【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

文字の大きさ
上 下
6 / 46
1 クズだった私のこれまで

5 妹の反抗と栄華の頂点

しおりを挟む
 ただ諦めの色を瞳に浮かべ、従順で人形のようだったマルティナはそれから少しずつ変化していった。なんとなく母やアイリーンから距離を取っていっているのは気づいていたが、勉強や生徒会長の仕事のサポートはしているので放置しておいた。どの道、マルティナは卒業したら使い捨てる駒なので、アイリーンの恙無い卒業をサポートしてくれれば問題ないのだ。

 はっきり変わったのは長期休暇が明けた後だった。長期休暇を婚約者の領地で過ごして帰ってきたら、マルティナは髪を肩までの長さに切っていた。貴族令嬢としてははしたないはずなのに、その髪型はマルティナによく似会っていて、彼女の髪質を生かしていてとても似合っていた。なにより、その表情が生き生きとしていた。じりじりと胃の奥が焼かれるような感覚があった。

 「お姉様。私、反省しましたの。お姉さまの婚約者様やお母様から、再三にわたり、お姉様の時間を奪うなと、甘えすぎるなと苦言を呈されてきました。長期休暇の間、考える時間がたくさんありました。そこで、お姉様に甘えすぎていると自覚し、少し姉離れしようと思いました。夕食後にいつも、お姉様にお時間を頂き、私の勉強を見てもらっていましたが、今後は遠慮することにします。ただ、いきなりお姉様との時間がなくなるのは、寂しいので生徒会のお仕事のお手伝いはこれまで通りさせていただきたいのです」
「そう……。わたくしはのためなら、苦にならないのだけど……。かまわないわ。マルティナの思うようにしなさい」
 その予感は当たって、母の前で遠回しにもうアイリーンの勉強のサポートをしないと宣言してきた。瞬間的に、頭が真っ白になり、手が出そうになるのを、淑女教育のたまもので微笑みに押し込める。腹の中は煮えたぎっていた。

 やはり、あの留学生達とのつきあいで、感化されたのね……しかも、ブラッドリーもエリックもどちらも見目麗しい少年で、きっとちやほやされて女として自信をつけたに違いないわ。これは早めに徹底的に心を折らなければ……

 「少しは知恵が働くようになったのね……」
 マルティナの部屋にそっと入ると、まるで幽霊でも見たかのように驚いていた。マルティナの質素な部屋を見渡すと、ベッドに見慣れない黒いクマのぬいぐるみが置いてある。

 「最近、仲良くしている生徒会の平民達の入れ知恵なの? 困った子ねぇ……」
 なるほど、本命はあの大柄な黒髪の……ブラッドリーのほうね……
 生徒会役員であるブラッドリーはアイリーンの手伝いをするマルティナを愛おしそうに見ていた。そして、アイリーンのことを憎々し気に睨んでくる。色恋に疎いアイリーンにだって、わかる。彼はマルティナに想いを寄せている。だから、マルティナを苦しめるアイリーンを憎んでいるのだ。そして、憎からずマルティナもブラッドリーのことを思っている。なんだかその関係性にもイライラした。

 「あっちの黒い髪の方の影響かしらね? これもアイツからのプレゼントなんでしょ? 隣国の平民なんでしょ? 大きな商会の息子といっても、所詮、平民なのよ」
 「返して……」
 黒いクマのぬいぐるみをアイリーンは掴んだ。とたんに、マルティナの顔色が変わる。よほど大事にしているのだろう。
 
 「あはははは、こんなみすぼらしいクマのぬいぐるみが大事なの? あの平民から貰ったから? それで、勇気を出して、このわたくしに盾突いたっていうの?」
 「やめてっっ!!!」
 さきほど抑え込んだ怒りをぬいぐるみにぶつける。ぶつりっと腕を千切ると、マルティナの瞳から涙がこぼれた。その顔には怒りがあった。まだ、怒る元気があるのね?

 アイリーンは腕のちぎれたクマと腕を、床にボトリと落とした。

 「ね、マルティナ、わたくしに逆らうとこうなるのよ。今、あんたがわたくしの勉強のフォローをやめたら困るのよね。後期は苦手なレポートの提出も多いし。だから、今まで通りやるのよ! 最後まで学年上位の優秀な成績を残して卒業するの。わたくしの学園生活の最後に傷をつけないでくれる?」
 アイリーンは、クマのぬいぐるみを目で追っているマルティナの顎をぐいっと持ち上げて、至近距離で睨みつける。
 
 「ね、マルティナは今までどーり、お姉様に甘えていればいいのよ。この出来損ないが!!! もし、今後、少しでもわたくしに逆らったら、今度はぬいぐるみじゃなくて、本人が痛い目に遭うかもね……ブラッドリー・マーカスでしたっけ? わたくしの婚約者に少しささやいたら、彼のご実家の商会も彼も無事ではすまないかもねぇ……? ね、バカなマルティナにも理解できたかしら?」
 仲良しの黒髪の平民をどうとでもできる力が婚約者のクリストファーや公爵家にはあると告げると、ぬいぐるみの処遇に思い人を重ねたのか、マルティナの顔が絶望に染まる。

 こういう時には徹底的に、粉々になるまで、心を折らないといけないのよ。

 ざまあみろだわ。アイリーンに逆らうからこうなるのだ。マルティナは一生、底辺をはいつくばっていればいいの。その暗い底から輝くアイリーンを眺めていればいいのだ。

 それからは、愉快だった。マルティナは以前よりひどいくらいに、生気が抜けて、辛うじて学園には通ったけど、徹底的にブラッドリーとエリックを避けているようだった。授業後も、すぐに帰宅し、部屋に閉じこもっているようだった。

 ただ、このまま憔悴していって、倒れられてしまっても困る。なんとか生かさず殺さずくらいの状態に戻らないかしら、と思っていたら、ある日を境に、マルティナは立ち直った。

 また、ブラッドリーとエリックとも連れだっているようだ。マルティナが柄にもなく殊勝に謝ってきたので、貴族令嬢である自覚を持てと釘をさすにとどめた。どうせ、アイリーンと同じ時期に卒業したら、あの留学生達は隣国に帰るし、マルティナのなにがいいのかはわからないけど、一時的なものなのだろうと目をつぶることにした。なによりも、アイリーンが傷一つなく華々しく卒業することが大事なのだ。

 なにかマルティナやブラッドリーから反撃の一つもあるのかしら?と多少の警戒はしていたものの、何事もなく、何一つ傷つくことなく、卒業の日を迎えられた。

 卒業式の日は、人生のピークだったのかもしれない。華麗に着飾ったアイリーン、同じく凛々しく美しくてアイリーンを大切にしてくれる婚約者、優秀な学業成績、生徒会会長としての実績を褒めたたえる教師や友達や後輩達、幾重の人に囲まれて、もてはやされて、ここにはアイリーンの求めるもの全てがあった。

 そして、これからも華々しい道をクリストファーと進んでいくことを疑っていなかった。

 ただ、遠目で見たマルティナがブラッドリーにエスコートされていて、マルティナは生地のグレードは低いものの色やデザインが今までのアイリーンのお下がりのドレスと違って似合っていた。装飾品は生花だけなのに、マルティナは生き生きとしていて、瑞々しく輝いていた。はじめて見る幸せそうな満面の笑みに胃のなかがざらりとする。アイリーンとクリストファーにはないものが二人の間にはある、そんな気がした。それだけが、輝かしい卒業の日の唯一の汚点だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...