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2 夫と再会した後の私のそれから
2 ひどいことをした夫から毎日贈り物が届く件
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「で、酷い夫から毎日、贈り物が届く、と。それが今日の告解ですか?」
夫に負けず劣らず美しい男がテーブルに並べられた物を手に取って検分している。
「もう、あなたのせいで、酷い目にあったんだから! 出入りしないでちょうだい。いつ夫が来るかわからないんだから」
いつの頃からか、神父はなぜかこの屋敷に自由に出入りしている。
「私は人と話す事を禁止されてるのよ。あなたのせいで、男を山ほど連れ込んでると思われたんだわ」
「ふふふ、あなたほど清く正しく生きている人もいないというのに、見る目のない人ですね」
「全然、清くなんてないわよ……。ちゃんと今まで通り教会や孤児院に寄付するから、もうここには来ないでちょうだい」
「そんなつれない事をおっしゃらずに。ほら、お茶の一杯くらいつきあってくださいよ」
夫が毎日送ってくる小さな贈り物が載ったテーブルとは別のテーブルにタニアが準備してくれた紅茶が湯気を立てている。それを無駄にするのも躊躇われて大人しくテーブルに着いた。
「彼、一体どうしちゃったのかしら……?」
クリストファーがやって来た翌日の塗り薬の缶に続いて、毎日ささやかな贈り物が届く。貴族令嬢、公爵夫人として傅かれてきたアイリーンの身体にはクリストファーからの暴力のような行為が堪えたのか、蹂躙されてから一週間寝込んだ。やっと起き上がることができるようになったが、まだ傷跡は消えていない。
傷跡や赤黒い痣が残っているので、長袖に長い丈のスカートを履いている。服の下に残る手首の痣を無意識に撫でていた。
瓶に入ったブドウ味の飴。小さなうさぎのぬいぐるみ。星のモチーフの髪飾り。透かし模様の入った栞。レースのリボン。ガラスのペン。それと対になった空色のインクの瓶。星空の絵が綺麗な絵本……
メッセージカードはついていないが、それらは丁寧に包装されて毎日届く。
かつてアイリーンが好きだった物だ。なぜそれをクリストファーが知っているのだろう? 紅茶を飲みながらぼんやり贈り物を眺める。アイリーンの気持ちは複雑で、素直にそれらを手に取って喜ぶことができない。
「どんな気持ちが込められているんでしょうねぇ……酷い事をした後に優しくするってクズな男の常套手段でもありますけどね」
目の前の神父が優雅に紅茶を飲みながら、物騒な事を告げる。
「別にそんな事をして、私を絡めとらなくても、私に自由はないし、彼の所有物だし」
「彼の気持ちがなんであれ、今のあなたにはこれらの小さな素敵な贈り物を受け取る権利はあると思いますよ」
「私にはもう似合わないの。こういう小さくてキラキラした物は。自らそういう物を蔑ろにして、放り投げてきたのよ。私にお似合いなのは、虐げる夫くらいのものよ」
「僕は反省し、悔い改めた人には幸せが降り注いでも良いと思っているんですけどね?」
「私の過去を聞いても、そう言えるかしらね?」
「ほう、夫に領地の片隅に押し込められた公爵夫人の半生ですか? ぜひ、お聞かせください」
聞き上手の神父に乗せられて、アイリーンはここに至るまでの自分のゴミのような過去を語った。
「ふむ、それで?」
優雅に紅茶を片手にアイリーンの過去の話を聞いていた神父の感想はその一言だった。
「それでって、だから……私はひどい人で、ここにいるのも夫からあんな事をされるのも自業自得なの。ここで静かに自分のした事を悔いていくしかないのよ」
神父の澄んだ薄い青色の瞳は、夫を思い出させる。その瞳が見れなくて俯いてアイリーンは続ける。
「あなたのした事はそれほど罪深いものですか? 確かにその心根は清いものではないし、妹さんの心は粉々に砕いたかもしれない。でも、それは一生悔い続けなければならないものですか? あなたが妹さんにした仕打ちとあなたの夫がするひどい事に繋がりはないですよね?」
「あなたは神父だからそう言うのかもしれないけど、それで私が納得してるからそれでいいのよ! 私、全部は話していないのよ。妹が綺麗だって知っていたのに、その美しさを花開かせることを許さなかった。時に踏みにじった。妹がどれだけ憔悴しても、自分の事をやらせた。時に心を折って、支配していたのよ。私、妹を虐げることに快楽すら感じていたのよ。胸の奥がとろりと蕩ける感覚がしたの。あの子が苦しんでいることに。そして駒のように使って、捨てたのよ。だから、いいの。今、自分が蹂躙されても。今度は私がそうされる番なの。一番下の妹が愛玩動物のように扱われていることも知っていたし、悩んでいるのも知っていたけど、見て見ぬふりをしていたのよ。最低でしょ」
「昔のあなたも、今のあなたも視野が狭すぎる。確かにひどいことをあなたはしたのかもしれないけど、自分を罰するように生きるのは違います」
「もう、帰ってよ……私に希望なんて持たせないで……」
「今日の所は帰りますけど、また来ますね」
神父は軽くウィンクをすると、席を立った。
アイリーンはテーブルに突っ伏した。
やっと色々な気持ちを乗り越えて静かに暮らしているというのに、夫といい、神父といい、なぜ今頃になってアイリーンの気持ちをかき乱してくるのだろうか?
これも自分に下された罰なのだろうか?
アイリーンはしばらく、答えの出ない疑問に悩まされることになった。
夫に負けず劣らず美しい男がテーブルに並べられた物を手に取って検分している。
「もう、あなたのせいで、酷い目にあったんだから! 出入りしないでちょうだい。いつ夫が来るかわからないんだから」
いつの頃からか、神父はなぜかこの屋敷に自由に出入りしている。
「私は人と話す事を禁止されてるのよ。あなたのせいで、男を山ほど連れ込んでると思われたんだわ」
「ふふふ、あなたほど清く正しく生きている人もいないというのに、見る目のない人ですね」
「全然、清くなんてないわよ……。ちゃんと今まで通り教会や孤児院に寄付するから、もうここには来ないでちょうだい」
「そんなつれない事をおっしゃらずに。ほら、お茶の一杯くらいつきあってくださいよ」
夫が毎日送ってくる小さな贈り物が載ったテーブルとは別のテーブルにタニアが準備してくれた紅茶が湯気を立てている。それを無駄にするのも躊躇われて大人しくテーブルに着いた。
「彼、一体どうしちゃったのかしら……?」
クリストファーがやって来た翌日の塗り薬の缶に続いて、毎日ささやかな贈り物が届く。貴族令嬢、公爵夫人として傅かれてきたアイリーンの身体にはクリストファーからの暴力のような行為が堪えたのか、蹂躙されてから一週間寝込んだ。やっと起き上がることができるようになったが、まだ傷跡は消えていない。
傷跡や赤黒い痣が残っているので、長袖に長い丈のスカートを履いている。服の下に残る手首の痣を無意識に撫でていた。
瓶に入ったブドウ味の飴。小さなうさぎのぬいぐるみ。星のモチーフの髪飾り。透かし模様の入った栞。レースのリボン。ガラスのペン。それと対になった空色のインクの瓶。星空の絵が綺麗な絵本……
メッセージカードはついていないが、それらは丁寧に包装されて毎日届く。
かつてアイリーンが好きだった物だ。なぜそれをクリストファーが知っているのだろう? 紅茶を飲みながらぼんやり贈り物を眺める。アイリーンの気持ちは複雑で、素直にそれらを手に取って喜ぶことができない。
「どんな気持ちが込められているんでしょうねぇ……酷い事をした後に優しくするってクズな男の常套手段でもありますけどね」
目の前の神父が優雅に紅茶を飲みながら、物騒な事を告げる。
「別にそんな事をして、私を絡めとらなくても、私に自由はないし、彼の所有物だし」
「彼の気持ちがなんであれ、今のあなたにはこれらの小さな素敵な贈り物を受け取る権利はあると思いますよ」
「私にはもう似合わないの。こういう小さくてキラキラした物は。自らそういう物を蔑ろにして、放り投げてきたのよ。私にお似合いなのは、虐げる夫くらいのものよ」
「僕は反省し、悔い改めた人には幸せが降り注いでも良いと思っているんですけどね?」
「私の過去を聞いても、そう言えるかしらね?」
「ほう、夫に領地の片隅に押し込められた公爵夫人の半生ですか? ぜひ、お聞かせください」
聞き上手の神父に乗せられて、アイリーンはここに至るまでの自分のゴミのような過去を語った。
「ふむ、それで?」
優雅に紅茶を片手にアイリーンの過去の話を聞いていた神父の感想はその一言だった。
「それでって、だから……私はひどい人で、ここにいるのも夫からあんな事をされるのも自業自得なの。ここで静かに自分のした事を悔いていくしかないのよ」
神父の澄んだ薄い青色の瞳は、夫を思い出させる。その瞳が見れなくて俯いてアイリーンは続ける。
「あなたのした事はそれほど罪深いものですか? 確かにその心根は清いものではないし、妹さんの心は粉々に砕いたかもしれない。でも、それは一生悔い続けなければならないものですか? あなたが妹さんにした仕打ちとあなたの夫がするひどい事に繋がりはないですよね?」
「あなたは神父だからそう言うのかもしれないけど、それで私が納得してるからそれでいいのよ! 私、全部は話していないのよ。妹が綺麗だって知っていたのに、その美しさを花開かせることを許さなかった。時に踏みにじった。妹がどれだけ憔悴しても、自分の事をやらせた。時に心を折って、支配していたのよ。私、妹を虐げることに快楽すら感じていたのよ。胸の奥がとろりと蕩ける感覚がしたの。あの子が苦しんでいることに。そして駒のように使って、捨てたのよ。だから、いいの。今、自分が蹂躙されても。今度は私がそうされる番なの。一番下の妹が愛玩動物のように扱われていることも知っていたし、悩んでいるのも知っていたけど、見て見ぬふりをしていたのよ。最低でしょ」
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「今日の所は帰りますけど、また来ますね」
神父は軽くウィンクをすると、席を立った。
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やっと色々な気持ちを乗り越えて静かに暮らしているというのに、夫といい、神父といい、なぜ今頃になってアイリーンの気持ちをかき乱してくるのだろうか?
これも自分に下された罰なのだろうか?
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