【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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2 夫と再会した後の私のそれから

11 小人の妖精が願いを叶える夜

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 「奥様ぁ、本当に出かけなくていいんですか? せっかく可愛い格好してるのに」
 「えっ? だって、毎年お祭りの日は家に籠ってるじゃない」
 「よかったら、私とアレクと一緒に回りません? 奥様の好きそうなお菓子の屋台とかも出てますよ」
 「いいわ。私が出かけるとなると護衛だとかなんだとかみんな大変になるし。せっかくの恋人同士のデートを邪魔したりしないわよ。ご飯も簡単なものでいいし、最低限の護衛とかがいれば、私は大丈夫だから皆にも楽しむように伝えてちょうだい」
 王都で社交シーズンが始まってもこの村では特に変わりはない。ただ、神出鬼没に現れていたクリストファーがぱったり来なくなっただけだ。クリストファーが訊ねてくる前の生活にアイリーンは戻った。教会や孤児院の手伝いをして、聖歌隊の皆と歌の練習をする。ただ、どこか沈み込みがちなアイリーンをアンは気遣ってくれたのだろう。周りの者に気を使わせるようでは主人失格だ。アイリーンは努めて明るい調子で言った。

 村は年に一度のお祭りの日だ。いつもは淡々としていて静かな村人達だが年に一度のお祭りの日はどこか浮かれたような空気が漂う。この日は小人の妖精が現れる日と言い伝えられていて、ささやかな願いを叶えてくれるという。数週間前から村のそこかしこに小人の人形が飾り付けられている。このあたりでは有名な風物詩で、普段あまり外界と交流のないこの村にも多くの観光客が訪れる。「こんな日くらい腕を奮わせてください」と言うアンに押し切られて、だいぶ前にクリストファーから贈られた薄いピンク色のワンピースを着ている。出掛ける事もないのに、薄く化粧もしてくれて、髪の毛も可愛くアレンジしてくれている。

 「タニアやダンも、今日くらい楽しんでこればいいんじゃない?」
 「いえ、賑やかなのはタニアは苦手でしてね。例年通り、庭でキャンドルでも灯してゆっくりご飯でも食べましょう」
 ダンの言葉にタニアも頷いている。使用人達の気づかいで屋敷も可愛く飾りつけられ、そこかしこに小人の人形が顔をのぞかせている。
 「ありがとう。それなら、お言葉に甘えるわ。アンも若いんだから楽しんでらっしゃいよ」
 「わかりました。奥様もよい夜を。なにかおいしそうなものがあったら、お土産買ってくるんで」
 アンはどこか後ろ髪ひかれるような様子でいたけど、恋人で騎士であるアレクに声を掛けられると出かけて行った。

 ダンが庭に設置されたコンロで野菜や肉を焼いてくれる。ダンはこういった特別な日などにこうして料理を振る舞ってくれる。初めて見た時はその調理方法に驚いたけど、慣れた今ではアイリーンも大きく口を開けて、料理にかぶりつく。
 「ははは、いい食べっぷりですな」
 キャンドルの炎が優しく灯る中で、ダンとタニアとゆっくりと料理を楽しんだ。いつもは控えているワインを一杯だけ飲んだ。アイリーンは十分に満たされていて幸せなのだから、これ以上を求めてはいけない。自分を戒める。

 食後のお茶を楽しんでいると、ダンがおもむろに季節の果物の乗ったタルトを用意してくれた。
 「え? ケーキ? すごい! どうやって用意したの?」
 「旦那さまからの差し入れです。正確に言うと近くの街で調達するよう指示されたんです。さすがに鳥もケーキは運べません」
 「クリストファーから?」
 「ええ。メッセージカードもついていますよ」

 『良い夜を。私への感謝を忘れるな。 C』
 こんな日でも、相変わらず尊大さがうかがえるメッセージにアイリーンは思わず笑ってしまう。
 「本当にマメねぇ……」
 こんな夜くらい忘れさせてくれればいいのに……少し切ない思いに浸りながら、味わってタルトを食べる。瑞々しい果物が口の中ではじける。果物と甘いカスタードとサクサクのタルト生地を存分に味わった。

 「まったく、罪な男ですねぇ」
 どこからか現れたのか神父が隣からアイリーンの持つメッセージカードを覗き込む。神父といい、クリストファーといい、気配もなく突然現れるので、アイリーンはあまり驚かなくなった。神父はレッドフォード公爵家に縁のある人らしく、この邸にも出入り自由なようで、諫める人は誰もいない。

 「神父様は、お祭りはいいんですか?」
 「ええ、僕も賑やかなのはちょっと苦手でね」
 「神父様も御一ついかがですか?」
 「お言葉に甘えて、ご相伴にあずかりましょう」
 ダンがアイリーンの隣の席を整えて、神父の分のタルトを用意する。タニアが皆の分の紅茶を淹れなおしてくれた。

 「奥様はこんな賑やかな夜に一人でさみしくないですか?」
 「大丈夫よ。タニアとダンも一緒にいてくれるし」
 「ご当主様にも会えないし、人恋しくなったりしませんか?」
  ゆらゆらと炎が揺れるキャンドルごしに神父が妖艶な流し目で問いかけてくる。
 「別に。私は一人で大丈夫」
 「本当に? さみしくなったらいつでも慰めてあげますよ」
 アイリーンが閨事を知ったせいか、神父のいつもの軽い言葉が卑猥な響きに聞こえて頬を赤くして、首を横に振る。
 「ごめんなさい。疲れてしまって。私はもう部屋にいくわ。神父様はゆっくりしていって下さい」
 「そうですか……それは残念ですね」
 さみしくないなんて嘘だ。人恋しいけど、アイリーンが求めるのはクリストファーだけだ。一週間に一度だって足りない。あのぬくもりが本当は毎晩欲しい。でも、アイリーンにはそれを求める権利などない。一人寂しく生きていくのだ。社交シーズンが終わってもクリストファーは来ないかもしれない。アンジェリカとの仲が修復するかもしれないし、アイリーンより若くて可愛くてスタイルもいい子を捕まえてそちらに夢中になっているかもしれない。

 所々にキャンドルが灯されて、飾りつけられた廊下でアイリーンは立ち尽くした。なんとか部屋まで我慢しなくちゃ、と思うのに涙がこみ上げてきて止まらなくなってしまう。やはりお酒を飲むべきではなかった。いつもより自分の感情をコントロールできない。子どものように声をあげて泣き出したアイリーンをタニアは静かに見守った。タニアの大きくて筋ばった手が背中をやさしく撫でてくれる感触がする。なんで、アイリーンはこんなにも温かく自分に寄り添ってくれる人がいるのに、ここにいない人を求めてしまうんだろう? クリストファーと婚約している時は人の称賛ばかりを求めたくせに、今はクリストファーを求めるなんて自分はなんてひどい人間なんだろう。

 「アイリーン、どうした? どこか痛いのか?」
 一瞬、会いたいと思った自分の見せる幻想かと思った。後ろにダンと侍従を引き連れたクリストファーが正面から足早に歩いてくる。まだ涙の残るアイリーンの頬を両手でクリストファーが包む。

 「なにかあったのか?」
 あまりの驚きに涙も引いて、ただクリストファーの疲労の残る顔を見つめる。顔を横に振った。クリストファーの瞳に本当にアイリーンを慮っている気配を感じて、アイリーンの瞳からまた涙が滲んでくる。

 「タルトはお気に召さなかったのか?」
 「おいしかった。ありがとう」
 目線を合わせないアイリーンの頬をクリストファーは優しく撫で続ける。
 「公爵領でちょっとトラブルがあって、こっちに来たついでに寄ってみたんだ。すぐに出ないと行けないけど……。アイリーン、本当に大丈夫なのか? 私が贈ったワンピースを着ているのか? なかなか似合ってるじゃないか」
 「……うううぅ―――」
 「なんだなんだ。そんなに私に会えてうれしいのか?」
 我慢できずに泣きだしたアイリーンを、クリストファーはただ抱きしめてくれた。その感触にアイリーンは身を任せた。再会したときのように蹂躙して慰みものにして、物のように扱ってくれたらいいのに。こんな風に優しくしないでほしい。『今日はこの別宅に泊まって行けばいいのに』そんな言葉が口から出そうになる。幽閉した第一夫人にしょっちゅう会いに来ているだけでも問題なのに、泊まることなんてできないだろう。クリストファーはアイリーンが泣き止むまで、ただ黙って抱きしめていてくれた。

 「明後日くらいに、帰り路にもまた寄れたら寄るから」
 別れの挨拶にしては深いキスをするとクリストファーは去って行った。こんな夜に会うためだけに来てくれるなんて、普通にクリストファーに愛されているような錯覚をしてしまう。きっと自分は障害がある状態に酔っているだけなんだろう。叶わない、だからこそ求めてしまうのだろう。その日の夜は久々になかなか寝付けなかった。

◇◇

 翌日も、その次の日もアイリーンは一日中そわそわしていた。来るかも、でも、来れないかも……心が揺ら揺ら揺れる。

 「アイリーン」
 庭でぼんやり花を見つめていると、後ろから抱きしめられる。抱きしめられたまま、振り返って斜め上にあるクリストファーの顔を見ると、ひどく疲れた様子だ。また、アイリーンに会うために無理をしたのだろうか?

 「さすがに疲れた。アイリーン、膝枕して」
 おとなしく近くのベンチに座り膝を貸す。クリストファーの侍従が暖かそうな上掛けをもってきて、クリストファーにそっとかける。
 「アイリーン、歌って」
 「え? ここで? 今?」
 「うん。なんでもいい。いや、この前教会で歌ってたやつがいい」
 「最近、あんまり練習してないんだけど……」
 クリストファーが会いに来なくなってから、少し家に引きこもりがちになっていた。以前はあんなに楽しかった歌の練習にもあまり身が入らない。恥ずかしいけど、恐る恐る歌いはじめる。歌い始めるとその世界に没頭して、夢中になって歌った。こころなしか、クリストファーの眉間の皺が少しゆるんだ気がする。アイリーンが歌っているうちにクリストファーは眠ってしまったようだ。この時間がずっと続けばいいのに……、今日も綺麗に晴れ渡っている空を眺める。歌い終わった後もクリストファーのサラサラの髪を撫で続けた。

◇◇

 『お前の歌も極上だ。 C』
 予定していなかった訪問なのに、やはり翌日にはクリストファーからメッセージカードが届いた。アイリーンは誰から褒められるよりもうれしかった。自分の歌にクリストファーを少しでも癒す力があるなら、とまた歌の練習に励むようになった。
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