われて、アンジェリカは悔しくてギリギリと歯をかみしめる。
社交界では、アイリーンの美しさと優秀さが噂になっていたが、アンジェリカはどこかアイリーンを侮っていた。少し脅したり、嫌がらせをすれば音をあげるかと思ったのに、男女問わず魅了していき、その信望者達に阻まれる。本人に苦言を呈しても、おっとりとした外見とは違い、なかなか図太い。
なにより、アンジェリカを焦らせたのは、クリストファーの態度だった。ずっとクリストファーを見ていたアンジェリカにはその変化がわかった。一見、義務感から婚約者として最低限の事をしているように見えた。エスコートは最低限だし、独占欲を露わにして自分の髪や瞳の色をアイリーンにまとわせることもない。
いつも表情を変えない彼が、アイリーンの隣にいるときは、目尻が少し下がったり、頬がほんのりゆるんだりしている。他の人は気づかないであろう、わずかな表情の揺れ。決定的だったのは、歌劇の観劇でかち合った時で、遠目から見た公爵家のボックス席で目を輝かせて観劇するアイリーンを歌劇を見ることなく、うっとりと見つめていた。
そして、自信のあった学業でもアイリーンに勝つことはできなかった。外見、所作、学業、人望、そしてクリストファーの寵愛、全てを持っていた。彼女には死角がなかった。アンジェリカの自信がガラガラと崩れていく。
「時を待つんだ。完璧なものほど崩れる時は早い。公爵夫人になるのは、お前だ、アンジェリカ」
それなのに、父は未だにレッドフォード公爵家に食い込む野心を捨てられずに、アンジェリカは彼への恋心を諦めることすら許されない。ままならない現実にどこか疲れ切っていたんだと思う。とある夜会で、彼に似た面影のある既婚者と寝た。父に内緒で避妊薬を手に入れ、それからは寂しさを埋めるように、色々な人と関係を持った。それでも一時の温もりは得られても心は満たされなかった。
学園の卒業式、結婚式……とクリストファーとアイリーンがきらきらと輝き称賛されるのを他人事のように見守った。そろそろ、父も諦めて、自分の進退も決まるだろうと覚悟を決めた頃、父に呼び出された。そこにはなぜか渋い顔をしたレッドフォード公爵とほほ笑むレッドフォード公爵夫人がいた。
「アンジェリカ、喜べ、お前は今日からレッドフォード次期公爵の秘書になった。ゆくゆくは第二夫人になれることは約束されている。しっかり務めるんだぞ」
公爵夫婦からも父からも、詳しい説明も、懇願も謝罪もなく、アンジェリカは公爵邸へと連れて行かれた。そこには、新婚だと思えないほど、憔悴したクリストファーがいた。こんな時なのに、久々に彼を近くで見られたことに、胸がときめく。
「こんなことになって申し訳ない。アンジェリカ、君の力が公爵家には必要なんだ。力を貸してほしい。こちらも君が不自由なく暮らせるように手筈を整えるから、なんでも言ってほしい」
次期公爵がこんなに簡単に人に頭を下げてはいけない。そんな事はクリストファーも承知だろうに、謝る誠実さにまた、胸がきゅっと苦しくなる。なにがあったのかはわからないが、アイリーンが次期公爵夫人の座から転落し、アンジェリカが選出されたのだろう。もしかしたら、このままクリストファーを支えていったら、歩み寄って、愛し愛される夫婦になれるかもしれない。アンジェリカの胸に小さな希望が灯った。
公爵夫人から、昼間は公爵夫人の仕事をし、夜は閨を共にするように言われた。子どもができたら、結婚して第二夫人になれるらしい。侍女達にぴかぴかに磨き上げられて、顔がにやけるのを止められない。父の言う通りだったわ。本当にクリストファーと夫婦になれるかもしれない。こんなことなら、簡単に純潔を捨てるんじゃなかった。
「母から聞いているかもしれないが、今日から閨を共にすることになった。結婚したわけでもないのに、すまない。できるだけ、痛みのないようすぐに終わらせる」
浮かれる気持ちで寝室に向かうと、クリストファーは隙なく夜着をまとい、アンジェリカに告げた。その表情は他人に向けるのと変わらないいつもの冷めたもの。露出の多いランジェリーに、艶のあるテロンとしたガウンを羽織ったアンジェリカはとたんに自分が恥ずかしくなった。
「もし、気分が乗らないなら、今日はなにもしない。君の心の準備ができるまで待つよ」
アンジェリカの一瞬の沈黙を別の意味に取ったのか、クリストファーが言葉を続ける。この人は、どれだけ恋焦がれていたのかわかっていない。肌を合わせることをどれだけ楽しみにしていたのかわかっていない。怒りに駆られて、アンジェリカはクリストファーの前をくつろげると、クリストファーのものを取り出して、舐めようとした。
「やめてくれ!」
悲鳴のようなクリストファーの声が響き、アンジェリカの体が押しのけられる。そこにはアンジェリカへの明らかな拒絶があった。
「すまない。あまり、こういった親密な行為は得意ではないんだ。大丈夫ならはじめてもいいか」
アンジェリカは呆然として、頷いた。
クリストファーはキスをすることも、お互いのガウンや夜着をはだけさせることもなく、アンジェリカを反転させると、背後から少しアンジェリカの入口を指でほぐすと、そこに潤滑油を塗り込み、自分のものをしごいて入れた。沈黙のうちに、クリストファーが腰を振り果てた。キスもない、前戯もない、肌の触れ合いもない。ただ機械的な行為だった。夜を共にしたのに、アンジェリカから距離をとり背を向けて眠る彼を見て、余計に距離が遠くなったように感じられた。
番外編の他視点で語られるその心の内で、本編の出来事の色合いがどんどん変わっていく。かもしれない。
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「お前はレッドフォード公爵夫人になるために生まれてきたんだ」
それは刷り込みに近い恋心だったのかもしれない。アンジェリカは物心つく前から、父に繰り返し繰り返し、言い聞かされていた。
クリストファーを一目見て、すぐに恋に落ちた。すらりとしていて、背が高く、まるで王族のように美しい髪と瞳が輝き、顔立ちもすっきりと整っている。美しい容姿に加えて、人を寄せ付けない冷たい態度といつも変わらない無表情な顔がさらに魅力を引き立てていた。その外見に違わず、正義感や責任感が強く、勉学も優秀で、高位貴族の子息にありがちな親の脛をかじってチャラチャラしている者達と一線を画していた。
彼の目に少しでも映りたくて、アンジェリカも一生懸命努力して、外見や所作を磨き上げ、勉学に励んだ。少しでもクリストファーと話せた日は、うれしくて、その内容を何度も反芻した。
クリストファーの伴侶になりそうな高位貴族の令嬢の中で、アンジェリカは容姿も優秀さも飛びぬけていた。クリストファーの婚約者になれることを疑っていなかった。婚約者となり堂々と隣に立てる日を心待ちにしていた。それなのに、婚約者になったのは伯爵令嬢であるアイリーンだった。ずっと自分のものだと思っていた彼の隣は他の女のものになった。
「学園の入学試験で、スコールズの娘に負けたそうだな? それが決め手だったそうだ。新しい風を入れたかったそうだ。……まだ、わからないからな。伯爵家の小娘なんぞ、隙を見つけて追い落とせ、わかったな、アンジェリカ。公爵夫人になるのはお前だ」
父に言われて、アンジェリカは悔しくてギリギリと歯をかみしめる。
社交界では、アイリーンの美しさと優秀さが噂になっていたが、アンジェリカはどこかアイリーンを侮っていた。少し脅したり、嫌がらせをすれば音をあげるかと思ったのに、男女問わず魅了していき、その信望者達に阻まれる。本人に苦言を呈しても、おっとりとした外見とは違い、なかなか図太い。
なにより、アンジェリカを焦らせたのは、クリストファーの態度だった。ずっとクリストファーを見ていたアンジェリカにはその変化がわかった。一見、義務感から婚約者として最低限の事をしているように見えた。エスコートは最低限だし、独占欲を露わにして自分の髪や瞳の色をアイリーンにまとわせることもない。
いつも表情を変えない彼が、アイリーンの隣にいるときは、目尻が少し下がったり、頬がほんのりゆるんだりしている。他の人は気づかないであろう、わずかな表情の揺れ。決定的だったのは、歌劇の観劇でかち合った時で、遠目から見た公爵家のボックス席で目を輝かせて観劇するアイリーンを歌劇を見ることなく、うっとりと見つめていた。
そして、自信のあった学業でもアイリーンに勝つことはできなかった。外見、所作、学業、人望、そしてクリストファーの寵愛、全てを持っていた。彼女には死角がなかった。アンジェリカの自信がガラガラと崩れていく。
「時を待つんだ。完璧なものほど崩れる時は早い。公爵夫人になるのは、お前だ、アンジェリカ」
それなのに、父は未だにレッドフォード公爵家に食い込む野心を捨てられずに、アンジェリカは彼への恋心を諦めることすら許されない。ままならない現実にどこか疲れ切っていたんだと思う。とある夜会で、彼に似た面影のある既婚者と寝た。父に内緒で避妊薬を手に入れ、それからは寂しさを埋めるように、色々な人と関係を持った。それでも一時の温もりは得られても心は満たされなかった。
学園の卒業式、結婚式……とクリストファーとアイリーンがきらきらと輝き称賛されるのを他人事のように見守った。そろそろ、父も諦めて、自分の進退も決まるだろうと覚悟を決めた頃、父に呼び出された。そこにはなぜか渋い顔をしたレッドフォード公爵とほほ笑むレッドフォード公爵夫人がいた。
「アンジェリカ、喜べ、お前は今日からレッドフォード次期公爵の秘書になった。ゆくゆくは第二夫人になれることは約束されている。しっかり務めるんだぞ」
公爵夫婦からも父からも、詳しい説明も、懇願も謝罪もなく、アンジェリカは公爵邸へと連れて行かれた。そこには、新婚だと思えないほど、憔悴したクリストファーがいた。こんな時なのに、久々に彼を近くで見られたことに、胸がときめく。
「こんなことになって申し訳ない。アンジェリカ、君の力が公爵家には必要なんだ。力を貸してほしい。こちらも君が不自由なく暮らせるように手筈を整えるから、なんでも言ってほしい」
次期公爵がこんなに簡単に人に頭を下げてはいけない。そんな事はクリストファーも承知だろうに、謝る誠実さにまた、胸がきゅっと苦しくなる。なにがあったのかはわからないが、アイリーンが次期公爵夫人の座から転落し、アンジェリカが選出されたのだろう。もしかしたら、このままクリストファーを支えていったら、歩み寄って、愛し愛される夫婦になれるかもしれない。アンジェリカの胸に小さな希望が灯った。
公爵夫人から、昼間は公爵夫人の仕事をし、夜は閨を共にするように言われた。子どもができたら、結婚して第二夫人になれるらしい。侍女達にぴかぴかに磨き上げられて、顔がにやけるのを止められない。父の言う通りだったわ。本当にクリストファーと夫婦になれるかもしれない。こんなことなら、簡単に純潔を捨てるんじゃなかった。
「母から聞いているかもしれないが、今日から閨を共にすることになった。結婚したわけでもないのに、すまない。できるだけ、痛みのないようすぐに終わらせる」
浮かれる気持ちで寝室に向かうと、クリストファーは隙なく夜着をまとい、アンジェリカに告げた。その表情は他人に向けるのと変わらないいつもの冷めたもの。露出の多いランジェリーに、艶のあるテロンとしたガウンを羽織ったアンジェリカはとたんに自分が恥ずかしくなった。
「もし、気分が乗らないなら、今日はなにもしない。君の心の準備ができるまで待つよ」
アンジェリカの一瞬の沈黙を別の意味に取ったのか、クリストファーが言葉を続ける。この人は、どれだけ恋焦がれていたのかわかっていない。肌を合わせることをどれだけ楽しみにしていたのかわかっていない。怒りに駆られて、アンジェリカはクリストファーの前をくつろげると、クリストファーのものを取り出して、舐めようとした。
「やめてくれ!」
悲鳴のようなクリストファーの声が響き、アンジェリカの体が押しのけられる。そこにはアンジェリカへの明らかな拒絶があった。
「すまない。あまり、こういった親密な行為は得意ではないんだ。大丈夫ならはじめてもいいか」
アンジェリカは呆然として、頷いた。
クリストファーはキスをすることも、お互いのガウンや夜着をはだけさせることもなく、アンジェリカを反転させると、背後から少しアンジェリカの入口を指でほぐすと、そこに潤滑油を塗り込み、自分のものをしごいて入れた。沈黙のうちに、クリストファーが腰を振り果てた。キスもない、前戯もない、肌の触れ合いもない。ただ機械的な行為だった。夜を共にしたのに、アンジェリカから距離をとり背を向けて眠る彼を見て、余計に距離が遠くなったように感じられた。
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