【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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2 夫と再会した後の私のそれから

19 二度目の結婚式

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 小さな教会で、やわらかい笑みを浮かべる神父を前にして愛を誓うクリストファーを横目で見る。クリストファーがこの村に来る時は、少しでも時間を短縮するため馬を自ら駆ってきたので、乗馬服だった。クリストファーが正装しているのを見るのは、前回の結婚式以来かもしれない。公爵家のあれこれを片付けてこの村にクリストファーが来てから3か月くらい経った。くたびれて暗い影のあった顔は、すっきりしていて、表情も柔らかい。再会したときのような暗さも重さもない。アイリーンと同様に簡素な白の衣装だが、精悍で凛としたクリストファーに白が映えている。

 「なんだ、私に見惚れているのか?」
 「うん」
 「やけに今日は素直だな。私のアイリーンも綺麗で可愛いよ。後で婚礼の衣装のまま抱くから」
 隙あらばクリストファーを見つめるアイリーンに気づいたクリストファーが小声で話しかけてくる。せっかく皆が用意してくれたから汚しちゃいけないと思うのに、婚礼の衣装を乱して抱き合う自分達を想像して、頬が赤らむ。クリストファーがぴしっと着ているシャツを乱している姿はとても色っぽいだろう。
 「ダメって言わないんだな。想像しちゃった? アイリーン、そんな可愛い顔をしてると、今すぐに食べたくなる」
 クリストファーを惚けたように見ていると、神父の咳払いが聞こえる。アイリーンの番になり、慌てて、誓いの言葉を述べる。アイリーンはクリストファーのものだった。これからは、クリストファーもアイリーンのものだ。もう誰かと彼を分かち合わなくてもいい。その事実が染みてきて、少し涙ぐむ。クリストファーがそっと、アイリーンの指先を握った。アイリーンがクリストファーを想う気持ちを素直に現せるのはクリストファーが眠っている時と体を繋げている時だけだった。これからはいつだって、堂々とその気持ちを告げていいのだ。

 アイリーンとクリストファーが誓いを終えて、皆の前に立つと、祝福の歌が響いた。参列している村人達が聖歌隊に所属している人もそうでない人も子どもも大人も皆、歌っている。アイリーンの瞳から涙が零れた。アイリーンとクリストファーは村人達の祝福の歌に包まれて新しい一歩を踏み出した。

◇◇

 簡素な式を上げた後、公爵家の別宅の庭でお披露目のパーティーが行われた。庭の片隅ではダンがいつものように設置されたコンロでせっせと野菜や肉や魚を焼いている。その様子に興味津々な子ども達が行列をなしている。別宅の使用人だけでは手が足りなかったので、村人達も協力してくれて、テーブルにはさまざまなお祝いの料理やお菓子が並んでいて、なかなか盛況だ。

 「ふふっ、本当にお祭りみたいね」
 「楽しそうだね、アイリーン」
 「うん、とっても」
 皆が良く見えるベンチでクリストファーと二人、寄り添って、食べたり飲んだりして楽しんでいる村人達を見守る。

 「未だに信じられないわ……」
 いつもはあまり表情を変えない村人達の楽しそうな様子を眺めて呟く。アイリーンの隔離されていたこの村はレッドフォード公爵家の暗部の人材を育て、仕事をしていない時に暮らしている村らしい。どうりで小さな村だけど、静かで淡々としていて統率がとれているわけだ。アイリーンやクリストファーが問題のある行動をしても、下世話な噂が流れる事もないし、対応が変わらないのはそのせいだったのだ。だから、死んだことになっているアイリーンとクリストファーの身の安全や、秘密は保持されるらしい。文句のつけようのない待遇に公爵家の力と財力に感謝した。アイリーンとクリストファーは、この村の教会や孤児院の運営や仕事を今は任されている。結局、アイリーンの生活は前とさほど変わらない。クリストファーが隣にいてくれること以外は。

 「アイリーン、結婚おめでとう」
 子どもの声がして、そちらを見るとにこにこと笑顔を浮かべたヨランダがいる。
 「ありがとう、ヨランダ」
 村の子ども達は祝福の歌を歌った後に教会から出て来たアイリーンとクリストファーに一番にお祝いの言葉を贈ってくれた。今、子ども達はダンの焼く肉や魚や、テーブルに並んだお祝い用の料理やお菓子に夢中になっている。孤児院の子ども達の中でアイリーンに一番懐いているヨランダはわざわざ、もう一度アイリーンにお祝いの言葉を言いにきてくれたのだろう。その気持ちがうれしくて、アイリーンは思わずヨランダを抱きしめた。
 「ふふ、アイリーン、今日も綺麗だね。お花みたいないい匂いもする!」
 アイリーンの腕の中でヨランダはくすぐったそうに身をよじった。
 「あのね、アイリーン、私決めたの」
 ヨランダの真剣な声の調子に、アイリーンはヨランダを解放して、その顔を見つめる。
 「なにを?」
 「私もアイリーンのおつきの人になる!」
 「え?」
 てっきり、アイリーンの花嫁姿に感化されて、将来お嫁さんになる!という言葉が続くと思ったアイリーンは驚いた。
 「アンやタニアみたいに、アイリーンを守る一翼になるんだー」
 まるで、お花屋さんになるんだーみたいな調子で将来の夢を語っているが、なにかがおかしい。十歳児が御付きの人とか一翼という言葉を知っているものだろうか? 確かに暗部の人達が暮らす村だけど、小さな子ども達にもそんな教育をしているんだろうか? 
 「成人するまでは暗部の教育はしない。将来色々な選択肢がとれるように身体的なものも含めて、かなり鍛えてはいるけど」
 困ったようにクリストファーを見ると、首を横に振って補足してくれる。
 「えーと……、ヨランダ。気持ちはうれしいわ。でも、御付きの人にならなくても、私とヨランダはずっと友達だし、今自分の将来を決めなくてもいいんだよ。世界は広いし、ヨランダは自由なんだよ。仕事だってたくさんある」
 「ねぇ、アイリーン、気づいてる? アイリーンの周りの人のこと」
 「周りの人……?」
 アイリーンの月並みな言葉にも、動じずヨランダはにこにこして続ける。
 「アイリーンが来てから、みんな変わったんだよ。アンさんは仕事はできるのにいつも退屈そうだった。でも、アイリーン付きになってから、生き生きして楽しそう。ダンさんは変わらないけど、タニアさんはいつも厳しくて話しかけづらい雰囲気がずいぶん和らいだ。それを見るダンさんもうれしそう。クリストファーだって、怖くてくたびれてたのに、なんか若返ってキラキラしてきたし」
 村人達は子ども達も含めて、以前はクリストファーをご当主様と呼んでいたが、この村に来てからクリストファーと呼ぶように通達している。
 「きっと、アイリーンといると世界が豊かに見えるんだよ。だから、私もアイリーンの傍にいさせてよ」
 それは、どんな祝福の言葉よりアイリーンに響いた。返事もできずに涙ぐむアイリーンと「約束だよ」と言って握手をするとヨランダは子ども達の方へ駆けていった。

 「私は、アイリーンが私自身に興味がないのを知っていたよ」
 「え?」
 「あの頃のアイリーンの目は、私を見ていなかったよね。他の私に群がってくる女達はなんらかを私に求めていた。それは、容姿だったり、権力だったり、お金だったり、様々だけどなんらかの欲を持って私を見ていた。でも、アイリーンは私になにも求めていなかったよね」
 「……うん。ごめんなさい。クリストファーはただ私を輝かせてくれる存在ってかんじだったの」
 「それでもよかったんだ。君の美しい外見や柔らかい雰囲気が好きだった。確かに内面は傲慢で高慢ちきだったのかもしれないけど。いつも君はご機嫌で楽しそうだった。ただ、隣でそれを見ているだけで満たされたんだ」
 「……あの頃のクリストファーって、公爵家のことと、勉強や鍛錬や自分を常に高みに押し上げることに努力を惜しまなくて、孤高で。一体、なにが楽しいのかしらって思っていたわ。なにを励みにして生きているんだろうって」
 「私の心の中には幼い頃からずっとアイリーンがいたよ。初めて見た日から。外側しか見ていなかったのかもしれない。それでも、君は私のよすがだったんだ。ずっと。本当は私がどこかで君を手放していれば、君はそのままで幸せになれたのかもしれない。でも、ずっと君だけは手放すことができなかったんだ」
 「仕方ないわよ、それだけ私が魅力的なんだから」
 「今は生意気で可愛げがなくて素直じゃなくて、意外と手先が不器用なところも好きだ」
 「それ、褒めてるの……?」
 「ははっ。褒めてる褒めてる。今のありのままのアイリーンを愛してるよ。今までも、これからもずっとアイリーンが好きだ。幼い日の自分は間違ってなかった。ヨランダの言う通りだ。私もアイリーンといるとこの世界もそんなに悪くないと思える」
 クリストファーの告白にアイリーンはたまらなくなって、抱き着く。クリストファーも強く抱きしめ返してくれた。
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