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第2話
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瓶を受け取ったハピニルが、それを目の前に掲げて中の液体をまじまじと見る。
「あら~? ずいぶん雑じゃない? こんなのじゃ、偉大なるあたしの作る魔法薬の材料としては、ちょーっと物足りないわあ」
「すみません、急いで作ったものですから」
「なあに? その言い訳。『雑魚魔女だから、この程度の魔法薬しか作れませんでした』って正直におっしゃいな」
「すいません、急いだ理由がありまして……」
テレシュナがいきさつを話そうとした矢先、すぐ隣に浮いているドラピホが、ぷんぷんと怒り出した。
「言い訳じゃないやい! 昨日、大雨が降ったから行商人さんに頼んでおいた材料の到着が遅れたんだい! ご主人さまは、あんたが取りに来る時間に間に合うように、がんばって作ったんだぞ!」
と叫んで、口からゴーッと炎を吐く。とはいえ召喚主であるテレシュナの魔力が弱いせいで、まったく威力がない。
ゴーレムがのっそりと手のひらを正面に構える。小さな炎はあっさりとガードされた。
「そんなちっこい幻獣しか召喚できない雑魚魔女は、せいぜいあたしのために働いてればいいのよ」
挑発的な口調でそう言いながら、ゴーレムに手を掲げさせて、大きな手のひらに数枚のコインを乗せていく。
テレシュナの目の前に、ゴーレムから報酬が差し出される。
コインの枚数は、事前に言われた額の半分だった。
「これだけですか!? 約束が違うじゃないですか……」
「だってえ、あたしが欲しかった基準に達してないんだもの。それでも半額で買ってあげるんだから、ありがたく思いなさい?」
「うう、品質に関しては、申し訳ないです……」
急いで作ったせいで、雑な仕上がりになってしまったことは否めない。だからといって充分に時間を掛けたとしても、結局文句を言われる程度のものしか作れなかっただろう。
テレシュナは、小型幻獣しか召喚できないほどに魔力が弱いのだ。
「じゃあねえ、雑魚魔女ちゃん♪」
「二度と来るなー!」
ドラヒポが、ぷんすか怒りながら、またゴーッと炎を吐く。
巨大なゴーレムの後ろ姿が森の木々に隠れて見えなくなってから、小型ドラゴンが振り向いた。
「たったそれだけじゃ、材料費にも達してないじゃないか。赤字だ赤字! ハピニルひどいやつ! ひどいやつ!」
「仕方ないですよ。ハピニルの言うとおり、あまり品質が良いものを作れなかったんですもの。怒ってくれてありがとうございます、ドラヒポちゃん」
「あんなわがまま魔女の依頼なんて、断ればいいのに」
「ハピニルが要求してくる薬って、私なんかじゃ使う機会がないですから。いい勉強になると思うんです」
「そういう面もあるかもしれないけどさ! お人よしすぎるよテレシュナは!」
「あはは、そうですかね」
乾いた笑いをこぼしつつ、テレシュナはドラヒポと共に、平屋建ての自宅へと戻っていった。
***
手作りのパンをひとりと一匹で食べたあと、テレシュナは、先ほど行商人に届けてもらったばかりの材料を加工し始めた。数種類のハーブを魔法で乾燥させて、すり鉢で細かく砕き、細長い筒状の型に粉を詰める。そこに魔力を注ぎ込み、チョークを作る。
「今回は、うまく行くといいね。がんばってね、ご主人さま」
「ありがとうございます、ドラヒポちゃん」
テレシュナは、使い魔をもう一体召喚しようとしているのだった。ドラヒポを召喚して以降、これまで何回か挑戦してきたが、うまく行った試しがない。
魔女の使い魔は、何体持とうが自由だ。現在テレシュナにはドラヒポという小型ドラゴンの使い魔がいる。ドラヒポはとても献身的で、頼めば何でもやってくれる。とはいえ日常の様々な雑事を任せるにせよ、魔法薬作りの助手をしてもらうにせよ、若干頼りなさがあった。
小さな幻獣しか召喚できなかったのは、テレシュナの魔力の弱さが原因だ。
その上ドラヒポを召喚できたのは奇跡だったようで、小型幻獣をもう一体召喚しようとしても、なかなかうまく行かなかった。
そのため現在は、小型幻獣より召喚難易度がワンランク下である【知能の高い実在の動物】を召喚しようとしていた。目指すは【人語を解するカラス】。使い魔としてのカラスは、そのランクの中では最高級の召喚獣である。
(カラスでも、私にとっては贅沢ですけどね)
木の床に手足を突き、チョークを床に滑らせて、魔法陣を描いていく。複雑な文様であっても、これまで何度も描いてきたせいもあって、すらすらと描けた。
魔法陣から一歩離れて、片手は胸に、もう片一方の手を差し伸べて、目を閉じる。
手のひらから魔法陣に向けて、魔力を注ぐイメージで召喚魔法を放つ。
腹の底から息を吸い込み、目を開いて魔法陣の中央を見据える。
「魔女テレシュナが、あまねく世界に告ぐ。異界に生ける者よ、我が声に応えよ!」
召喚の詠唱を終えた、次の瞬間。
巨大なラッパが吹き鳴らされたかのような低い音が鳴ると同時に、魔法陣が光を放ち始めた。線の一本一本から放たれる光が、部屋中をまばゆく照らし出す。
ドラヒポが、パタパタと羽をはばたかせながらテレシュナの隣に並んだ。大きな目をキラキラとさせながら、魔法陣を覗き込む。
「わわっ、ご主人さま、これって成功なんじゃない!?」
「そうかも知れません……!」
ついに、二体目の使い魔を召喚できた――たちまち胸が高鳴り出す。
息を詰め、祈るように両手を合わせて、魔法陣の中央を見つめて使い魔の出現を待つ。
光は次第に強くなっていき、目も開けていられないほどのまぶしさになった。
(どうか、素敵な使い魔さんが来てくれますように……!)
「あら~? ずいぶん雑じゃない? こんなのじゃ、偉大なるあたしの作る魔法薬の材料としては、ちょーっと物足りないわあ」
「すみません、急いで作ったものですから」
「なあに? その言い訳。『雑魚魔女だから、この程度の魔法薬しか作れませんでした』って正直におっしゃいな」
「すいません、急いだ理由がありまして……」
テレシュナがいきさつを話そうとした矢先、すぐ隣に浮いているドラピホが、ぷんぷんと怒り出した。
「言い訳じゃないやい! 昨日、大雨が降ったから行商人さんに頼んでおいた材料の到着が遅れたんだい! ご主人さまは、あんたが取りに来る時間に間に合うように、がんばって作ったんだぞ!」
と叫んで、口からゴーッと炎を吐く。とはいえ召喚主であるテレシュナの魔力が弱いせいで、まったく威力がない。
ゴーレムがのっそりと手のひらを正面に構える。小さな炎はあっさりとガードされた。
「そんなちっこい幻獣しか召喚できない雑魚魔女は、せいぜいあたしのために働いてればいいのよ」
挑発的な口調でそう言いながら、ゴーレムに手を掲げさせて、大きな手のひらに数枚のコインを乗せていく。
テレシュナの目の前に、ゴーレムから報酬が差し出される。
コインの枚数は、事前に言われた額の半分だった。
「これだけですか!? 約束が違うじゃないですか……」
「だってえ、あたしが欲しかった基準に達してないんだもの。それでも半額で買ってあげるんだから、ありがたく思いなさい?」
「うう、品質に関しては、申し訳ないです……」
急いで作ったせいで、雑な仕上がりになってしまったことは否めない。だからといって充分に時間を掛けたとしても、結局文句を言われる程度のものしか作れなかっただろう。
テレシュナは、小型幻獣しか召喚できないほどに魔力が弱いのだ。
「じゃあねえ、雑魚魔女ちゃん♪」
「二度と来るなー!」
ドラヒポが、ぷんすか怒りながら、またゴーッと炎を吐く。
巨大なゴーレムの後ろ姿が森の木々に隠れて見えなくなってから、小型ドラゴンが振り向いた。
「たったそれだけじゃ、材料費にも達してないじゃないか。赤字だ赤字! ハピニルひどいやつ! ひどいやつ!」
「仕方ないですよ。ハピニルの言うとおり、あまり品質が良いものを作れなかったんですもの。怒ってくれてありがとうございます、ドラヒポちゃん」
「あんなわがまま魔女の依頼なんて、断ればいいのに」
「ハピニルが要求してくる薬って、私なんかじゃ使う機会がないですから。いい勉強になると思うんです」
「そういう面もあるかもしれないけどさ! お人よしすぎるよテレシュナは!」
「あはは、そうですかね」
乾いた笑いをこぼしつつ、テレシュナはドラヒポと共に、平屋建ての自宅へと戻っていった。
***
手作りのパンをひとりと一匹で食べたあと、テレシュナは、先ほど行商人に届けてもらったばかりの材料を加工し始めた。数種類のハーブを魔法で乾燥させて、すり鉢で細かく砕き、細長い筒状の型に粉を詰める。そこに魔力を注ぎ込み、チョークを作る。
「今回は、うまく行くといいね。がんばってね、ご主人さま」
「ありがとうございます、ドラヒポちゃん」
テレシュナは、使い魔をもう一体召喚しようとしているのだった。ドラヒポを召喚して以降、これまで何回か挑戦してきたが、うまく行った試しがない。
魔女の使い魔は、何体持とうが自由だ。現在テレシュナにはドラヒポという小型ドラゴンの使い魔がいる。ドラヒポはとても献身的で、頼めば何でもやってくれる。とはいえ日常の様々な雑事を任せるにせよ、魔法薬作りの助手をしてもらうにせよ、若干頼りなさがあった。
小さな幻獣しか召喚できなかったのは、テレシュナの魔力の弱さが原因だ。
その上ドラヒポを召喚できたのは奇跡だったようで、小型幻獣をもう一体召喚しようとしても、なかなかうまく行かなかった。
そのため現在は、小型幻獣より召喚難易度がワンランク下である【知能の高い実在の動物】を召喚しようとしていた。目指すは【人語を解するカラス】。使い魔としてのカラスは、そのランクの中では最高級の召喚獣である。
(カラスでも、私にとっては贅沢ですけどね)
木の床に手足を突き、チョークを床に滑らせて、魔法陣を描いていく。複雑な文様であっても、これまで何度も描いてきたせいもあって、すらすらと描けた。
魔法陣から一歩離れて、片手は胸に、もう片一方の手を差し伸べて、目を閉じる。
手のひらから魔法陣に向けて、魔力を注ぐイメージで召喚魔法を放つ。
腹の底から息を吸い込み、目を開いて魔法陣の中央を見据える。
「魔女テレシュナが、あまねく世界に告ぐ。異界に生ける者よ、我が声に応えよ!」
召喚の詠唱を終えた、次の瞬間。
巨大なラッパが吹き鳴らされたかのような低い音が鳴ると同時に、魔法陣が光を放ち始めた。線の一本一本から放たれる光が、部屋中をまばゆく照らし出す。
ドラヒポが、パタパタと羽をはばたかせながらテレシュナの隣に並んだ。大きな目をキラキラとさせながら、魔法陣を覗き込む。
「わわっ、ご主人さま、これって成功なんじゃない!?」
「そうかも知れません……!」
ついに、二体目の使い魔を召喚できた――たちまち胸が高鳴り出す。
息を詰め、祈るように両手を合わせて、魔法陣の中央を見つめて使い魔の出現を待つ。
光は次第に強くなっていき、目も開けていられないほどのまぶしさになった。
(どうか、素敵な使い魔さんが来てくれますように……!)
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