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第13話

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「ちぇ。傷つくよなあ。人間って、悪魔を見るとたいがいああいう反応するんだよな」

 淫魔が行商人の背中を睨み付けながら、唇を尖らせる。
 テレシュナは、ただ悪魔であるというだけで恐れおののかれるという出来事に、胸を痛めずにはいられなかった。

「すみません、朝からご不快な思いをさせてしまって」
「なあんであるじサマが謝るんだよ。悪いのはあの人間だろ? 生意気に、あんたのことを口説こうとしやがって」
「口説く!? そんなことしてましたっけ!?」
「『活き活きとしてる』とか言ってやがったけど、あれってつまり、あるじサマの可愛さに今気付きました!って宣言してんのと一緒。あのまましゃべらせ続けてたら、あんたのこと褒めたたえ始めてただろうよ。あんたが最高に綺麗なことも、誰よりも可愛いことも、体中どこもかしこも甘くて美味いってことも、俺だけが知ってりゃいーの」
「ふぎゃっ。そ、そうですか……」

 自分に向けられたとは思えない賛辞を並べ立てられて動揺する。しかも昨晩の出来事も匂わされて、テレシュナは熱くなった頬を両手でぐっと押さえた。
 深くうつむき、視界の端に淫魔の姿を捉える。ちらっと裸足が見えた途端、淫魔が全裸であることを思い出した。『そろそろ服を着てください』と――そう言おうとした矢先、家の外から重々しい足音が聞こえて来た。

「あ、ハピニルさんがいらっしゃいました」

 急いで作業室へと飛んで行き、作りたての魔法薬の入った瓶を手に外へと飛び出す。
 すると、ゴーレムの肩に乗っているハピニルが、ふわふわの金髪を手で払いつつ、挑発的な目付きで見下ろしてきた。

「テレシュナ~? ……あら? あんたそんな目の色してたっけ?」

 碧眼が、テレシュナに視線を突き刺してくる。しかし大して興味を持たなかったのか、テレシュナが何かを言い返すより先に、別の話を切り出した。

「……まあいいわ。それよりあんた、行商人から希少なハーブを売ってもらったらしいじゃない。それ、あたしに寄越しなさいよ。あんな希少な素材、どうせあんたには使いこなせやしないんだから」
「あ、すみません。もう、使ってしまいました」
「はあ? 何それ。なに勝手に使ってんの?」

 まるで既に自分の物であったかのような口振り。これまでのテレシュナだったらすぐに『ごめんなさい』と平謝りしていただろう。しかし今は、作ったばかりの魔法薬を渡したくて仕方なかった。

「希少なハーブを使ってしまったことは、すみません。その代わりというわけではないのですが、昨日お渡しした魔法薬、もう一度作り直しました。見ていただけますか」
「はあ? 作り直しなんて要求してないけど?」

 不機嫌にそう言い放ちつつも、ゴーレムに命じて手を差し出させる。テレシュナは、のっそりと近付いてきた大きな手に魔法薬の瓶を乗せた。
 ゴーレムから瓶を受け取ったハピニルが、顔の前にそれを掲げる。面倒くさげな顔をしていた魔女は、瓶の中の液体を見るなり目を見開いた。

「はあ? 何これ、完璧じゃない……! あたしが作ったのより高性能なんてあり得る? あんた一体何した……ぎゃあっ!?」

 苛立たしげな顔をしていたハピニルが、ゴーレムの肩の上で跳ね上がった。
 その視線を追って、振り向いてみる。そこには相変わらず全裸姿のままの淫魔が、腕組みした姿勢で玄関ドアに寄り掛かっていた。
 ゴーレムの肩あたりを見上げて、にやりと笑う。

「よお、どこぞの魔女さんよお。俺は、淫魔リウミオスってんだ。これからよろしくな」
「淫魔!? テレシュナ、あんた悪魔を召喚できたの!?」
「ええ、まあ、はい」

 小さくうなずいてみせれば、愕然とした表情に変わったハピニルが『信じらんない……!』とつぶやく。
 手に持っていた瓶を取り落とす。ゴーレムが素早く手を差し出して、落下した瓶を受け止めた。

 その動きで姿勢を崩したハピニルが、八つ当たりするようにゴーレムの頭にぎゅっと抱きつきながら、わなわなと震えだした。

「な、な、なんで! このあたしですら呼び出せない最上級の使い魔をあんたが呼び出せんのよ! しかもなんで全裸なの!? 服くらい着せてあげたらいいじゃない!」
「あ~、お気遣いなく魔女さん。これはあるじサマの命令じゃなくて、俺がしたくてしてることだから。どうせこれからすぐに脱ぐんでね、今は何も着なくてもいいかなって」
「なによ、すぐに脱ぐって。……はっ、まさか……」
(うう、恥ずかしいです……)

 テレシュナがその言葉の意味に気付いて赤面するのと、ハピニルが目を丸くしたのはほとんど同時だった。
 淫魔が歌うように楽しげに語り出す。
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