【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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2 夫と再会した後の私のそれから

1 悪夢のようなひと時の後

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 アイリーンは、あれだけ手ひどくクリストファーに扱われても、気を失うことはなかった。だが、さすがに体を自分で動かすことはできなかった。服が無残に破れ、泥にまみれ、ボロボロになったアイリーンを侍女のタニアがそっと屋敷に運びいれてくれた。専属侍女のアンと共に、風呂に入れ、丁寧に手当をしてくれた。

 まだ、あちこち痛むけど、とりあえず台風のような一時の悪夢から解放されたアイリーンは、タニアから渡された白湯を飲んで、ベッドでほっと一息ついた。体はボロボロで疲れているはずなのに、頭は興奮して眠れそうにない。

 「あんなのただの暴力じゃないですか! 許せないです! 当主だからって、夫だからってあんなこと許されるんですか?」
 「アン、口を慎みなさい」
 口は悪いけど、普段あまり感情的にならないアンが珍しく怒りを露わにしている。アイリーンは一口一口味わうように白湯を飲んだ。

 「だって、タニアさん、ひどいじゃないですか! 奥様が当主様になんかしましたか? 奥様ってそんなにひどいことしました? 人殺しました? 誰かに暴力ふるいました? 確かに昔は公爵家に迷惑をかけたかもしれないけど、今はこんなに静かに暮らしているのに、わざわざ来て、こんなことする必要あります? だって、奥様が公爵家を欺いたことの罰が、この屋敷への幽閉でしょう? 更にひどいことをする必要あります? 当主様になにがあったか知らないですけど、こんなの、ただの八つ当たりじゃないですか!」
 「アンっ!!」
 「……タニアさんだって、そう思うでしょう? 私なんかよりよっぽど奥様のこと大事にしてるじゃないですか。私、悔しい……」
 アンは興奮のあまり、泣き出してしまった。アイリーンはアンの言葉をどこか他人事のように聞いていた。痛かったし、怖かった。事の起こった直後で思考がどこか麻痺しているのかもしれない。でも、アイリーンにはかつて表情を変えることのなかったクリストファーの心が今日はむき出しになっているのが気になった。なにがあっても、正の感情も負の感情も現すことがなかったのに、今日はなにか黒く渦巻くものに絡めとられてしまったような激しさがあった。

 「アン、私のために怒ってくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから」
 「奥様、今は興奮して痛みとかあんまり感じてないかもしれないですけど、全身ボロボロですからね! あんなの許しちゃだめです!」
 アイリーンは、自分のために怒って泣いてくれるアンの気持ちがうれしかった。かつて、アイリーンにこんなに親身になって心配してくれた人がいただろうか?
 「んー……許すも許さないも、私って公爵家とかクリストファーのおかげでこうして暮らせているし……」
 「ダメですよ。許しちゃダメですよ。もし、今度、当主様が来たら私が追い返してあげますから!」
 「確かに痛いのは嫌だけど……あのクリストファーがあんな風になるって、きっと相当追い詰められてると思うんだよね……」
 「奥様ー、それ暴力夫許しちゃう妻の思考ですってぇ!」
 あれだけのことをされながら、アイリーンの中にはクリストファーへの怒りや恨みは湧いてこなかった。真面目で自分にも他人にも厳しくて、孤高を貫いていた。そんなクリストファーの悲鳴のようにも思えたのだ。それなら、死にぞこないの自分がそれを受け止めてあげたいとも思う。それが最善の方法なのかはわからないけど。その日の夜は、クリストファーの絶望したような表情が頭から離れずに、ほとんど眠ることはできなかった。

◇◇

 「一体、彼は何がしたいのかしらね?」

 あたかもそこに答えが書いてあるかのように、アイリーンは手のひら大の缶を窓から差し込む太陽の光にかざす。缶の蓋にはかつてアイリーンが好きだったユリの花が彫られている。アイリーンを蹂躙した翌日、クリストファーからさまざまな種類の塗り薬の入った缶が大量に届いた。しかも、缶には一つ一つ違った花が彫られていた。

 「こちらは、擦り傷に効く薬で、こちらは打ち身に効く薬ですね。繊細な粘膜部分の裂傷に効く薬もあります。公爵家のお抱えの薬師の配合ですから、こちらの屋敷にある物より薬効は高いですよ。早速、塗りましょうか」

 大量の缶を持ってきてくれたタニアが告げる。

 アイリーンは大人しく、前開きの夜着を開き、肌から滑らせた。外のテーブルやベンチでクリストファーに貪られたせいで、打ち身や擦り傷が多いので今は下着は着けていない。

 改めて見ると、アイリーンから見える範囲でも酷いあり様だ。タニアは顔色を変えることもなく、淡々とクリストファーの付けた歯形やテーブルで擦れた傷跡、掴まれた首や腕の青あざなどに適した塗り薬を塗り込んでいく。さすがに、下腹部に薬を塗るのには抵抗したが、ずきずきとした痛みに負けて、羞恥を乗り越えて、そこにも薬を塗り込んでもらった。

 「アンはしばらく奥様付きから外しました。日替わりで私の補佐をする者が入りますので業務に差し支えありません」
 「えっ?」
 「幾分か口が悪いのは奥様の気が紛れて良いかと思って専属でつけていましたが、感情的になるのは従者失格です」
 「そう……。タニアの采配に任せるわ。ただ、あまりひどい罰とかは止めてほしいけど……アンの気持ちはとてもうれしかったの」
 「大丈夫です。謹慎や減給などの罰はありません。あの子にとって、奥様付きを外されることが一番の罰になるでしょう」
 「そうなの?」
 「奥様にご不便はおかけしませんので」
 いつも飄々としているアンがそこまで、アイリーンの専属にこだわっているようには見えないが、仕事が楽だからとかそんな理由かもしれない。

 「さぁ、少し熱もあるみたいですし、ゆっくりお眠りください」
 薬を塗り、アイリーンの夜着を整えると、タニアは部屋のカーテンを引いた。外から入る風にふわりとカーテンが揺れる。布団のやわらかさと通る風の心地よさに引き込まれるように眠りについた。
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