【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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番外編

周りで見守る人達の話① side アン(アイリーン専属侍女)

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レッドフォード公爵家の暗部の者達の暮らす村で、ひそやかにアイリーン×クリストファー夫婦見守る人達の話。一話。アイリーンの専属侍女のアン視点。Rはなし。
――――――――――――――――

 「ダンさーん、今回はアタシ一人で余裕でしたー」
 闇夜の中、ぶんぶんと手を振り、アンは通る声で告げた。騎士のアレクがぐるぐるに縄で巻かれた人とおぼしき物体を肩に担いで、アンの後ろから続く。

 「ほう、今回も出番なし、ですか」
 黒装束の家令のダンが大刀を下ろしてつぶやく。同じく黒装束のタニアもどこからか姿を現した。弓を構えて警戒していたのだろう。

 「最近、小物ばっかっすね。次から次へと虫のように湧いてくるなー。たぶんただの冒険者風情で奥様に懸想してつけまわしていただけっぽいっすよ。隙だらけで、アンが手刀で気絶させて終わりでした」
 アレクはどさりと男を目の前に放り投げるように落とし、アンの代わりに報告してくれる。

 「ほーんと、あの夫婦は自分達がどれだけ人を惹きつけるのかわかってるんですかねー」
 アンは、目の前で縄でぐるぐる巻きにされている男を見て、ため息をついた。

 「旦那様はともかく、奥様はここがレッドフォード公爵家の暗部の者達が暮らす村だということもまだ、半信半疑ですからねぇ」
 ダンが眉間の皺をもみほぐしながら言う。

 「屋敷に戻る」
 タニタは言葉少なに告げると、姿を消した。

 「ほんとにタニアさんは奥様命ですね」
 「まぁ、お子様を身ごもっているし、念には念を入れたいんだろう。だいたい、アンだって、奥様警護の争奪戦に参加して、専属護衛をしているじゃないか」
 からかうように言うアンに、ダンが言葉を返す。
 「奥様、見た目だけはいいですから! それだけですう!」
 「まぁ、あの姿を見たら誰でもほだされるだろう。初めの印象が最悪だっただけにな……」
  むきになるアンに、アンの恋人でもあるアレクがフォローしてくれる。アンの脳裏に、アイリーンがこの地にきてからのことがよぎる。

 初めは、高位貴族の夫人が僻地に幽閉されたらこうなるだろうと予想されるような高慢でヒステリックな態度だった。静かなこの村で粛々と鍛錬したり、仕事の疲れを癒している面々は余分な仕事が増えたことに、はじめ不満だった。その分、給金を上乗せされたので、渋々、淡々とアイリーンの面倒を見た。

 面倒くさいので、一線を越えると容赦なく薬を打った。予想外だったのは発狂した後に、生きる気力をなくしたことだ。ここにいる者達は人を大人しくさせたり、傷つけたり、時には殺すことには長けていたが、人を生かす術は知らない。

 病気療養という名目だが、アイリーンのしたことは公爵家にとって許されざることであり、もし、アイリーンが衰弱して亡くなっても咎められることはないだろう。だが、なぜかそんなアイリーンが弱っていくのを見逃すことはできなかった。

 ダンやタニアや神父の尽力で生きる力を取り戻したアイリーンはまるで別人のようだった。静かに穏やかに暮らすアイリーンの変化にこの村の者達は心動かされた。

 アイリーンは自分は邸に仕える者から距離を取られていると勘違いしていたが、タニア以外にアイリーンの世話と護衛を専属でする侍女を決めるときには争奪戦となり、実力で勝ち取ったのがアンなのだ。

 アイリーンがこの地に来て、ヒステリーを起こしたり発狂したり、死んだようにいきている間も、第二夫人であるアンジェリカの実家の侯爵家から暗殺者が次々に仕向けられてきて、高位貴族の闇を感じた。もちろん、全て返り討ちにして、暗殺者の首を毎回、侯爵家に送りつけたら、暗殺者が来ることはなくなった。

 公爵家の暗部の者達が暮らす村ということは公表されていないので、商人や冒険者など、人との交流がまったくないわけではない。質素な格好をしていてもなお美しいアイリーンによからぬ思いを抱く者は後を絶たなかった。それは紆余曲折をへて、クリストファーが隣に夫としているようになっても変わらない。

 「まー、退屈しなくていいっすけどねー」
 「お子様が生まれたら、また大変そうだな……」
 アレクが軽口をたたく横で、ダンがため息をつく。

 「お二人の子どもだったら、超可愛いですよねー楽しみー。また専属護衛の争奪戦が起こりそうね!」
 「まったく、アンは呑気でいいですね。まずは旦那様から鍛えなおしますか」
 「ああ、そういえばこいつどうします?」
 「ひんむいて、隣町の冒険者ギルドの前に転がしておいて下さい。うちの焼き印の入った布を巻いておけば通じるでしょう」
 「はいはーい」
 ダンからの指示を受けて、アレクが馬に荷物のように男を括りつけて、去って行く。

 「さ、我々も配置に戻りますよ」
 「はーい」
 ダンの言葉にアンは軽い調子で言葉を返す。
 「あんな姿を見ちゃったらね……」
 年若く職務には忠実だが、余分な仕事はしない主義のアンがアイリーンの専属護衛に立候補した時は周りの者達も驚いていた。周りの者達に問われたら答えているように、アイリーンの外見はアンの好みの美しさだ。子どもの頃に読んだ絵本のお姫様にそっくりで、思わず守りたくなってしまうくらいに。

 でも、アンを惹きつけてやまないのは、アイリーンの持つアンバランスさと不器用さだ。

 美しい外見を持つのに、中身が醜悪で空っぽだった。激しい感情を露わにし、暴れ叫んだかと思ったら、生きる気力をなくした。なんとか生き延びて静かで慎ましやかになったと思ったら、夫に蹂躙され、それでもそれを受け入れられる器を示し、折れない図太さを見せる。体で繋がるのは平気なのに、少し心を許されると頬を染める。普段は太々しい態度を取るくせに、なにかの折りにはひどく脆く、自分の命を軽んじる。

 「まー、タニアさんと私が付いてたら、簡単に死なせないけどね」
 クリストファーの叔父にナイフを突きつけられた時に、指輪の毒を口に含んだ時には驚いた。アイリーンのクリストファーへの強い思いに。もちろん、指輪の毒はとうの昔に無害な物に入れ替えられていて、喉がヒリヒリするくらいの効果しかなかったのだけど。その一途な行為は、さらにこの村でアイリーンのファンを増やした。

 クリストファーと共に暮らし、子どもを身ごもった今、もう自分を傷つける心配はなくなったけど、アンのアイリーンへの忠誠は変わらない。

 「まったく世話が焼けるんだから」
 アンは軽い足取りで、自分が一生仕えると決めた、美しくて、男の趣味が悪くて、毒舌で、大らかな愛すべき主人のもとへと帰って行った。

【sideアン end】
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