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22 心をつらぬく言葉
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ルエリアとギルヴェクスを中心にした男たちの輪の大きさが、じりじりと狭まっていく。剣を構え直すギルヴェクスの隣で、ルエリアも腰から下げた短剣を手に取った。警戒感を強めるルエリアたちを見てユージン侯爵はふん、と鼻から息を吐いた。
「長らく勇者の動向を探っておりましたが、医師が処方している薬が休薬期間に入り、薬に頼りきっていた勇者が荒れに荒れているという話を影の者が調べてきましてね。ちょうどその頃、おあつらえ向きにコーディー卿から魔法薬を売りさばく先について相談されまして。これは勇者とつながりを持つのに使えそうだとヘレナロニカ殿下に打診したところ、ご興味をお持ちくださり、私が間を取り持ちはじめたというわけです。気休めにもならぬだろうと高をくくっていましたが、存外、元冒険者の作る魔法薬であっても役立つことがあるのですねえ」
さげすみの眼差しをルエリアに突き刺しながら、貴族の男が口の端を吊りあげる。
「幸いなことに勇者様のお気に召したようで、再度お求めになりたいとのことでしたので、これは僥倖と少しずつ毒を混ぜていこうとしたのですが。殿下が直々に受け取りにいらっしゃるものですから細工できませんでしたよ。やれやれ、魔王を倒したからといって、随分と殿下に気に入られていらっしゃる。私兵を雇わず近衛兵を門番にするなど、王族気取りですか? ……この平民風情が」
世界を救った勇者を侮辱するなんて――ルエリアは、貴族に向かって声を張りあげた。
「ギルヴェクス様になんて言い方するの!」
「黙れ、小娘。貴様も目障りなのだよ。冒険者ごときが王都に入り込んで商売するなど無礼千万。生意気な平民の小娘が調子に乗って小銭を稼いでいるのを見ると虫酸が走る。それが魔法薬師ギジュット・ロヴァンゼンの弟子とあれば、なおのこと」
「師匠!? 師匠に何の関係があるというの!?」
「たかだか一介の魔法薬師の分際で各国の王室とつながりを持てるなど、うとましく感じている者は少なくないのですよ? マヴァロンド国内の貴族はもちろん、マヴァロンド王立医師会のみならず、どの国の医師だって妬ましく思っているに違いない」
勝手な言い分をぶつけてきたところで、ぱん、と手が打ち鳴らされた。
「話はおしまいにしましょうか。さあみなさん、やっておしまいなさい。屋敷の衛兵は足止めしておきましたので、援軍の心配はありません。ではわたくしは、これにて失敬」
およそこの場にそぐわない優雅な御辞儀をして、ユージン侯爵は去っていった。
ルエリアとギルヴェクスを囲んだ男たちは、勝ちを確信したにやけ面をしていた。
その中のリーダー格の男がナイフで目の前を斬り払い、ひゅっと風切り音を鳴らす。
「魔法薬師! お前ムカつくんだよ! 俺たちと同じ元冒険者のくせに【魔力持ち】だからって簡単に商売を始められるんだからよ! その上お前が商売してるときの会話を盗み聞きしてたけどよ、いちいち故郷の村の名前を出して同情を買ってんじゃねえよ胸くそ悪い!」
「それは……! 同情を買おうとしたんじゃなくて、故郷の薬草が広まって欲しいから……!」
「もっともらしいことを言って言い訳すんな! そうやって健気っぽく振るまって昔のことをいつまでも擦り続けて、なんだかんだ周りから守られてきた口だろ、冒険者は情に厚い奴も多いからな。だからお前は元冒険者のくせに危機感がなくて俺たちにも簡単にだまされるし、こうして考えなしに勇者をひとけのない場所に連れてくんだよ!」
「それは……!」
冒険者時代を思い返せば、確かによくしてくれる人、面倒見のいい人と組む機会が多かった気がする。世間では荒くれものばかりだと思われている冒険者であっても、優しい人は大勢いる――ルエリアはそう思っていた。
自分が他人の恩情にあぐらをかいていたことに気づかされれば、たちまち目の前が暗くなっていく。
護衛を付けることすら発想できずに勇者を危機的状況に導いてしまったこと。そして、これまで自分が他人の同情を利用する形となっていたこと。七年に渡る修業後に冒険者となってから今まで三年間、積み重ねてきた己の浅慮さを思い知らされれば途端に心臓が早鐘を打ちはじめる。息苦しさに乱れる呼吸をぐっと噛みしめた。
リーダー格の男がさらに畳みかけてくる。
「村人が全滅なんて、お前んとこだけじゃねえだろ! 勇者の村だってそうだし、第二次大厄災で魔族の大虐殺に遭った領地だってあんだろうが! 勇者が自分の故郷で起きた事件の悲惨さについていつまでもアピールし続けたか? 第二次大厄災で家族を全員殺された奴が、それについて同情を買おうとしてるところを見聞きしたことがあんのか? そもそもお前んとこは子供たちだけでも生き残ったじゃねえか! 全滅に比べりゃ生き残れただけでも御の字じゃねえのかよ!」
「……ルエリア」
ギルヴェクスの小さな声が、耳に届く。ルエリアは顔は振り向かせずに、掠れた声に意識を集中させた。
数回の咳払いのあと、抑揚の乏しい、しかし温かな声がルエリアに寄り添ってくる。
「……彼の話は聞かなくていい。君の経験した出来事だって、いつまでも心をさいなみ続ける悲劇であることに変わりはない。それに今日、護衛を付けなかったのは僕の判断だ。近所に散歩に行くのようなものだと思って、屋敷に常駐している近衛騎士を伴わなかった結果、君を危険な目に遭わせてしまって申し訳ない」
そこまで勇者に言わせてしまい、ルエリアは自分の不甲斐なさに涙が出そうになった。本来ならば自分の方が勇者に寄り添い、あらゆる悪意から守ってあげるべき立場であるはずだった。にもかかわらず自分の足元が揺らぐ瞬間に巻き込んでしまった挙句、慰めの言葉を掛けてもらっている。
しかし今は悲しんでいる暇などなかった。ルエリアは鞄から魔法薬の小袋を取り出すと素早くその場にしゃがみ込んだ。両手を地面について、体内の魔力の流れに意識を集中し、魔法を発動させる。
流れ出した魔力に乗って小袋の中身――体をしびれさせる粉薬――がルエリアとギルヴェクスを中心とした輪をまたたく間に描いていく。男たちの足元には、目を凝らさなければ見えない程度に目くらましをほどこした線を引いた。
「――噴き上がれ!」
もう一度魔力を放った瞬間、地面から垂直の壁を形作った粉薬が男たちを襲った。
「うわっ!? げほっげほっ」
それは冒険者時代に身に着けた、敵を弱体化させる戦闘技術だった。生体反応に沿って魔力の線を引き、そこに魔法薬を流し込む。
狙った相手に向けて確実に魔法薬を届かせるこの方法は、魔法薬師ながらも闇魔法、すなわち全属性の魔法を混ぜ合わせて使いこなす高名な冒険者が編み出した技だ。魔法薬師が前線で戦わざるを得ない状況でも立ち回れるように、と。
命にかかわる状況下でも素早く正確に放てるよう、冒険者時代、念入りに練習した。そのおかげか、男たちが手を出してくるよりも先に発動できたのだった。現役冒険者ではない男たちなど、目にもとまらぬスピードで迫りくる蛇型の魔族よりずっと遅い。
「なんだ、これ……」
「体が、動かねえ……!」
しびれ薬を吸い込んだ男たちがうろたえ始める。手足のみならず、口もうまく動かせなくなってきているようで、発音が怪しくなっている。
「くっそお……、この程度で、どうにかできるとでも思ってんのか!」
「くっ……!」
ルエリアに向かって振り下ろされたナイフを受け止める。それは、尻尾を振るう魔族ほどの素早さはなく、即座に短剣で制することだけはできた。しかし。
(攻撃が重い――!)
弱らせたはずの男の力は、ルエリアが短剣一本で受け止めるにはあまりに強かった。ドラゴン型の魔族と戦ったときに、その鋭い爪を必死に受け流したときのことを思い出しながら必死に応戦する。男は、しびれているはずにもかかわらずナイフを振り回せていた。しかもルエリアをおちょくっているのか何度か斬りつけては一旦退き、を繰り返し出す。
他の男たちも動けるようになり、やれ自分の番だと踏み出してきてはルエリアに拳を突き出してきたり、蹴りを出すフェイントをかましてから実際回し蹴りを繰り出してきたりと、一斉には襲い掛かってこなかった。ひとりまたひとりと攻撃を仕掛けてきては元の位置に戻ってルエリアの無様さをあざ笑う、という行動を何度も繰り返す。
ルエリアは、今使った魔法薬は魔族にしか使ったことがなかった。人間への効果は長時間持続しないらしい――。別の薬をぶつけるべきだったかも知れないと思いはじめても、悔やんでいる暇などなかった。
ルエリアが必死に応戦していると突然、意を決した風な掠れ声が聞こえてきた。
「君ひとりに……戦わせるわけにはいかない……!」
「長らく勇者の動向を探っておりましたが、医師が処方している薬が休薬期間に入り、薬に頼りきっていた勇者が荒れに荒れているという話を影の者が調べてきましてね。ちょうどその頃、おあつらえ向きにコーディー卿から魔法薬を売りさばく先について相談されまして。これは勇者とつながりを持つのに使えそうだとヘレナロニカ殿下に打診したところ、ご興味をお持ちくださり、私が間を取り持ちはじめたというわけです。気休めにもならぬだろうと高をくくっていましたが、存外、元冒険者の作る魔法薬であっても役立つことがあるのですねえ」
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世界を救った勇者を侮辱するなんて――ルエリアは、貴族に向かって声を張りあげた。
「ギルヴェクス様になんて言い方するの!」
「黙れ、小娘。貴様も目障りなのだよ。冒険者ごときが王都に入り込んで商売するなど無礼千万。生意気な平民の小娘が調子に乗って小銭を稼いでいるのを見ると虫酸が走る。それが魔法薬師ギジュット・ロヴァンゼンの弟子とあれば、なおのこと」
「師匠!? 師匠に何の関係があるというの!?」
「たかだか一介の魔法薬師の分際で各国の王室とつながりを持てるなど、うとましく感じている者は少なくないのですよ? マヴァロンド国内の貴族はもちろん、マヴァロンド王立医師会のみならず、どの国の医師だって妬ましく思っているに違いない」
勝手な言い分をぶつけてきたところで、ぱん、と手が打ち鳴らされた。
「話はおしまいにしましょうか。さあみなさん、やっておしまいなさい。屋敷の衛兵は足止めしておきましたので、援軍の心配はありません。ではわたくしは、これにて失敬」
およそこの場にそぐわない優雅な御辞儀をして、ユージン侯爵は去っていった。
ルエリアとギルヴェクスを囲んだ男たちは、勝ちを確信したにやけ面をしていた。
その中のリーダー格の男がナイフで目の前を斬り払い、ひゅっと風切り音を鳴らす。
「魔法薬師! お前ムカつくんだよ! 俺たちと同じ元冒険者のくせに【魔力持ち】だからって簡単に商売を始められるんだからよ! その上お前が商売してるときの会話を盗み聞きしてたけどよ、いちいち故郷の村の名前を出して同情を買ってんじゃねえよ胸くそ悪い!」
「それは……! 同情を買おうとしたんじゃなくて、故郷の薬草が広まって欲しいから……!」
「もっともらしいことを言って言い訳すんな! そうやって健気っぽく振るまって昔のことをいつまでも擦り続けて、なんだかんだ周りから守られてきた口だろ、冒険者は情に厚い奴も多いからな。だからお前は元冒険者のくせに危機感がなくて俺たちにも簡単にだまされるし、こうして考えなしに勇者をひとけのない場所に連れてくんだよ!」
「それは……!」
冒険者時代を思い返せば、確かによくしてくれる人、面倒見のいい人と組む機会が多かった気がする。世間では荒くれものばかりだと思われている冒険者であっても、優しい人は大勢いる――ルエリアはそう思っていた。
自分が他人の恩情にあぐらをかいていたことに気づかされれば、たちまち目の前が暗くなっていく。
護衛を付けることすら発想できずに勇者を危機的状況に導いてしまったこと。そして、これまで自分が他人の同情を利用する形となっていたこと。七年に渡る修業後に冒険者となってから今まで三年間、積み重ねてきた己の浅慮さを思い知らされれば途端に心臓が早鐘を打ちはじめる。息苦しさに乱れる呼吸をぐっと噛みしめた。
リーダー格の男がさらに畳みかけてくる。
「村人が全滅なんて、お前んとこだけじゃねえだろ! 勇者の村だってそうだし、第二次大厄災で魔族の大虐殺に遭った領地だってあんだろうが! 勇者が自分の故郷で起きた事件の悲惨さについていつまでもアピールし続けたか? 第二次大厄災で家族を全員殺された奴が、それについて同情を買おうとしてるところを見聞きしたことがあんのか? そもそもお前んとこは子供たちだけでも生き残ったじゃねえか! 全滅に比べりゃ生き残れただけでも御の字じゃねえのかよ!」
「……ルエリア」
ギルヴェクスの小さな声が、耳に届く。ルエリアは顔は振り向かせずに、掠れた声に意識を集中させた。
数回の咳払いのあと、抑揚の乏しい、しかし温かな声がルエリアに寄り添ってくる。
「……彼の話は聞かなくていい。君の経験した出来事だって、いつまでも心をさいなみ続ける悲劇であることに変わりはない。それに今日、護衛を付けなかったのは僕の判断だ。近所に散歩に行くのようなものだと思って、屋敷に常駐している近衛騎士を伴わなかった結果、君を危険な目に遭わせてしまって申し訳ない」
そこまで勇者に言わせてしまい、ルエリアは自分の不甲斐なさに涙が出そうになった。本来ならば自分の方が勇者に寄り添い、あらゆる悪意から守ってあげるべき立場であるはずだった。にもかかわらず自分の足元が揺らぐ瞬間に巻き込んでしまった挙句、慰めの言葉を掛けてもらっている。
しかし今は悲しんでいる暇などなかった。ルエリアは鞄から魔法薬の小袋を取り出すと素早くその場にしゃがみ込んだ。両手を地面について、体内の魔力の流れに意識を集中し、魔法を発動させる。
流れ出した魔力に乗って小袋の中身――体をしびれさせる粉薬――がルエリアとギルヴェクスを中心とした輪をまたたく間に描いていく。男たちの足元には、目を凝らさなければ見えない程度に目くらましをほどこした線を引いた。
「――噴き上がれ!」
もう一度魔力を放った瞬間、地面から垂直の壁を形作った粉薬が男たちを襲った。
「うわっ!? げほっげほっ」
それは冒険者時代に身に着けた、敵を弱体化させる戦闘技術だった。生体反応に沿って魔力の線を引き、そこに魔法薬を流し込む。
狙った相手に向けて確実に魔法薬を届かせるこの方法は、魔法薬師ながらも闇魔法、すなわち全属性の魔法を混ぜ合わせて使いこなす高名な冒険者が編み出した技だ。魔法薬師が前線で戦わざるを得ない状況でも立ち回れるように、と。
命にかかわる状況下でも素早く正確に放てるよう、冒険者時代、念入りに練習した。そのおかげか、男たちが手を出してくるよりも先に発動できたのだった。現役冒険者ではない男たちなど、目にもとまらぬスピードで迫りくる蛇型の魔族よりずっと遅い。
「なんだ、これ……」
「体が、動かねえ……!」
しびれ薬を吸い込んだ男たちがうろたえ始める。手足のみならず、口もうまく動かせなくなってきているようで、発音が怪しくなっている。
「くっそお……、この程度で、どうにかできるとでも思ってんのか!」
「くっ……!」
ルエリアに向かって振り下ろされたナイフを受け止める。それは、尻尾を振るう魔族ほどの素早さはなく、即座に短剣で制することだけはできた。しかし。
(攻撃が重い――!)
弱らせたはずの男の力は、ルエリアが短剣一本で受け止めるにはあまりに強かった。ドラゴン型の魔族と戦ったときに、その鋭い爪を必死に受け流したときのことを思い出しながら必死に応戦する。男は、しびれているはずにもかかわらずナイフを振り回せていた。しかもルエリアをおちょくっているのか何度か斬りつけては一旦退き、を繰り返し出す。
他の男たちも動けるようになり、やれ自分の番だと踏み出してきてはルエリアに拳を突き出してきたり、蹴りを出すフェイントをかましてから実際回し蹴りを繰り出してきたりと、一斉には襲い掛かってこなかった。ひとりまたひとりと攻撃を仕掛けてきては元の位置に戻ってルエリアの無様さをあざ笑う、という行動を何度も繰り返す。
ルエリアは、今使った魔法薬は魔族にしか使ったことがなかった。人間への効果は長時間持続しないらしい――。別の薬をぶつけるべきだったかも知れないと思いはじめても、悔やんでいる暇などなかった。
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