【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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1 クズだった私のこれまで

8 公爵夫人の初仕事

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 それからの日々はあがけばあがくほど、絡まる糸のようにどんどんと事態は膠着していった。

 妹のマルティナにできたことが私にできないはずがないのよ! そう思っていたのに……
 次々に難題が持ち込まれる。最初は結婚式後の雑事。結婚式の招待客への御礼状を書き、婚姻を祝う品への返礼の品を選び、礼状を添えるといった……

 言葉にすると簡単そうなそれらの公爵夫人としての初仕事で、早くも躓いた。字の綺麗さには自信がある。意気揚々と礼状を書くと、クリストファーのチェックを受ける。

 「全てやり直しだ。宛名以外、全て同じ文章だがどういうことだ? これなら字の綺麗な他人に代筆させても同じだろう。ここは伯爵家ではない。公爵家なんだ。公爵夫人として、ふさわしいものに仕上げてくれ」
 問題なのは、アイリーンには、なにがいけないのかすらわからないことだった。
 「……では、どのように書けばよいですか?」
 「君はこんな初歩的な仕事すら、細部まで指示されないとできないのか? なんのために生徒会会長を経験させたと思っているんだ? 少しは自分の頭で考えるんだな。次期公爵である私の手を煩わせないでくれ」
 最近のクリストファーは、以前のように優しい目でアイリーンを見ることはない。取り付く島もない夫に、ため息が出る。仕方なく、義母である公爵夫人を訪ねる。クリストファーにこれ以上縋るより、優しい義母に聞くほうがいいだろう。

 「あの……結婚式の招待客への御礼状なのですが……」
 「あら、アイリーンちゃん。そうよね、公爵家って交際範囲が広いから大変なのよね! どこの国への御礼状で困っているの?」
 「……あの、一応、全ての方へ書いたのですが……クリストファー様に全て書き直すように言われまして……」
 国内の招待客への礼状は問題ないこと前提で返事をされて、居たたまれなくなるが、もう頼れる人はいない。恥を忍んで、書き上げたものを見せる。

 いつもは柔らかい表情の義母の表情がアイリーンの書いた礼状を見て、段々と険しくなる。
 「アイリーンちゃん、あなた学園で何を学んできたのかしら? 公爵夫人教育で何を学んできたのかしら?」
 眉頭のあたりをもみほぐすと、アイリーンを鋭い目で見て問いかける。

 夫も義母も、なぜアイリーンの質問に答えてくれないのだろう。アイリーンの書き上げたもののどこが悪いのか具体的に教えてくれればいいのに。せめて、修正しなければいけない方向性を教えてくれればいいのに。

 「やはり伯爵家の令嬢では、公爵夫人は荷が重かったのかしらね……高位貴族の令嬢を凌ぐ才媛かと思っていたのだけど……」
 なぜ、質問にわけのわからない質問で返して、アイリーンに失望したような顔をするのだろう?

 結局、公爵家に古くから仕える侍女長がアイリーンの補佐につくことになった。
 「ですから、まずは季節のご挨拶に始まり、お礼に絡めて、さりげなくお相手のお好きなものや趣味、領地の特徴を入れて下さい。ただ、褒めるだけではいけません。お相手の爵位を鑑みて、阿るでもなくへりくだるでもなく、絶妙なさじ加減でお願いします。才媛と名高いアイリーン様には簡単な事でしょう? 結婚式からあまり時間が経ちすぎますと、不自然ですから、お早めに仕上げて下さい」
 侍女長から、夫や義母よりは具体的な内容の指摘をもらう。しかし、何回書き直しても、侍女長から合格がもらえない。各貴族家の名前や顔などは頭に入っているが、領地や特産物は元より趣味や好きな物などはさっぱりわからない。

 渋々、領地や特産物について調べて、書き直したのに、やはり合格がもらえない。イライラが募り、マルティナにしていたように自分付きの侍女に対して、八つ当たりをしてしまう。

 最終的には、時間切れで、アイリーンが書いたものに侍女長が訂正を赤字で入れて、それをアイリーンが清書するという方法でしのいだ。

 「アイリーンちゃん、結婚式の御礼状の件、侍女長から聞きました。そんな所で苦戦している場合ではありませんよ。あれは、たまたま調子が悪かっただけよね? あなたのこと、次期公爵夫人としてクリストファーも私も期待しているのですよ。次期公爵であるクリストファーをしっかり支えてちょうだい。次は高位貴族のご夫人を招いての公爵家での茶会の采配をしてもらうわ。私の顔に泥を塗らないようにしっかり手配してちょうだい」
 義母の言葉や表情は柔らかいが、目が笑っていない。アイリーンに与えられた猶予はあとどのくらいだろうか……

 せっかく御礼状を書いたり、返礼の品を選ぶといった机にかじりつく日々が終わったというのに、今度はアイリーンが最も苦手とする茶会の采配だ。

 「お茶会は開催するより、お呼ばれするほうが好きなのよね……茶会って一体、何から準備すればいいのかしら……こんな時、マルティナがいれば……」

 わからない。わからない。
 誰も教えてくれない。正解がわからない。
 なにから手をつけていいのかわからない。
 知識はあっても、それをどう組み合わせ、物事を進めていけばいいのかわからない。

 自分が追い込まれる度、浮かぶのは馬鹿にし、虐げていたマルティナの顔。最近、意を決して、クリストファーに妹を公爵家に呼び寄せ、自分の配下に置いてよいか聞いてみた。次期公爵夫人なのだ。妹の一人くらい手元に置いてもよいではないか。

 「なぜ、あれだけ卑下していた妹を君の手元に置く必要があるんだい? 卒業後に行く宛のない妹に泣きつかれたのかい? それとも、次期公爵夫人としての仕事を熟すために、あの妹が必要だとでも? だいたい、妻の妹を公爵家に入れる名目はどうするつもりだ?」

 「それは……やっぱりわたくしにはマルティナが必要で……姉妹の絆とでもいうのかしら……侍女でもいいし、第二夫人として、とか?」

 「話にならない。私は仕事があるから、もう行くよ」
 クリストファーは最近向けてくる他人を見るような冷たい一瞥をくれると、さっさとアイリーンに背を向けた。

 あまりに話を聞いてくれないクリストファーにしびれをきらして、実家へと駆け込み、実力行使でマルティナを連れてこようとしたものの、それを察したクリストファーに引きずるように連れ帰られた。

 また、侍女長がアイリーンの補佐につけられ、ほとんど叱責されながら茶会の準備をこなしたが、それは惨憺たる結果に終わった。

 しばらく自室での謹慎を言い渡された。その間、色々な妄想が頭を駆け巡り、少しも落ち着けない。

 大丈夫、大丈夫、きっとクリストファーはアイリーンの気持ちをわかってくれる。きっと元の優しい夫に戻ってくれる。きっと、困ったアイリーンのためにマルティナを連れてきてくれる。マルティナは、一生アイリーンのために尽くせばいいのだ。アイリーンはまだ、そんな甘い夢をこの時は見ていた。
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