【完結】私は生きていてもいいのかしら? ~三姉妹の中で唯一クズだった私~【R18】

紺青

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1 クズだった私のこれまで

1 三姉妹の中で唯一光り輝いていた私

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 アイリーンは恵まれた環境に生まれた。

 この国のスコールズ伯爵家という由緒正しい貴族の家に生まれ、父も母も美しく、優秀だった。父親は伯爵家当主であり、国の財務省で働く有能な人だった。母親は父親不在の伯爵家で家政を取り仕切り、色々な人と縁を持つ凛とした美しい人だった。

 そのスコールズ家の長女として生まれたアイリーンは、父親に似た美しい造形と母親譲りの金髪青目という綺麗な色彩を持っていた。外見だけでなく、それなりに学習や所作などの習得も早く、自分で自分の事を全てを持てる者だと思っていた。

 幼少の頃から、自分が選ばれた存在だと、人に囲まれもてはやされる存在だと気づいていた。だって、可愛くて、美しくて、そして賢い。こんな自分が特別な存在ではないはずがないと思っていた。

 今、思えばなぜ、あんなに万能感を持っていたのかはわからない。

 スコールズ伯爵家は、アイリーンの後に二人の子どもが生まれた。一歳年下の妹のマルティナは母親に似た綺麗な顔立ちをしていたが、父親譲りの黒髪黒目という地味な色彩のせいか、母親から醜いと言われ、毛嫌いされ放置されていた。七歳年下の妹のリリアンは、アイリーンと同じく金髪青目の可愛い容姿をしていた。一瞬、自分の立場が脅かされるかと思ったが、頭が悪かった。そのせいで、母親に連れまわされ、母親の友達にこねくりまわされ、まるで愛玩動物ペットのように扱われていた。

 スコールズ伯爵家の三姉妹の中で、美しく優秀なアイリーン。本当は優秀だけど、地味で冴えない次女。可愛いけど頭はからっぽな三女。妹二人は上手くアイリーンを引き立ててくれた。その立ち位置はアイリーンの心を満たしてくれた。三姉妹の中で輝くのはアイリーン一人だけで充分だ。

 自分が求めなくても、ドレスや装飾品は買ってもらえたし、髪や肌のお手入れもしてもらえたし、茶会ではちやほやされて褒められた。

 人から傅かれ、褒められ、ちやほやされる事が当たり前だった。それだけで満足していればよかったのに、アイリーンはもっと、もっと!と貪欲に求めていった。

 幼い頃から、アイリーンは外見や所作を磨く事は苦にならなかったが、深く物事を考えたり、面倒くさい事や試行錯誤する事は大嫌いだった。

 だから、家庭教師から勉強を教わる時間が一番苦痛だった。マナーやダンスなどは、センスがあるのか、すぐに身についたし、さらに自分が優雅に見えるのがうれしくて、苦ではなかった。苦手なのは机に向かう時間だ。はじめのうちは、努力しなくても、理解できたし、課題などもすぐにできた。

 しかし、年齢を重ねると、一回授業を聞いただけでは理解できない分野がでてきた。しかも論文など自分で調べて考えて、文章にまとめる課題などは苦痛で仕方なかった。本を探して、頭の中で理論を組み立てることになんの楽しみも見いだせない。さらには、自分の言葉で表現し、文章にして、まとめなければいけない。

 机の前で唸って悩む、その時間が無駄ではないかしら? そんな時間があったら、髪や肌の手入れでもしていたほうがましだし、読むなら学術書よりも、ドレスのカタログの方が楽しいじゃない?

 そんな時に、一緒に家庭教師の授業を受けているマルティナの姿が目に入った。この子は容姿が冴えないせいで、母や侍女達にないがしろにされている。

 まぁ、この上なく美しいアイリーンの妹に生まれてしまったのが、運の尽きよね。それなのに、真面目しか取柄のないマルティナは一生懸命、家庭教師の話を聞いて、ノートに熱心に書き込みをしている。

 馬鹿みたい……そんなにがんばって、勉強したところでアイリーンには勝てないし、母に認められることも褒められることもないだろう。

 ……そう、そんなにがんばって勉強したいのなら、アイリーンの役に立ってもらおうか。

 ふふふ、自分の素晴らしい思い付きに笑みが漏れる。家庭教師も勉強に関してはアイリーンよりマルティナを褒める回数が多い。今まではそれも気にくわなかったが、マルティナを利用することで、上手くマルティナの足も引っ張れるだろう。

 それからは、家庭教師が帰った後に、マルティナに自分の苦手な分野の応用問題の解説を求めたり、暗記すべき分野をわかりやすくまとめさせた。論文をまとめる課題が出たときは、マルティナにまずアイリーンの分を作成させて、それから自身のものをまとめさせるようにした。

 もちろん、マルティナの書いたものをそのまま提出するなんて馬鹿なことはしない。それはどれだけ手間でも、必ず自分で書き写した。疑問に思った部分はマルティナに質問して、きちんと内容も理解したので、提出物への質疑応答もお手の物だった。

 もともと馬鹿正直なマルティナは、一番良い案をアイリーンのものに使用したけど、たまに、アイリーンのものを作成した後に、なにかひらめきがあり、マルティナの方が出来が良い時があったが、その度に、叱責するとわざと手を抜いたりして、全ての科目においてアイリーンの成績を上回ることはなくなった。

 こうして、アイリーンは幼い頃から美しいだけでなく、優秀であると評判になった。

 初めてクリストファーと会ったのは、高位貴族の子息や令嬢が集まる茶会だった。金の髪をなびかせる彼は、周りの者から抜きん出た外見をしていた。美しさで負けたかもしれないと思ったのはアイリーンにとって初めての経験だった。まじまじとクリストファーを観察していると、その視線を感じたのかクリストファーと目が合った。まるで空のような綺麗な水色をしている。アイリーンと同じ青瞳だが、クリストファーの方が薄い色をしていて、澄んでいる。目が合ったのは一瞬で、鋭い目をしたクリストファーはすぐに目を逸らした。

 「ふーん……」
 アイリーンのように、いや、アイリーンより輝きの頂点にいる人。クリストファーの第一印象は、それだ。美しく優秀な公爵家嫡男。同年代に王族の子息がいないため、公爵家嫡男のクリストファーは爵位で見ると頂点にいる。しかも、次期公爵様だ。美しい外見をしていることもあり、花に群がる蝶のように貴族の子息や令嬢が周りに侍っていた。

 今までは、自分が輪の中心にいたアイリーンは少しそれが気に食わなかった。だが、クリストファーには愛嬌がなかった。にこりとも笑わないクリストファーはいつも人に囲まれていたが、気を許すことはなく孤高を貫いていた。

 「なにが楽しいんだろう……?」
 人に囲まれ、ちやほやされても、それに関心のなさそうなクリストファーはアイリーンに理解できない人種だった。そんなクリストファーを横目に、称賛を求めて、アイリーンはより一層、愛嬌を振りまき、取り巻きを増やしていった。
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