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第3話

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 テレシュナは、ぎゅっと目を閉じると、心の中で使い魔の出現を祈り続けた。

(……。……あら?)

 しばらくそうしているうちに、異変に気付く。魔法陣の方から何も音が聞こえてこない。
 カラスの使い魔を呼び出したのだから、『カア』とひと鳴きするとか、羽を軽く羽ばたかせて魔法陣の真ん中に着地するだとか、何かしらの物音が聞こえてきてもいいはずである。
 不思議がりつつ、おそるおそる、まぶたを押し上げる。

「え、成功した、んですよね……――わあっ!?」

 テレシュナは、目に飛び込んできた光景に思わず叫んでしまった。
 そこには、カラスではなく――人型の使い魔が立っていた。
 見上げるほどに高い背丈。褐色肌、濃い紫色の髪。
 二本の角はゆるやかな曲線を描き、天を衝いている。
 赤い瞳は瞳孔が猫のように縦長で、耳は尖っている。それらは悪魔の特徴だった。

 真っ白なシャツは胸元が大きく開かれていて、胸筋があらわになっている。黒い革製のパンツは長い足にフィットしていて、その逞しさが見て取れる。ブーツはしわが刻み込まれていて、長年使っているであろうことがうかがい知れた。

 予想外の光景にテレシュナが唖然とする中、トラヒポがテレシュナの周りをパタパタと飛び回り始めた。

「わーわー! ご主人さま、すごーい! 悪魔を召喚できちゃったよ!」
「そんな、私が、まさか……」

 声を詰まらせていると、赤い眼光がテレシュナを捉えた。
 胸に手を当てて、軽く会釈する。

「我が名は【リウミオス】。魔女テレシュナ殿の召喚に応じ、魔界より参上した」

 低く艶のある声に、テレシュナはドキッとして息を呑んだ。頬に熱がこもる。
 悪魔自体は仲間の魔女が連れているのを見たことがあるものの、声についての印象は特になかった。

(顔がきれいなだけじゃなくて、声まで素敵なんですね。悪魔ってすごいです……)

 目の前で繰り広げられる光景に、すっかり心を奪われてしまう。
 テレシュナがぼんやりとしていると、優しい笑みを浮かべていた顔が、ふと口の端を吊り上げた意味深な顔付きに変わった。
 ずかずかと早足で歩き出し、テレシュナとの距離を詰めてくる。

「あ、あの……?」

 突然の態度の変化についていけず、テレシュナは首を反らして悪魔の顔を見上げた。
 悪魔はテレシュナを見下ろすと、ぺろっと舌なめずりした。

「じゃ、あるじさんよぉ。さっそくとすっか!」
「え? 何をですか?」
「何をって……セックスだよ」
「セッ!? んななな!? なんで急に!?」
「なんでって、あんた、に俺を呼び出したんだろ? 淫魔であるこの俺様を」
「淫魔!? あなた、淫魔さんなのですか!?」
「はあ? それを把握してないとかあんの!? 意図せず悪魔を呼び出せるとか、あんたどんだけ強い魔女だよ」
「いえ! 全然よわよわな魔女なんですけど! なんで悪魔さん……淫魔さんを呼び出せちゃったか、自分でもわからないんです」
「ふうん……?」

 途端に不満げな顔付きに変わった淫魔が、くるりと背を向ける。
 こつ、こつ、とブーツの音を鳴らしながら、魔法陣の中央へと戻っていく。
 その広い背中を見た瞬間、テレシュナは胸がぎゅっと締め上げられた。

(怒っていらっしゃいますよね……。最上級の使い魔に向かって『呼ぶつもりはなかった』なんて言ったら失礼ですものね)

 とはいえどれだけ頭を巡らせても、召喚難易度が最も高い悪魔を呼び出せた理由がわからない。

(どうしましょう。何と言ってお帰りいただいたらよいのかしら)

 申し訳なさと緊張感で、全身が凍りつく。ある意味【召喚失敗】である今の状況にどう対処したらいいか、案が出てこない。
 テレシュナが固唾を飲んで淫魔の様子をうかがっていると、淫魔がその場に膝を突いた。光の消えた魔法陣の線を指先でなぞる。
 淫魔はチョークの粉の付いた指を顔の前に掲げると、親指と人差し指をこすり合わせた。

「ちゃんと淫魔用の調合で作ってあるじゃねえか。これで『なんで淫魔を呼び出せたかわからない』って、どういうこと?」
「え! そんなはずはないんですけど……!」

 急いで調合台に駆け寄り、材料のハーブの残りを手に取って、まじまじと見つめてみる。

「あれ? これって……。ドラヒポちゃん、図鑑を!」
「うん!」

 トラヒポが高速で本棚へと飛んでいき、分厚い本を手に戻ってくる。
 テレシュナはその重たい書物を受け取ると、ぱっと一発で該当ページを引き当てた。図鑑やら魔法書やらをしょっちゅう開いて勉強しているテレシュナは、何がどの本のどのページに乗っているかを完璧に把握しているのだった。
 開いたページに乗っている挿絵と、調合に使ったハーブの残り。何度も左右に視線を振って、じっくりと見比べてみる。

「本当ですね……。これ、淫魔を呼び出すときに使うハーブです……」

 再びページをめくり、今度は元々使うはずだった方の、カラス召喚用のハーブの挿絵を食い入るように見る。

「行商人さんが、間違えちゃったのかも知れません。『なかなか見つからなかった』って言ってましたし、似たものを見つけて飛びついちゃったとか、かも……」
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