【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

文字の大きさ
上 下
10 / 46
1 クズだった私のこれまで

9 公爵夫人失格の烙印

しおりを挟む
 久しぶりに会ったクリストファーは無言で、アイリーンを馬車にエスコートする。今日は何の日だったかしら? アイリーンが当たり散らすせいか、最近はアイリーンに仕える侍女たちも必要最低限の事をすると、話もせずさっさと仕事に戻っていってしまう。今日は、簡素な旅の装いで、夫も普段の豪奢な装いではなく同じく簡素な格好をしている。

 しかし、途中、宿に泊まりながらの五日間の旅の間、観光することはおろか夫は口を聞くこともなかった。馬車の中や宿では、仕事の書類に目を通していた。

 そんな味気ない旅の果てに着いたのは、人里離れた寒村にある公爵家にしては簡素なこぢんまりとした屋敷だった。

 「私は反省しているんだ」
 アイリーンにあてがわれた部屋を訪れたクリストファーのその言葉に、顔をあげて縋るような目線を向ける。

 「自分の見る目のなさに。君はずっと、馬鹿にして見下していた妹に勉学で大事な部分である“考える”部分を肩代わりしてもらっていたんだね。ずっと隣にいたのに気づかなかったよ。確かに君は賢いから、学生時代は上手く隠し通せたんだろうね。

 次期公爵だというのに、君が面倒な部分を妹に肩代わりしてもらっていることも、妹が君なんかより余程優秀だということも見抜けなかった。そこは反省する。

 ただし、君の提案は却下する。君は知能もその程度だったのか? 次期公爵夫人として考えられないのか? 君の妹は“考える”力があったとしても、貴族令嬢として失格だ。そこの意見は変えない。所作や学力は及第点だが、外見、コミュニケーション能力など―そのあたりは君の得意分野だけど、壊滅的だ。今までの醜聞もある。

 第二夫人にすることはまずない。第二夫人になるということは第一夫人になにかあったときに代わりに立つということだぞ、君の妹にそれができるか?さらに一つの家から二人娶るということがまわりからどう見られるか考えたことはあるのか? 妹を侍女にするということはどういう風に見られるか考えたことはあるか? 君はいつも自分の事ばっかりだな」
 
 「あなただって、いつも公爵家のことばっかりじゃない!」

 「当たり前だろう。私は公爵家に生まれて、次期公爵となるんだ。君は本当に貴族令嬢なのか?」

 「違う、そうじゃなくて。そうだけど、貴族としての自分も大事だけど、人として一人の人として……」
 だんだんと息が苦しくなってくる。確かに夫の言うことは正しい。正しいけどなにかが違う。いつも自分がマルティナに話す話し方にそっくりだと思う。力で相手を抑え込んで、自分を通す。それをされてみて、その重さに打ちのめされそうになる。

 「それは貴族として、次期公爵夫人として義務を果たした上での話だろう? 私が一番憤っているのはなにかわかるか? まずは、私や公爵家に対して、自分の能力を偽っていたことに対する謝罪はないのか? 公爵家の嫁として不十分な自分への反省や謝罪はないのか? そして、なぜ自分で努力して、今まで誤魔化してきた部分を挽回しようとしないんだ? また、安易に妹を第二夫人や侍女にして、今までと同じように誤魔化そうとするんだ?」

 「私だって挽回しようとしたわよ……でも誰も助けてくれないんだもの……あなただって冷たいし……」
 今までの経験を、最大限に生かしてソファにしなだれかかり、目線を伏せて涙を瞳いっぱいに貯める。

 「君と会うのはこれで最後になる。大丈夫。酷い待遇にはならない。君はこの公爵家の領地の別宅で、ずっと何不自由なく暮らすんだ。死ぬまで。綺麗なドレスも着られるし、美味しい食事も食べられる。世話をしてくれる侍女もいる。ただし、君に仕える者は何一つ話さないし、君がここから出られることもない。君を置いておくのは、公爵家にとっては無駄金だけどね。私や母が君という人間を見抜けなかった勉強代だと思うことにするよ。

 公爵家のことは、何も心配いらない。第一夫人である君は重い病を患ってしまい病気療養中で、君の希望もあって秘書として、侯爵令嬢のアンジェリカを雇った。彼女は君とは違って、学園時代の評判通り優秀で、恙なく公爵夫人の抜けた穴を務めてくれているよ。だから、なに一つ心配ないんだ。

 そのうち、アンジェリカが第二夫人になるかもしれないね。でも、君は妹を第二夫人に、などと提案するほど寛容な人だから、何も気にならないだろう。噂好きの社交の場でも、きっと、結婚してすぐに病に倒れた悲劇の第一夫人のことなど忘れ去られていくよ。君の散々な結果に終わった次期公爵夫人の茶会の話とともにね。

 そうそう、あまりに侍女に当たったり、暴れたり、物を壊すと、医師に注射を打たれるし、癇癪や問題行動が酷いと、本当に君が重い病気になって儚くなってしまうかもしれないよ……」
 見たこともないほど、冷たい目をした夫は、公爵家は第二夫人を娶るので大丈夫だという事と、アイリーンが問題行動を起こしたら、どうとでもなると匂わせて、去って行った。
 
 「ひっ、ひっ、……嫌……嫌……嫌ああああぁぁぁぁぁぁぁああ………」
 アイリーンの絶叫が屋敷中に響き渡るが、誰も来ることはない。

 「助けて……助けて……たすけて……お母様……こんな生活嫌だ……」
 今まで築いてきた自信も希望も粉々に砕かれた。
 子どものように泣きじゃくる。

 「マルティナ……たすけてよ……」
 ああ、自分がマルティナにやってきたことが返ってきたのかしら。
 あの子の心を粉々に砕いてやったから、今、私の心も砕かれているというの?

 アイリーンには人里離れた静かな屋敷で、憎しみと懇願に塗れて孤独に、残りの人生を過ごすしか選択肢はなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...