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2 夫と再会した後の私のそれから
9 受け取ってもらえない贈り物
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『お前の顔と体は極上だ。 C』
「贈り物は止めるよ」そう宣った夫は、翌日に贈り物ではなくメッセージカードを送ってきた。カードを胸に頬を赤らめ、アイリーンはしばらく立ち尽くしていた。
「奥様―、チョロすぎますってぇ。目ちゃんと付いてます? メッセージちゃんと読みました? 最悪じゃないですか。なのになんで、乙女モードになってるんですか?」
そんなアイリーンに、アンから厳しい言葉が飛んでくる。
「わ、わかってるわよ。本当に、あの男ってサイテーよね。でも、はじめてなの、メッセージカードとか手紙を彼からもらうの」
「えー、もっと最悪なんですけどー。だめですよ、そんなものぐらいでほだされちゃ」
「うん、わかってる。わかってる。あの人は私のこの極上の体だけが目当てなんでしょ? わかってるってば!」
「そんな事言って、顔を赤らめちゃって、恋する乙女じゃないですかー! しっかりしてくださいよ」
そうやって、言いつつも口元が緩んでしまう。一日中、事あるごとにメッセージカードを取り出して、クリストファーのお手本のような綺麗な筆跡を眺めてしまう。アイリーンもなにか棘のある皮肉を込めたメッセージカードを送りたいが、本宅にそんなものを贈る権利はアイリーンにはない。一つため息をつくと、名残惜し気にメッセージカードを眺めて、衣装部屋の空っぽのアクセサリーケースにカードを仕舞った。
◇◇
「私がクリストファーに贈れるものってないのかな……」
客間にあるガラス張りの飾り戸棚を前にして、アイリーンはつぶやいた。立派なガラス張りの飾り戸棚には、クリストファーから贈られた小さな贈り物が綺麗に陳列している。クリストファーから贈られた物を使うこともできず、部屋の見えない所にしまいこんでいるのを見かねたタニアやアンが、客間の飾り戸棚に綺麗に並べてくれたのだ。
ブドウ味の飴が入っていた瓶。小さなうさぎのぬいぐるみ。星のモチーフの髪飾り。透かし模様の入った栞。レースのリボン。ガラスのペン。それと対になった空色のインクの瓶。星空の絵が綺麗な絵本。空色のおはじき。宝石の原石。
クリストファーはなぜ、アイリーンが好きだったものを知っているのだろう? 婚約するまでは、まともに話したこともないし、他の人を見るのと同じようにアイリーンを見る目も冷たかった。
「クリストファーに好きなものがないなら、今、必要なものがいいのかしら?」
でも、公爵家当主のクリストファーの持ち物に不足しているものはないだろうし、なにかを買うにしても結局、公爵家のお金を使うことになる。
「あれならいいかも!」
クリストファーは、いつも隈をつくっている。ダンもよく眠れていないようだと言っていた。アイリーンのベッドで一緒に眠った時にアイリーンの愛用しているラベンダーの香りが落ち着くと言っていた。アイリーンの愛用しているラベンダーの香り袋はタニアのお手製だ。一体どうやって作るのかアイリーンにはさっぱりわからないけど、タニアに教わればきっと作れるだろう。アイリーンは早速、そばに控えるタニアに相談した。
◇◇
「すまない、アイリーン。これは受け取れない」
前回の訪問からきっちり一週間後に現れたクリストファーに意気揚々とラベンダーの香り袋を差し出す。いつもアイリーンを悪し様に言う時やからかう時には表情が変わらないのに、苦しそうに歪むクリストファーの顔を見て、アイリーンはまたなにか失敗したのだと悟った。
「そうだよね。こんなもの、いらないよね。ごめんなさい、よく考えればよかった……」
アイリーンは浅はかな自分が嫌になった。クリストファーに必要なのはアイリーンの体であって、気づかいなど不要なのだ。ラベンダーを乾燥させたものはタニアから分けてもらって、ラベンダーを入れる袋をタニアに叱咤激励されながら縫った。アイリーンは手先があまり器用でなく、刺繍も苦手でずっと避けていたので、下手くそだ。それでも、クリストファーがどんな反応をするか楽しみで、一針一針縫うのは楽しい作業だった。ラベンダーの香り袋ごと、自分の手先の傷を隠すように後ろ手にまわす。
「違う。形あるものは本宅には持ち帰ることはできないんだ。この別宅の客間に置いておいてくれないか? 私の体を心配してくれたんだろう? ここに来るようになって、夜もちゃんと眠れるようになったんだ。今日は少し横になりたい。添い寝してくれるだろう?」
クリストファーは、アイリーンの手からそっとラベンダーの香り袋を取り上げると、その香りを嗅ぐ。
「うん、今すぐにでも瞼が落ちそうだ。そうなる前に客間に行こう」
クリストファーはアイリーンの手を引いて、客間へと誘う。アイリーンは涙の滲んだ顔を見られなくて、ほっとした。再会してからのクリストファーは口を開けば、アイリーンを悪し様に言うし、意地悪な事ばかり言う。でも、行動やアイリーンに触れる手が優しいから、アイリーンはいつの間にか勘違いしてしまったのかもしれない。クリストファーは節目節目できっちり、アイリーンに線を引く。それは過去の自分のせいなのだ。その線を越えてはいけない、アイリーンは心に誓った。きっと、その線を越えなければ、隣にいることぐらいできるから。
「アイリーン、眠るけど、早めに起こして。出る前に抱きたい」
客間のベッドでクリストファーに抱きしめられながら、そんなことを言われると胸が弾む。言葉通りすぐに眠りに落ちて、小さな寝息をたてるクリストファーの胸の中で、アイリーンは一人涙をこぼした。
「しまった……。また、寝過ごしたか……起こしてくれと言ったのに……」
クリストファーが急に上半身を起こして、アイリーンは夢うつつにくるまれていたぬくもりがないのがさみしくなった。
「……クリストファー、行かないで……」
半分夢うつつで、ベッドから出て行こうとするクリストファーの服の裾をつかんでしまう。言ってしまった後に、目が覚めたアイリーンは顔を青ざめさせた。
「ふーん……。アイリーンは私にずっと居てほしいんだな?」
「ち、違うわよ! そんなことないわよ。あなたがここにずっと居たら、私の体が持たないわよ! それにクリストファーが公爵家当主として働いてくれないと、私がのうのうと暮らしていけないじゃない!」
クリストファーのいつものからかうような調子の質問に、すごい勢いで返してしまう。
「そういう事なら、おとなしく退散するよ。次回は今回お預けされた分も抱くから。また、来る」
やはり、あっさりと帰って行ったクリストファーを見送ったものの、アイリーンは自分の心を持て余した。今日は一緒に昼寝できたけど、その分時間があっという間に過ぎてしまった。
「アン、この枕部屋に持って行っていい? カバーは洗濯しないで」
「……奥様、けっこう重症ですね?」
「アン、私、今度狂ったらもう正常に戻らない気がするの。その時はあなたの手で止めを刺してくれる? 皆の迷惑になる前に」
「そうなる前に止めるんで大丈夫ですよ」
アイリーンはクリストファーが使った枕を抱きかかえて、アンにお願いした。枕からはクリストファーのミントのような香りとラベンダーの香りがする。タニアにその日の夜だけならよいと許可をもらって、その枕を抱きしめて眠った。いつものことだけど、その夜もぐっすりと眠れた。
『おかげでよく眠れている。 C』
いつものように、翌日届いたクリストファーからのメッセージカードからはほのかにラベンダーの香りがする。
「私の弟が旦那様の秘書をしているのですがね、最近、枕元の香りをラベンダーに変えたそうですよ」
メッセージカードの香りをかいでいると、メッセージカードを渡しに来たダンが話しかけてくる。
「へー、そうなの……眠れるようになったなら、よかったわ」
「一時は眠れないというよりは、眠りたくないかのように、夜中まで執務に没頭していたらしいですよ。最近はきちんと食べて、眠っているようです」
「そう……」
アイリーンの存在やしたことが全ては無駄ではないんだという気がして、アイリーンは少し救われた気がした。
「贈り物は止めるよ」そう宣った夫は、翌日に贈り物ではなくメッセージカードを送ってきた。カードを胸に頬を赤らめ、アイリーンはしばらく立ち尽くしていた。
「奥様―、チョロすぎますってぇ。目ちゃんと付いてます? メッセージちゃんと読みました? 最悪じゃないですか。なのになんで、乙女モードになってるんですか?」
そんなアイリーンに、アンから厳しい言葉が飛んでくる。
「わ、わかってるわよ。本当に、あの男ってサイテーよね。でも、はじめてなの、メッセージカードとか手紙を彼からもらうの」
「えー、もっと最悪なんですけどー。だめですよ、そんなものぐらいでほだされちゃ」
「うん、わかってる。わかってる。あの人は私のこの極上の体だけが目当てなんでしょ? わかってるってば!」
「そんな事言って、顔を赤らめちゃって、恋する乙女じゃないですかー! しっかりしてくださいよ」
そうやって、言いつつも口元が緩んでしまう。一日中、事あるごとにメッセージカードを取り出して、クリストファーのお手本のような綺麗な筆跡を眺めてしまう。アイリーンもなにか棘のある皮肉を込めたメッセージカードを送りたいが、本宅にそんなものを贈る権利はアイリーンにはない。一つため息をつくと、名残惜し気にメッセージカードを眺めて、衣装部屋の空っぽのアクセサリーケースにカードを仕舞った。
◇◇
「私がクリストファーに贈れるものってないのかな……」
客間にあるガラス張りの飾り戸棚を前にして、アイリーンはつぶやいた。立派なガラス張りの飾り戸棚には、クリストファーから贈られた小さな贈り物が綺麗に陳列している。クリストファーから贈られた物を使うこともできず、部屋の見えない所にしまいこんでいるのを見かねたタニアやアンが、客間の飾り戸棚に綺麗に並べてくれたのだ。
ブドウ味の飴が入っていた瓶。小さなうさぎのぬいぐるみ。星のモチーフの髪飾り。透かし模様の入った栞。レースのリボン。ガラスのペン。それと対になった空色のインクの瓶。星空の絵が綺麗な絵本。空色のおはじき。宝石の原石。
クリストファーはなぜ、アイリーンが好きだったものを知っているのだろう? 婚約するまでは、まともに話したこともないし、他の人を見るのと同じようにアイリーンを見る目も冷たかった。
「クリストファーに好きなものがないなら、今、必要なものがいいのかしら?」
でも、公爵家当主のクリストファーの持ち物に不足しているものはないだろうし、なにかを買うにしても結局、公爵家のお金を使うことになる。
「あれならいいかも!」
クリストファーは、いつも隈をつくっている。ダンもよく眠れていないようだと言っていた。アイリーンのベッドで一緒に眠った時にアイリーンの愛用しているラベンダーの香りが落ち着くと言っていた。アイリーンの愛用しているラベンダーの香り袋はタニアのお手製だ。一体どうやって作るのかアイリーンにはさっぱりわからないけど、タニアに教わればきっと作れるだろう。アイリーンは早速、そばに控えるタニアに相談した。
◇◇
「すまない、アイリーン。これは受け取れない」
前回の訪問からきっちり一週間後に現れたクリストファーに意気揚々とラベンダーの香り袋を差し出す。いつもアイリーンを悪し様に言う時やからかう時には表情が変わらないのに、苦しそうに歪むクリストファーの顔を見て、アイリーンはまたなにか失敗したのだと悟った。
「そうだよね。こんなもの、いらないよね。ごめんなさい、よく考えればよかった……」
アイリーンは浅はかな自分が嫌になった。クリストファーに必要なのはアイリーンの体であって、気づかいなど不要なのだ。ラベンダーを乾燥させたものはタニアから分けてもらって、ラベンダーを入れる袋をタニアに叱咤激励されながら縫った。アイリーンは手先があまり器用でなく、刺繍も苦手でずっと避けていたので、下手くそだ。それでも、クリストファーがどんな反応をするか楽しみで、一針一針縫うのは楽しい作業だった。ラベンダーの香り袋ごと、自分の手先の傷を隠すように後ろ手にまわす。
「違う。形あるものは本宅には持ち帰ることはできないんだ。この別宅の客間に置いておいてくれないか? 私の体を心配してくれたんだろう? ここに来るようになって、夜もちゃんと眠れるようになったんだ。今日は少し横になりたい。添い寝してくれるだろう?」
クリストファーは、アイリーンの手からそっとラベンダーの香り袋を取り上げると、その香りを嗅ぐ。
「うん、今すぐにでも瞼が落ちそうだ。そうなる前に客間に行こう」
クリストファーはアイリーンの手を引いて、客間へと誘う。アイリーンは涙の滲んだ顔を見られなくて、ほっとした。再会してからのクリストファーは口を開けば、アイリーンを悪し様に言うし、意地悪な事ばかり言う。でも、行動やアイリーンに触れる手が優しいから、アイリーンはいつの間にか勘違いしてしまったのかもしれない。クリストファーは節目節目できっちり、アイリーンに線を引く。それは過去の自分のせいなのだ。その線を越えてはいけない、アイリーンは心に誓った。きっと、その線を越えなければ、隣にいることぐらいできるから。
「アイリーン、眠るけど、早めに起こして。出る前に抱きたい」
客間のベッドでクリストファーに抱きしめられながら、そんなことを言われると胸が弾む。言葉通りすぐに眠りに落ちて、小さな寝息をたてるクリストファーの胸の中で、アイリーンは一人涙をこぼした。
「しまった……。また、寝過ごしたか……起こしてくれと言ったのに……」
クリストファーが急に上半身を起こして、アイリーンは夢うつつにくるまれていたぬくもりがないのがさみしくなった。
「……クリストファー、行かないで……」
半分夢うつつで、ベッドから出て行こうとするクリストファーの服の裾をつかんでしまう。言ってしまった後に、目が覚めたアイリーンは顔を青ざめさせた。
「ふーん……。アイリーンは私にずっと居てほしいんだな?」
「ち、違うわよ! そんなことないわよ。あなたがここにずっと居たら、私の体が持たないわよ! それにクリストファーが公爵家当主として働いてくれないと、私がのうのうと暮らしていけないじゃない!」
クリストファーのいつものからかうような調子の質問に、すごい勢いで返してしまう。
「そういう事なら、おとなしく退散するよ。次回は今回お預けされた分も抱くから。また、来る」
やはり、あっさりと帰って行ったクリストファーを見送ったものの、アイリーンは自分の心を持て余した。今日は一緒に昼寝できたけど、その分時間があっという間に過ぎてしまった。
「アン、この枕部屋に持って行っていい? カバーは洗濯しないで」
「……奥様、けっこう重症ですね?」
「アン、私、今度狂ったらもう正常に戻らない気がするの。その時はあなたの手で止めを刺してくれる? 皆の迷惑になる前に」
「そうなる前に止めるんで大丈夫ですよ」
アイリーンはクリストファーが使った枕を抱きかかえて、アンにお願いした。枕からはクリストファーのミントのような香りとラベンダーの香りがする。タニアにその日の夜だけならよいと許可をもらって、その枕を抱きしめて眠った。いつものことだけど、その夜もぐっすりと眠れた。
『おかげでよく眠れている。 C』
いつものように、翌日届いたクリストファーからのメッセージカードからはほのかにラベンダーの香りがする。
「私の弟が旦那様の秘書をしているのですがね、最近、枕元の香りをラベンダーに変えたそうですよ」
メッセージカードの香りをかいでいると、メッセージカードを渡しに来たダンが話しかけてくる。
「へー、そうなの……眠れるようになったなら、よかったわ」
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