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1 クズだった私のこれまで
2 加速する称賛を求める心
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陰でマルティナのサポートを受けて勉学に励んだおかげで、貴族の通う学園の入学試験でアイリーンはクリストファーに次ぐ、次席をとった。
それからすぐに、レッドフォード公爵家から打診があり、クリストファーと婚約することになった。その事もアイリーンに自信をつけ、人からの称賛を求める心を加速させた。特に政略的なものではなかったし、公爵家の婚約者に伯爵家の令嬢がなるというのは、いささか爵位が足りない。それでも、爵位を補えるくらいに自分が素晴らしい存在なのだと、アイリーンはなにも疑問に思うこともなかった。
アイリーンがクリストファーと婚約して喜んだのは、クリストファーも人形のように美しくアイリーンと並ぶとより一層、アイリーンの美しさが引き立つからだ。それに、他の人には冷たい対応しかしないクリストファーがアイリーンには親切にしてくれる。そのことがアイリーンの自尊心をくすぐった。
他人に関心のなさそうなクリストファーなので、婚約者として特になにも期待していなかった。茶会や夜会できちんとエスコートしてくれれば、アイリーンとしては問題なかった。しかし、真面目なクリストファーは婚約者としての役目をきちんとこなした。
もちろん、茶会や夜会でのエスコートやダンスはきちんとしてくれる。それだけでなく、学園の行き帰りも馬車で迎えに来るし、昼食も高位貴族専用の個室でアイリーンととる。誕生日だけではなく、折にふれて、ドレスや宝飾品を贈ってくれる。センスは悪いけど。さらには、時折、買い物やカフェ、観劇などのデートに誘われた。
正直な所、口数が少ないクリストファーは同行する相手としてはつまらない。でも、クリストファーと連れ立っていると、皆が憧れの目で見て注目してくれるのはうれしい。
「もしかして、クリストファーも私の外見が好きなのかしら?」
アイリーンは人の美醜にあまり興味がない。クリストファーの空色の瞳は稀有で美しいと思うけど、それも宝飾品が美しいと思うのと同じ感覚だ。アイリーンは常に自分にしか関心がないのだ。だから、他人に興味を持つという感覚がわからない。他人に冷たいクリストファーだが、アイリーンへの態度は婚約者の義務を越えている気がする。時折、アイリーンを見つめる視線を感じる。孤高のクリストファーまで、惹きつける自分の美しさにアイリーンはますます自信をつけていった。
アイリーンが学園に入学した後も、マルティナを利用し続けた。マルティナは家庭教師や母に告げ口することもなく、アイリーンに不満を漏らすこともなく従順にアイリーンの勉強のサポートをつづけた。マルティナのおかげで勉強面でも順調で、学園では他人に冷たく孤高のクリストファーが溺愛する様が良いと評判で、理想のカップルとしてクリストファーとともに称賛を浴びる。アイリーンの毎日は充実していた。
マルティナが学園に入学した後はマルティナ自身の勉強もあるので、さすがに負担が重くなったようだ。伯爵家の侍女はマルティナについていないので、マルティナはほとんど髪や肌の手入れがされていない。それでも、食事は伯爵家の皆と同じものを食べているからか、もともと髪や肌が強いのか、そこまでひどい状態ではなかった。
誰も気づいていないけど、実はマルティナは美しいと言われる母に顔立ちがそっくりだった。母が金髪青瞳で、マルティナが黒髪黒瞳で、色味がまるで違うので、気づかれにくいけど。母は、切れ長の二重で、知的で凛とした美しさがある。だから、マルティナもそれなりに手入れをして、着飾れば、アイリーンとは違った美しさを発揮するだろう。そんなの許せない。地味で醜い出来の悪い妹。私の引き立て役。輝くことなんて許さないんだから。
だから、マルティナが母や自分に振り回されて、隈をつくってやつれていても、その美貌が陰ってアイリーンにはちょうどよかった。
『お姉さんはあんなに美しいのに、妹は……なんか思ってたのと違ったわ』
『お姉さんは美しくて、所作も優雅で、成績優秀なのに、妹は残念なかんじだな』
『あんな、地味で出来の悪い妹でも、かいがいしく面倒みていて、心根まで美しいんだな……』
ああ、聞こえてくる声、聞こえてくる声、全部心地いい。
もっと褒めてほしい。もっと称えてほしい。
アイリーンの称賛を求める心は際限なく膨れて行った。
それからすぐに、レッドフォード公爵家から打診があり、クリストファーと婚約することになった。その事もアイリーンに自信をつけ、人からの称賛を求める心を加速させた。特に政略的なものではなかったし、公爵家の婚約者に伯爵家の令嬢がなるというのは、いささか爵位が足りない。それでも、爵位を補えるくらいに自分が素晴らしい存在なのだと、アイリーンはなにも疑問に思うこともなかった。
アイリーンがクリストファーと婚約して喜んだのは、クリストファーも人形のように美しくアイリーンと並ぶとより一層、アイリーンの美しさが引き立つからだ。それに、他の人には冷たい対応しかしないクリストファーがアイリーンには親切にしてくれる。そのことがアイリーンの自尊心をくすぐった。
他人に関心のなさそうなクリストファーなので、婚約者として特になにも期待していなかった。茶会や夜会できちんとエスコートしてくれれば、アイリーンとしては問題なかった。しかし、真面目なクリストファーは婚約者としての役目をきちんとこなした。
もちろん、茶会や夜会でのエスコートやダンスはきちんとしてくれる。それだけでなく、学園の行き帰りも馬車で迎えに来るし、昼食も高位貴族専用の個室でアイリーンととる。誕生日だけではなく、折にふれて、ドレスや宝飾品を贈ってくれる。センスは悪いけど。さらには、時折、買い物やカフェ、観劇などのデートに誘われた。
正直な所、口数が少ないクリストファーは同行する相手としてはつまらない。でも、クリストファーと連れ立っていると、皆が憧れの目で見て注目してくれるのはうれしい。
「もしかして、クリストファーも私の外見が好きなのかしら?」
アイリーンは人の美醜にあまり興味がない。クリストファーの空色の瞳は稀有で美しいと思うけど、それも宝飾品が美しいと思うのと同じ感覚だ。アイリーンは常に自分にしか関心がないのだ。だから、他人に興味を持つという感覚がわからない。他人に冷たいクリストファーだが、アイリーンへの態度は婚約者の義務を越えている気がする。時折、アイリーンを見つめる視線を感じる。孤高のクリストファーまで、惹きつける自分の美しさにアイリーンはますます自信をつけていった。
アイリーンが学園に入学した後も、マルティナを利用し続けた。マルティナは家庭教師や母に告げ口することもなく、アイリーンに不満を漏らすこともなく従順にアイリーンの勉強のサポートをつづけた。マルティナのおかげで勉強面でも順調で、学園では他人に冷たく孤高のクリストファーが溺愛する様が良いと評判で、理想のカップルとしてクリストファーとともに称賛を浴びる。アイリーンの毎日は充実していた。
マルティナが学園に入学した後はマルティナ自身の勉強もあるので、さすがに負担が重くなったようだ。伯爵家の侍女はマルティナについていないので、マルティナはほとんど髪や肌の手入れがされていない。それでも、食事は伯爵家の皆と同じものを食べているからか、もともと髪や肌が強いのか、そこまでひどい状態ではなかった。
誰も気づいていないけど、実はマルティナは美しいと言われる母に顔立ちがそっくりだった。母が金髪青瞳で、マルティナが黒髪黒瞳で、色味がまるで違うので、気づかれにくいけど。母は、切れ長の二重で、知的で凛とした美しさがある。だから、マルティナもそれなりに手入れをして、着飾れば、アイリーンとは違った美しさを発揮するだろう。そんなの許せない。地味で醜い出来の悪い妹。私の引き立て役。輝くことなんて許さないんだから。
だから、マルティナが母や自分に振り回されて、隈をつくってやつれていても、その美貌が陰ってアイリーンにはちょうどよかった。
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『お姉さんは美しくて、所作も優雅で、成績優秀なのに、妹は残念なかんじだな』
『あんな、地味で出来の悪い妹でも、かいがいしく面倒みていて、心根まで美しいんだな……』
ああ、聞こえてくる声、聞こえてくる声、全部心地いい。
もっと褒めてほしい。もっと称えてほしい。
アイリーンの称賛を求める心は際限なく膨れて行った。
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